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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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 いつものようにフィーネさんとの情報交換をし、それが終わるころには17時を回っていた。丁度腹が減る時間であり、さてどこで何を食おうかと思案していると、


「少佐、夕食の御予定はありますか?」

「……えー、あー」


 フィーネさんと会ってから何度も聞いたセリフを言われたのである。

 拒否する合理的な理由はないのは確かであるが、どうにも乗り気じゃなかった。いや、だってフィーネさんがこの言葉を言う度に何故か知らないが厄介事が舞い込んでくると相場が決まっているのだ。


 ほら、なんか執務室の扉の向こうからバタバタと足音が聞こえ――


「ユゼフ! ごはんするわよ!」


 壊れるんじゃないかという勢いでドアが開け放たれ、鼓膜が破れるんじゃないかってくらいの大声で彼女はそう叫んだ。この行動こそ騎兵隊の本領だろうけどせめて総督府内では自重してほしい。


「って、なんでフィーネがいるのよ!」

「いてはまずいですか?」

「まずくはないけど、今はユゼフに用があるの!」

「奇遇ですね。私もユゼフ少佐に用があるのです」


 ……始まってしまった。

 突撃思考のサラと冷静沈着なフィーネさんと、2人の性格は正反対も良い所である。なのに、2人とも負けず嫌い。


「へー、そうなの。でももう仕事も終わったでしょ。私はこれからユゼフとユリアと一緒にごはんだから」

「あらマリノフスカ少佐、子供は大切にすべきですよ。どうか親子水入らず2人きりでお食事に行かれては?」

「ユゼフもユリアの名付け親だから水入らずさせてもらうから」

「法律上は何の関係もありません」

「それはフィーネも一緒でしょ!」


 やめて! 私の為に喧嘩しないで!


 などと一昔前の少女漫画のようなセリフが脳内に浮かび上がるのはこの2週間で13回目くらいだろうか。


 両手に花は男の夢だと言ったな。あれは嘘だ。

 何かあるたびにこうしていがみ合う2人である。間に挟まれる俺の身にもなってほしいが、俺自身が間に自主的に入り込んでいるようなものなのでどうにもできない。口を挟もうにも「お前が元凶だろ」となるので流れに身を任せるしか選択肢がなくなる。


 俺に出来るのは頭の中で「今日はどっちが勝つか」と賭けをすることだけなのだ。


 まぁそんなこと言っても弁術でサラがフィーネさんに勝てるはずもないため、口喧嘩になったら大抵はフィーネさんが圧倒するのである。


 ほら、なんかサラが「ぐぬぬぬぬ」とか言ってるし。


「ユゼフ!」

「は、はい!?」


 急に話を振らないでくれないかな!


「ユゼフはどっちがいいの!」


 また答えにくい質問をしやがる。

 どっちがいいのって、俺はサラのこともフィーネさんのことも好……っていやいやいや、何度恥ずかしいこと言わせる気だ。


「いっそ俺とサラとフィーネさんとユリアの4人でご飯するっていうのはどうだろうか」

「「それは嫌だ(です)」」


 綺麗にハモった。仲がいいのか悪いのか。


「ユゼフ少佐、今日は私が手料理を振る舞ってあげますよ」


 と、フィーネさん。

 って、フィーネさん料理できるの? でもどこで振る舞うつもりなんだろうか。まさか夕飯の為にオストマルクの領事館に入るというのは変だし、彼女はクラクフに自分の家を持ってないはずだし。


「わ、私だってユゼフのためにごはん作ったし」


 と、サラ。

 なぜだろう。似たような文章なのに身の危険を感じるのは。あ、でもサラは確か料理スキルの向上を図っているらしいから、以前のようなことにはなっていないのかも。ちょっと気になる。


 だがどちらを選べっていうのは困る。もう君ら2人で決めて欲しい。ジャンケンでもいいから。


「ユゼフ!」

「少佐」


 ぐいぐい迫る2人。てかサラ顔が近い!


「えーあー……そのー……」


 この状況下でどちらか一方を躊躇なく選べる人間は果たしているのだろうか。

 サラを選べばフィーネさんから精神的攻撃が飛んできて、フィーネさんを選べばサラから物理的攻撃が飛んで来るのは必定。俺は死ぬ。


 どうすればこの状況から逃れることができるか、と思案していた時、執務室の扉が静かに開かれた。


「ユゼフさん、少しよろしいでしょう……か?」


 エミリア殿下、もとい女神降臨。

 なのだが殿下はこの混沌とした状況を見て何かを悟ったらしく、身を引き始める。


「お忙しいようですからまた後で……」

「あ、いえ、大丈夫ですよ。全然大丈夫です」

「……そうなのですか?」


 と、殿下は俺とサラとフィーネさんを順番に見る。さすがに一国の王女の前で痴話喧嘩をしてる場合じゃないと大人しく引き下がった。特にフィーネさんの場合は立場が立場なので、


「……ユゼフ少佐。私はこれで失礼いたします」

「あ、はい。今日はありがとうございます。……お食事に関しては、良ければ明日にでも」


 埋め合わせはしないと追っ払っただけになってしまうし、フィーネさんに失礼というものだろう。


「……はい、喜んで」


 そう言いながら微かに笑って、フィーネさんは執務室から出た。入れ替わる形でエミリア殿下が入る。サラはエミリア殿下に場所を空けたものの壁に寄りかかってその場で待つつもりのようだ。俺が逃げ出さないための措置にも見える。


「相変わらず大変そうですね」


 その言葉が特別参与の仕事に関する事なのか、それともサラとフィーネさんのことなのか。……後者だろうなぁ。


「まぁ、自分のせいですから」

「そうですね。ユゼフさんは罪作りな人です」


 殿下は冗談じみた口調でそう言いつつ、脇にいるサラの事を気にかけたのかさっさと本題に入った。


「用……と言う程のものではないのですが、ユゼフさんに少し聞きたいことがあるのです」

「なんでしょうか?」

「はい。例の亡命者の一団、どうなりましたか?」

「……それなら先ほどフィーネさんが教えてくれました。先日、キリス第二帝国へ入国したと」

「なるほど。つまり、ユゼフさんの策略の第一段階は済んだと」

「そういうことです」


 俺の策略、という程ではないが、今回の計画は概要はこうだ。


 東大陸帝国のエレナ皇女は、帝国宰相セルゲイ・ロマノフとオストマルク帝国が結託している、あるいは結託しようとしている……と勘違いしている。その思考を利用できないかと考えたのだ。


 つまり、オストマルクを疑っているエレナ皇女をキリス第二帝国へ亡命させる。そして皇女のその妄言をキリス上層部に信じさせるのだ。

 無論、普通ならこんな妄想話を信じるわけないのだが、状況がそうさせていない。


 エレナ皇女はロマノフの血を継ぐ者。情報戦に弱いキリス第二帝国はその皇女の言葉を信じてしまっても仕方ない事だろう。

 それに何より、現在キリス第二帝国とオストマルク帝国は緊張関係にある。オストマルクが東大陸帝国との関係を修復しキリスを侵略するのではないか、その懸念がキリス上層部にはあるのだ。


 そんな状況下でエレナ皇女がそんなことを言えば、もうこれは信じるだろう。自分たちの調査の結果オストマルクがキリスを攻めようとしているのがわかり、そしてそれを裏付ける証言を東大陸帝国の皇女が言うのだから。


「おそらく近日中には、キリス第二帝国とオストマルク帝国は交戦状態に入ります。全面戦争となると東大陸帝国の介入を招く恐れがあるので、地域紛争になるでしょうが」


 東大陸帝国と結託しオストマルクの力が増強される前に、先手を打ってこの計画を叩き潰そうとする。キリスにとってはそれ以外の選択がないのだ。周りに頼りになりそうな国もない。唯一可能性があるとすれば、オストマルクの西、前世においてイタリアと呼ばれた位置する「神聖ティレニア教皇国」だろう。皇国はオストマルクと対立関係にある。


「ティレニアが介入する可能性はあるのですか?」

「なくはないですが、キリスとティレニアは南海権益で対立しているようですから……」


 いやもう、この世界ってなんでみんな仲悪いんだろう。いや仲良かったら国境なんてものは存在しないのだけども。


「まぁ、地域紛争で済めば各国の介入は無視できるかと。観戦武官の派遣程度はあると思いますが」

「そうですか。実は、それが今回の本題なのです」

「……というと?」


 俺が聞き返すと、エミリア殿下は一瞬言葉を詰まらせた。頭の中で言葉を選んでいるような、そんな仕草をした後に言い放つ。


「私の父、つまり国王フランツ・シレジアに呼び出されたのです」

「召還命令、ですか」

「そのような大仰なものではない……のですが、暫く私とマヤはクラクフを離れることになるのです。もしオストマルクとキリスが戦争になって、我が国が軍を派遣するようなことになればと思いまして……」


 なるほど、そういうことか。

 まぁエミリア殿下の口調から察するに、殿下自身もうシレジアが軍を派遣しないことはわかっているのだろう。どういう用でシロンスクに行くのかはわからないが。


 ……あ、でも軍は派遣しないにしても、もう1つの可能性がある。というかフィーネさんに遠回しに言われたばかりだ。


「殿下。そのことについてなのですが……」

「えっ、と。派遣するんですか?」

「いえ、軍は派遣しません。ですがフィーネさんから遠回しに『シレジアから武官を寄越せ』と言われまして……」


 俺がそう伝えると、エミリア殿下は眉間に皺を寄せて困ったような表情をする。ついでにサラが目を丸くしている。


「そうなのですか……、困りましたね」


 本当に困った。

 オストマルクとシレジアの関係上、また例の皇女一家のこともあるので、俺が行くのはほぼ確定みたいなものなのだが、そうなるとクラクフで情報を統括する人間がいなくなる。エミリア殿下にお任せしようかと思ったのだが、殿下もマヤさんもいなくなるとなると……。


「仕方ありません。マヤにはクラクフに残ってもらいましょう」

「……よろしいのですか?」

「背に腹は代えられません。それに他に候補もいないですから」

「それはまぁ、そうですが……」


 でもそうなるとエミリア殿下を護衛する者が少なくなる。それは心配だ。一応第3騎兵連隊や親衛隊はいるけど、信頼という点ではマヤさんの右に出るものは居ない。


「大丈夫ですよユゼフさん。これでも私は剣兵科三席卒業ですから」

「はぁ……」


 そう言う問題でもないような気がするし、肝心のマヤさんの意見が不明のままだ。でも結局エミリア殿下に押し切られる形で、マヤさんのクラクフ残留が決定された。

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