商業区にて
エミリア殿下から伝えられた情報が気になって、結局喫茶店で食べた料理の味はよく覚えてない。
ちなみに料金は割り勘です。フィーネさんが払うって言ってたけど、さすがに女性に食事代金払わせるのはまずいんじゃないかと思って「ここは俺が」「いやいや私が」を暫く繰り返してそうなった。
そんなこんなあって店から出て、特にやることもないし帰るかなどと思っていた時、
「少佐、少し寄りたい場所があるので付き合ってもらいますか?」
「え、いやでも私は……」
「どうせ暇でしょう?」
仰る通りです。
そういうわけで、フィーネさんとクラクフの商業区を歩くことになった。
庶民が夕食の材料を買い求める市場、富裕層が高級家具や宝飾品を買うための店、こんな商品誰が買うんだと思わせるようなマニアックな店などなど、最近のクラクフは面白い感じになっている。
オストマルク帝国や、カールスバート復古王国、シレジア王国各所からの資本と資源、そして人間の流入が、クラクフの経済成長を支えている。特にオストマルクからの資本流入が大きい。
起爆剤となったのは、グリルパルツァー商会の大型工場だ。郊外にある工場群のおかげでクラクフは潤い始めている。
無論、なにも問題がないわけじゃない。代表的なのは以下の2つ。
ひとつは、物価上昇。ここ数ヶ月で急に経済が上向いたから、それに伴って物価が上昇し、物価についていけない貧困層が増えている。民政局長は、彼らに対する福祉予算の確保と物価の安定に悩まされているそう。
ふたつ目、工場労働者の給与が上がったことによって、既存の第一次産業従事者の人口が減りはじめていること。特に、公爵領南部に存在し、公爵家が運営しているキンガ岩塩坑だ。辛い、キツイ、それでいて給料は工場労働者並。こんな状況で坑夫で働き続けたいと思う輩はそう多くない。
岩塩坑の坑夫を減らさないために給与を上げてしまえば、それは塩の価格に跳ね返る。塩の価格を抑えようとすれば、給料を支払う立場、つまり公爵領の財政が圧迫される。
つまり、俺の名目上の上司たる民政局長はこれらの難題を押し付けられているのだ。
……俺が工場を誘致させたせいなのかと思うと、少し申し訳ない。
まぁ、これらの問題解決は後の事としておいて、今はフィーネさんの用事である。
「なんの店に用事があるんですか?」
「そうですね。姉に何か嫌がらせの品を送りつけてしまおうかと思いまして……何がいいですかね?」
なにがあったんだろうこの姉妹……。
フィーネさんはどこか特定の店に用があったわけではなく、適当に商業区を歩いている。当然俺もそれに付き従うわけだが……どうも引っ掛かる。
「フィーネさん、本当にクラウディアさんに送る物を探しているんですよね?」
「そうですが?」
「その割には、店を覗きませんよね」
適当な商品を見つけるのに商業区を適当に歩くのはわかる。でも彼女は店を覗かず、その代わりに人ごみを観察しているようである。まるで物よりも人を探しているようだ。
そのことを指摘すると、
「さて、何のことでしょうか」
とはぐらかされた。
そしてさらに数分歩いた後、フィーネさんが突然足を止めた。
「ユゼフ少佐、お願いがあります」
「なんでしょう?」
俺が聞き返すと、フィーネさんは右手を差し出してきた。なんだろう、飴ちゃんでも欲しいのだろうか。と思ったら、
「私と手を繋いでくれますか?」
「……なんでですか?」
「恋仲にある男女は普通手を繋ぐものです」
私とあなたはまだ恋仲になっていませんよね、と反論したかった。が、その前にフィーネさんがほとんど強制的に俺の左腕を掴み、そのまま手を繋ぐ。しかも、その、あれだ。指を絡ませる恋人繋ぎと言う奴だ。
なにこれ凄い恥ずかしいんだけど。
「顔が真っ赤ですよ、ユゼフさん」
「……そりゃなりますよ。ていうか急になんでさん付けですかちょっと恥ずかしいので普段通りに、あと手を離して戴ければ嬉しいのですがっ!」
「ダメです」
そう言ってフィーネさんは離すどころか両手でガッチリ俺の左腕を捕まえる。ついでに当ててくる。ナニとは言わないがフィーネさんのその慎ましくも柔らかいそれを当ててきて……って、街中でこういうことをするのは恥ずかしいってレベルの話じゃない。たとえ恋仲になったとしてもやりたくないんですけどっ!
たぶん今鏡を見たら茹蛸のように赤くなっている俺が映っていることだろう。フィーネさんから必死に顔を背けて対抗する。でも左からはクスクスと微かに笑っている声が聞こえるので恐らく意味はないのだろうけど……。
「あ、あの、フィーネさん? そろそろ……」
離してください、と言いかけた時、後頭部に衝撃を感じた。固いものが何か当たったようである。足元を見ると、そこにはなぜかそれなりに形の良いジャガイモが落ちていた。当然だが、クラクフはジャガイモが自然と湧いて来たり降ってくるような都市ではない。
つまり俺はジャガイモを投げつけられたということになるのだが、なんだかとっても物凄く嫌な予感しかしないのはどういうことでしょう?
いっそのこと後ろのことは気にせずこのまま前に進んでしまおうか。なんて思ったが確認を怠ることは俺にはできず、振り返ってしまう。
そしてそこに居たのは、
「ユ―――ゼ――――フ―――――!!」
俺の名を叫び、生のジャガイモを握り潰しながら殺意の炎を燃え滾らせている鬼神がそこにいた。
なるほど、今日は俺の命日らしい。
 




