来訪
…………あぁ。今日も空が青い。たぶん今の俺の目は死んだ魚の目の如く濁っているだろうけど、そんな目で見てもシレジアの空は青い。うふふ。
「あのー、ユゼフさん? 大丈夫ですか?」
執務室の窓の外を眺めていたら、いつの間にか背後にはエミリア殿下がいた。どうやら夢中になりすぎて、殿下の入室に気付かなかったようだ。
「申し訳ありません殿下。どうも最近調子が悪いみたいで」
「そうなんですか? なら今日は休んで……」
「いえいえ御心配なさらず。少し窓の外を眺めて蝶々と戯れてただけですし」
「………………本当に大丈夫ですか?」
エミリア殿下が顔を覗き込んできた。どうやら俺は相当やばいらしい。
いや、うん、原因は自分でもわかるからね。今ほど死にたいと思ったことは17年と240ヶ月の人生ではなかった。
現在の日付は7月12日。つまりフィーネさんと会って食事をしてサラと出くわして色々アレした日から3日経っている。
あれ以降、俺とサラとフィーネさんは顔を合わせていない。合わせたところで何も話せないだろうし気まずくなるのが目に見えている。
こうなる前にもっと早く手を打つべきだったな、と今更ながらに後悔した。何をしても手詰まり感がある。自分のせいってことがわかってるだけに辛い。
あぁでもいつまでも悩んでいるわけにもいかない。いくらなんでもエミリア殿下の前で個人の悩みを吐露するわけにもいかんし、それになにより個人レベルのどうでもいい話より国家レベルの話をしなければならないのだ。切り替える、あるいは諦めるしかない。
……はぁ。
「それよりも殿下。今例の亡命者の方々はどうなっているんです?」
そう聞くとエミリア殿下は暫く何も答えずただ俺の顔をじっと見ていた。どうやらまだ心配されているらしいが、すぐに本題に戻ってくれた。
「……ヴィクトルⅡ世以下、9名の亡命者たちは私の判断で公爵領に来るように指示しました。恐らく明後日にはクラクフに着くと思います」
まぁ、妥当な判断だろう。
何をするにも亡命者一行は近くに置いた方が何かと面倒がない。変に大公派に嗅ぎつけられても面倒だし、保護するとすれば監視がしやすい公爵領にいてくれた方が良い。
まぁ、問題はこの厄介な亡命者を本当に受け入れるのか、ということにあるのだが。
「ユゼフさんは、どう思われますか?」
と、殿下は唐突に質問した。
「何がです?」
「何が、と具体的には言い辛いですが……。強いて言うなれば亡命者の裏に何があるのか、でしょうか」
確かに。皇族が亡命するなんて前代未聞だ。だけど彼らは実際にやってきた。なぜなのか。何を目的にシレジアにやってきたのだろうか。
あるいはひとつの可能性として、セルゲイがわざと逃がした可能性というのもある。そしてシレジアがヴィクトルⅡ世を保護した瞬間「シレジアが皇子ヴィクトルⅡ世を誘拐した」と主張し、それを大義名分にして戦争を吹っかけるという魂胆かもしれない。
もっとも、内政・軍制改革中の帝国がそれをするとも思えない。案外、ありきたりな亡命である可能性もなくはないのだ。故に、
「わかりません。やはり亡命者たちに直接事情を聞かないことには……」
そう、答えるしかない。
一応、例の情報網を通じて帝国内の動向を探っているが、如何せんクラクフと帝都ツァーリグラードは距離が離れすぎている。情報が降ってくるのは早くても来週になる。
だから、今はヴィクトルⅡ世とその母親を出迎える準備くらいしかできない。
「殿下、治安警察局か国家警務局に連絡して、尋問ができる人間を貸し出せないでしょうか」
「その点については問題ありません。既に王都から人員がクラクフに来ることになっています。こちらも、恐らく明後日には来るかと」
相変わらずエミリア殿下は優秀でいらっしゃる。もう俺いなくてもいいかも。
そして2日後、7月14日の午後。
王都からヴィクトルⅡ世を尋問をするためにクラクフやってきたのは、内務省治安警察局の人間1人、そして宰相府国家警務局所属のヘンリク・ミハウ・ローゼンシュトックさんだった。
「お久しぶりです、ヘンリクさん。中佐になられたそうですね」
「あぁ。例のマリノフスカ少佐の事件での功績でな。もっとも『昇進が早すぎる』という理由で数ヶ月ほど放置されたが」
いくら功績を挙げた公爵家嫡男であっても早すぎる出世は疎まれることになるから、という軍務省の配慮らしい。ヘンリクさんが王女派であるのも理由のひとつだろう。
「そう言えばマリノフスカ少佐は元気かな?」
「……元気ですよ。最近は忙しくて会えてはいませんが」
「そうか。挨拶しようかと思ったのだが、時間がなさそうだな」
実際は忙しいかもどうかわからないくらい会えてないのだけどね。
そうして俺の執務室でヘンリクさんと無駄話に花を咲かせていた時、扉がノックされた。どうぞ、と返事するとそこから現れたのはエミリア殿下。
「お久しぶりですね。ローゼンシュトック中佐」
「殿下もご壮健のようで何よりです。遅ればせながら、准将昇進おめでとうございます」
「ありがとうございます」
形式的で、けど楽しそうな挨拶は早々に切り上げて、エミリア殿下は本題を切り出した。
「例のお客様が来ました。郊外のクラクフスキ公爵の別邸にいます。挨拶しに参りましょう」
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更新については活動報告にまとめました。
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よろしくお願いします。




