現実(改)
「オレがお前を呼び出した理由がなんだかわかるか?」
「……わかります」
王立士官学校、第1学年第3組の教室。
俺が今いるところだ。
「そうだよなぁ、これ見て何も思わない奴いないもんなァ?」
「……はい」
入学試験は簡単だった。
なんてったって初級学校の内容+体力テストしかなかった。
農家出身ということもあって軍人に必要な最低限度の体力はあったし、初級学校じゃそれなりに成績は良かったし。
でも問題は入学してからの成績だ。
「なんなんだこの成績は!」
ボコッ。
担任の先生渾身の右ストレート。良い音がしたと共に俺が数メートル吹っ飛んだ。 口の中が切れたせいかちょっと血が出た。痛いですよ先生。
「こんな酷い成績の生徒はオレも初めてだぞ」
「すみません」
どうやら俺は想像以上にバカだったらしい。どうやら士官学校は初級学校の成績は当てにならないようだ。当たり前と言えば当たり前だけど。
俺の手元にはたった今先生から渡された上半期中間試験の成績表がある。
だいたいこんな感じだ。
剣術 28点
弓術 5点
魔術 53点
馬術 14点
算術 85点
戦術 96点
戦略 93点
戦史 89点
HAHAHAHAHAHAHAHA。
うん、我ながら素晴らしい点数だ。特に弓術の点数なんて見ただけで涙が出てくる。
当然だけど全部100点満点だ。赤点は60点未満。
座学じゃ良い点取ってるんだよな俺。魔術53点のうち40点くらいは魔術理論だし。残りの13点が魔術実技だ。
前世世界に魔術なんてものはなかったのに結構頑張ってる方なのよ?
問題は実技しかない剣・弓・馬だ。
まぁ、前世じゃ剣も弓も馬も扱える人間なんていないから仕方ない。そういうことにしてくれ。
「お前、このままだと第1学年上半期で退学だぞ?」
「……はい」
そうなんだよなぁ。
ここ、王立士官学校は授業料無料の高級学校だ。
国から授業料全額扶助がされる高級学校は、このご時世じゃここだけ。
ただし、原則卒業後10年間は軍務につかなければならない。でなければ授業料を請求される。
そしてそれは退学になっても同じだ。
……はぁ。鬱だ。
「期末までになんとかしろ。以上」
「はい」
「声が小さい!」
「はい!」
「うむ。着席してよろしい」
退学になったら親に申し訳ない。裕福とは言えない農家じゃ、授業料は結構な負担になるはずだ。
我が儘言った分、ここで頑張らないとな。前世の記憶があると言っても、親は親だ。
……問題は弓術の点数どうやって55点も上げるかだ。袖の下渡した方が早い気がする。
「ユゼフって結構貧弱よね。知ってたけど」
「うるせー」
隣の席の女子が話しかけてきた。もう死んでもいい。
「サラもバカじゃないか。戦術何点だっけ?」
「……18点」
「戦略は?」
「25点」
戦史は……、と言いかけたところで拳が飛んできた。
「うっさい! 殴るわよ!」
「殴ってから言うなよ!?」
まぁ、そんなコントのようなことをやっていたら、当然教官からはこんな言葉が放たれる。
「五月蠅いのはお前ら2人だ! 邪魔だから廊下に立ってろ!!」
◇ ◇
さて、俺の隣でバケツを持って突っ立てるのはサラ・マリノフスカ。
赤髪ロング、釣り目、口より先に拳、場合によっては剣を抜く暴力女子。得意科目は剣術・弓術・馬術で苦手科目が座学。
早い話が脳筋だ。
「これじゃあ二人仲良く上半期で退学ね」
「そうだなー」
誰か剣術馬術弓術指南してくれないかなー? チラッ。
あっ。
「……ふんっ」
「……」
やばい。目が合った。
「ねぇ」
「なぁ」
かぶった。
やばい、恥ずかしいなこれ。
とりあえずお先にどうぞジェスチャーしてみる。
「勉強教えて。実技は私が教えるから」
気が合うね。俺も君に同じことを言おうかと思ってた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サラ・マリノフスカ。
それが私の名前。
士官学校の学生は、7割が貴族だ。公爵家の子息、閣僚の息子……なんて珍しい話じゃない。
私もそうだ。
と言ってもそんなに偉い身分じゃない。貴族の中では底辺に位置する騎士階級の娘。
仮にも騎士というだけあって、幼い頃から戦闘訓練はしてきた。騎士は、この国の未来を守るためにある。
そう思って、日々訓練に励んでいた。
父から習ったのは、剣術と弓術、そして馬術。
残念ながら魔術は父の専門外だっため、初級学校で習う程度の魔法しか使えない。
そしてある日のこと、父は私に「士官学校に行け」と命じた。
その日の食べ物にも困るような貧乏貴族だったから、娘を出世させて楽な暮らしをしよう、そんな打算的な理由もあっただろう。
でも私はそれを知りつつ、父の言うことに従った。
それが騎士階級に生まれた者の役目だと思って。
入学試験は問題なかった。父から教わった武術の得点が高かったからだろう。中級魔術は扱えなかったが、それは士官学校に入ってから学べばいいと言われた。
今思えば、先生から「期待の新入生」だと評価されていたのかもしれない。自分で言うのもなんだけど、確かに周りの人間よりは武術と言うものが出来た。
そして士官学校に入学した。
座学が足を引っ張って入学時の席次は中の上に落ち着いたけど、それでもまずは満足すべき結果だったと思う。
でも、入学したばかりの頃は漠然とした不安があったことも確かだ。
それは当然かもしれない。まだ12歳の身で、「国を守る」だとか「騎士の役目」を語るなんて。
その不安をある程度打ち消してくれたのが、教室で私の隣の席に座る、ユゼフ・ワレサという名の男子だった。
彼はこの士官学校では割と珍しい、農民出身の士官候補生。私とは真逆のタイプで、武術が圧倒的にダメで、反面座学が得意。
第3組の中では早くも「頭から下は不要な男」と呼ばれている。
上半期中間試験の結果が発表された後、私とユゼフは互いに協力して試験の点数を上げ、退学回避のために勤しむことになった。
彼は私に座学を教えて、私は彼に武術を教える。
この日は士官学校の敷地内にある馬術教練場で、馬術の居残り授業だ。
「サラって馬術何点だっけ?」
「99点よ」
「……残りの1点ってなんなんだ?」
「さぁ? 実技の加点方法って結構適当だし、100点にするのが嫌だったんでしょ」
「んー……まぁ確かにサラ相手に100点つけるのは癪だろうなー」
「どういう意味よ……」
馬術14点のくせに、偉そうなことを言う奴だ。
その後もユゼフは、ぎこちない動きをしながらぶちぶちと不満を垂れ流した。
「なんで馬になんて乗らなきゃいけないんだ……」
「馬に乗れない士官なんて聞いたことないわよ」
ユゼフは農家出身なんだから、馬くらいそれなりに操れると思うんだけど。
「そんなんでひぃひぃ言ってたら下半期になったらもっと大変よ。剣とか槍とか持って戦闘実技するんだから」
「……ホント?」
「私は嘘吐くの嫌いなの」
ユゼフは馬の上でわたわたしながら手綱を握っている。これではまるで、初めて馬に乗った5歳児と変わらない。
……なんでこいつ士官学校に入れたんだろう。いくら試験が簡単だとは言ってもここまで酷いと入学できない気がする。
人生と言うものは、何が起きるかわからない。
その言葉を実感させてくれるのが、このユゼフ・ワレサという人間だ。
私とユゼフが初めて出会ったのはおよそ3ヶ月前、士官学校入学式の日。
こんな出来損ないの士官候補生に、私は助けられたのだ。