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大陸英雄戦記  作者: 悪一
クラクフ狂騒曲
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ラデックの悩み事

章題を「クラクフ狂騒曲」に変更しました。

 ラスドワフ・ノヴァク。通称「ラデック」


 彼と同期の者で、彼以上に幸せな人生を送っている者はそう多くないだろう。

 ラデックは親が勝手に決めた婚約者、リゼル・エリザベート・フォン・グリルパルツァーとの結婚を控えている。だが彼女は誰もが認める美人であり、ラデック好みだった。そして尚且つ彼の事を心から愛してくれている。さらに言えば名のある資本家の娘で、爵位も持っている。

 だからと言ってラデック自身に価値がないかと言えばそうではなく、彼はシレジア王国軍大尉で補給担当の士官。戦死する確率の低い後方勤務で尚且つ給与も良い身分に23歳という若さでなっている。シレジアの王女や公爵令嬢などと言った人物を親友に持っており、その凄さは最早言うまでもない。

 極めつけに年内に2人の愛の結晶、もとい子供が生まれるとなれば……もうここで人生を終えても悔いは残らないのではないかと思われるほどの幸せぶりである。

 ユゼフに言わせれば、


「爆ぜろ。もしくはもげろ」


 ということになる。ユゼフが置かれている状況はさておき。


 さてそんな幸せな人生を歩んでいるラデックなのだが、この日は大いに悩んでいた。


「……まずいよなぁ」


 彼と彼女の結婚生活を営むために購入した新居にて、貴族令嬢らしくなく料理の腕に秀でるリゼルの手作り料理を前にしながら、彼は大きく溜め息をついて唐突にそう呟いたのである。

 無論、それを聞いたリゼルは、


「あ、ごめんなさい……」


 と泣きそうになりながら勘違いをした。


「あぁいや、違う違う。リゼルの料理は相変わらず美味しいよ。今のは、ちょっと別の話」

「……本当ですか?」

「本当だよ。店を開いたら繁盛するんじゃないかって思うくらい」


 その言葉に嘘はなかった。世帯収入がとてつもないことになっているこの家の夕食は材料にも当然拘れるし、それに作っている人間の技量も相まって、一流料理店にも引けをとらない程になっていた。


「ふふ、ならよかったです。でも暫くはラデックさんとお腹の子にしか作ってあげませんよ」


 彼女は微笑みを浮かべながらそう惚気た後、首を傾げてラデックに質問した。


「……でも、そんなに溜め息をつくなんてどうしたんですか? お仕事上手く行きませんでした?」

「あぁ、いや、仕事じゃなくてな……」


 ラデックは天井を見上げて、暫し考え込んだ。リゼルに先程クラクフ商業区で見た光景を言おうか言うまいか、である。だがリゼルはユゼフとフィーネを良く知る人間であることを思い出し、そのことを言う決意をし、そして見たままのことを彼女に伝えた。


「と、言うわけだ」

「あらま……」


 リゼルは珍しく呆けた顔をした。

 進展があった、という報告は以前にラデックから聞いてはいたものの、まさかそんな事態になっているとはさしもの彼女も想像がつかなかったのである。


「ユゼフの野郎が、まぁそういうことに不器用なのはわかっていたが……あれはちょっとまずいと思ってな」

「それは想像がつきます。ユゼフさん、女性の気持ちというのに鈍感ですものね」


 何せ彼女はオストマルクで、ユゼフとフィーネをよく観察していた人間である。フィーネがそういう気持ちを抱き始め、そしてそれにユゼフが気付いていないのも当然彼女は気付いていた。


「でもあいつはもう17歳だし、そういうのに敏感でもいいと思うんだが」

「それは個々人によって違いますから……でも、このままは確かにまずいですよね」


 リゼルは、これが放っておけばどうなるかを想像できていた。

 ユゼフとサラの仲は嫌悪になり、そしてその原因を作ったフィーネとの仲も悪くなる。三者それぞれが互いを嫌悪し始めれば、もう修復は効かないだろうと。


「まぁユゼフにとっては良い人生勉強になっただろうよ。そうやって男は女心をわかっていくもんだし」

「あら、実体験ですか?」

「……いや、親父の言葉だ」


 無論、これは嘘である。彼の初恋はリゼルと会うずっと前のことである。

 だがそれはリゼルにとっても同様なので、彼女もラデックに無粋なツッコミをすることはなかった。と言うより、古今東西初恋が結婚に至る例というのは案外少ないものであるから、むしろそれが普通のことである。


「まぁ、それはさておくとして。ユゼフさんにとって良い勉強になるでしょうけど、2人にとっては致命傷です」

「そうなのか?」

「そうです!」


 そう言って、彼女は机を叩いて立ち上がる。


「乙女の寿命は短いんです。やっと良い恋ができたのに、こんな形で有耶無耶にされるのはたまったもんじゃありません!」

「あー、有耶無耶ってのは……?」

「無論ユゼフさんです! 女性2人から告白されてそれに対する返答有耶無耶のまま告白前の関係を続けるなんて、最低ですよ!」

「最低なのか」

「最低です! 御馳走を前にしてひたすら『待て』をされている犬の気持ちですよ!」


 それはちょっと違うんじゃないか、とラデックは言いたかったが、目の前で演説するリゼルの気迫に押されてツッコミずらかった。

 だが犬云々はともかくとして、ラデックはリゼルの言葉に納得できた。


「まぁ、どうにもユゼフの2人に対する行動は失礼だとは俺も思う。いや、正確に言えば行動しないことが失礼だということか」

「そうですね。慎重になりすぎて、あるいは真摯すぎて何もできていない。両方かもしれませんね」

「なるほどな。でもやっぱり問題となるのは……」


 ラデックは料理を口に運び、咀嚼しながら考える。

 先ほどラデックが言った通り、ユゼフは行動しない。その理由はラデックには想像がついたし、ある程度同情も出来た。だがサラとフィーネの気持ちを考えると、同情はできない。

 やはり問題の鍵となるのは、ユゼフ自身なのだと。だがそのユゼフを、どうやって行動させるかが最大の難関である。


 その難関に対する答えは、リゼルが出した。


「あの2人は恋に対して素直になりました。だから告白できました。なら、ユゼフさんも素直にさせればいいんです。それで解決です」

「まぁ結局そうなんだろうが……ユゼフってあんまりそういうこと言わねぇからなぁ」


 伊達に7年間もユゼフに付き合ってはいない。同室として、あるいは年上として何度も相談に乗ったことがあるラデックだが、今問題となっている事となるとユゼフは頑なになる。


「であれば、手段はひとつですね」

「ひとつ?」


 ラデックが首を傾げると、リゼルは笑って答えてみせた。


「えぇ。簡単です。腹を割って話すんですよ」


 右手で拳を作って、そう言ったのである。

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