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大陸英雄戦記  作者: 悪一
クラクフ狂騒曲
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サラの料理

 太陽が地平線に近づきつつある頃。調理場から、小気味良い音が聞こえてくる。


 エプロンを身につけやる気満々で夕飯を作るこの家の主、つまりサラの姿は、見ていて……なんというか違和感がある。似合ってないというわけではないのだが、俺に向かって拳を飛ばしまくり戦場では敵の首を刎ねまくる彼女がそんな家庭的なことをしていると思うと、どうにもしっくりこない。


 俺とユリアはその音を聞きながら黙って居間でくつろいでいる。いや正確に言えばユリアだけがくつろいで、俺は戦々恐々としている。


 ここの官舎はあまり広くないため、調理場と居間が直結している、いわば中近世版ダイニングキッチンである。そのためサラがどんな感じで作っているのかがよくわかるのだけど、作っているものがよくわからない。


 アニメとかでよく見る、青だか紫だか茶だか蛍光色だかよくわからない色の料理が運ばれてくるんじゃないかと思うと心配なのだ。いや、昼のあのサンドイッチの出来を見れば、そんなよくわからないモノが召喚される心配はないとは思うけど。


「あのー、サラ、やっぱり手伝……」

「だ、大丈夫よ!」


 全然大丈夫に聞こえない声でそんなことを言われても不安が増すだけである。


「なぁユリア。サラっていつもあんな感じなの?」


 地獄耳のサラに聞こえないように声を絞って、俺の隣に座ってぬいぐるみをいじくって遊んでいるユリアにそーっと聞いてみる。

 すると彼女は、コクリ、と1回頷いた。


 サラは料理が下手な人特有の姿勢の悪さをしている。剣を構えたり馬に乗ったりするときのサラは締まった表情と体をしているのだが、今の彼女の顔は眉間に皺を寄せ、肩を不必要に張っていたりする。というかそもそも包丁の持ち方が変。あれじゃ怪我するぞ。


 いつもあんな感じなのかと思うと、ユリアよりもサラの方が心配になってくる。

 だが手伝おうにも彼女がそれを拒否するためにできない。無理にやれば拳が飛んできそうだしその拍子に怪我でもされたら……、


「痛っ!」


 ……言ってる傍からこれである。


「なぁユリア、これもいつものことなの?」

「……たまに」


 たまにやっちゃうらしい。


 さすがにここまで来ると手伝わざるを得ないだろう。どんな味音痴でも「ケチャップ(比喩)で食べる新鮮野菜のサラダ~爪の欠片を添えて~」とかは食いたくない。


「やっぱ手伝うよ」

「大丈夫! ユゼフは座ってて!」


 事ここに及んで未だ頑固である。がこっちはユリアと俺の胃袋の未来がかかっている。退くわけにはいかない。


「怪我してるのに?」

「大したことないわ……舐めれば治るし」

「料理に唾入れる気か?」

「そ、それは……ちょっと」

「それに、あまり時間を掛け過ぎるとユリアが飢え死にする。だから手伝わせろ」

「うー……」


 と、言うわけでサラの手料理は暫くお預け、2人で作ることにする。とりあえず後でサラに包丁の持ち方を教えるとして……、


「そう言えば何作るの?」

「えーっと、材料あまりないし、ユゼフ来るってわかんなかったから、これとこれを使って……」


 あー、そうだね。ごめん。気が利かなかった。今更市場には行けないし、手土産代わりに俺が何かを持ってくるべきだったか。まぁそこは俺の量を減らせばいいし、そもそもシレジアは「夕飯は軽く、昼飯は豪華に」という習慣なのでさしたる問題ではない。


 と言うわけで適当に調理。俺が材料を用意してサラが鍋で煮込んでユリアがそれを観察するだけの作業の始まり。って、なんでユリアこっちをまじまじと見てるの? 男が台所に立つのって変?


「ユゼフ。味ってこんな感じでいいかしら?」


 スープを煮込んでいたサラが小皿を突きだしてきた。作っているのは、シレジアでは一般的なもので味はコンソメスープに近い。調理方法も材料も簡単で済むという世のオカン大歓喜の料理だ。時間はかかるけど。

 で、肝心の出来はと言うと……、


「……」

「ど、どう?」

「…………」

「何か言いなさいよ!」


 言えない。なんだかとってもエグい味がするとは言えない。考えられる原因は1つ。というかそれ以外だったら俺でも対処しようがない。

 仕方ない。ユリアの今後のためと思って鳩尾を殴られることを覚悟の上で言おう。


「サラ、灰汁取りしてる?」


 俺がそう聞くと、サラは瞬きもせず数十秒間固まり、そして聞き返した。


「……する必要あるの?」


 その答えは予想外だった。


 色々ありつつも、数十分の調理によってとりあえず夕飯の体裁は整った。

 出来たのは、灰汁取りして香辛料加えて味を調えたスープと、パンと、適当に保管してあったソーセージ、そしてキャベツの酢漬け(ザワークラウト)だ。現代日本人には朝食にしか見えないラインナップだが、これがこの国では普通なんです。


 ちなみに香辛料の値段は思ったよりも安い。

 どこぞの中世ファンタジー世界のように本のタイトルになったりすることはないし、どこぞの中世のように香辛料を巡ってガチンコの殴り合いをするということもない。理由はいろいろあるが、その前に飯を食わせろ。


「「「いただきます」」」


 どんな肉染みがあろうとも食事前のアイサツは欠かしてはならない……と、古事記にもそう書かれている。食事前のアンブッシュってなんだろう。やっぱりおはぎの中に針入れたりとかだろうか。


 というどうでもいいことを考えながら、サラと作った料理を口にする。自分で言うのもなんだが結構美味しい。と思っていたのだが、俺の正面に座るサラは手を止めていた。


「どした?」

「…………」


 ……え、まさか美味しくないの? 俺ってばサラ以上に料理の腕がないの? 味音痴なのは俺なの? どうしようユリアに変な物食べさせてしまった。


 しかし当のユリアは何も言わずもそもそと食べている。いや彼女の場合そもそも無口なので、美味しいと思ってるのか不味いと思って俺を心の中で貶してるのかの判断ができない。


「……あの、ユゼフ。ちょっといい?」


 申し訳なさそうに、サラが目を逸らしながら言った。


「ごめん」

「……はい?」


 なんで謝られたの? という俺の疑問は、直後に解決した。


「私って料理下手だったわ……」

「……あ、うん。そうか」


 こうして、サラは無事自分が料理下手であることを自覚したのである。

 まぁ、自覚できたのなら向上の余地はある……よね?




---




 本当のところを言えば、彼女、サラ・マリノフスカは「自分が料理下手ではないのか」という思いは昔から微かにあった。

 しかしそれは「別に女が料理を作る必要はない」という、ある意味彼女らしい男らしさと、軍隊という閉鎖的環境下にいたためである。このようなことが重なり、サラの料理の腕前は一向に上がらなかったし、彼女自身も技量を向上させる必要性を感じなかった。


 転機が訪れたのは、春戦争が事実上終結しサラが王都シロンスクに戻ってきた、大陸暦637年7月28日。つまり、彼女がユリアをシロンスク貧民街で拾った日である。


 その日から、彼女は自炊を始める。

 以前まで彼女は軍の士官食堂や町の大衆食堂などで食事を済ませることが多く、また作っても簡素なもので終わっていた。だが被保護者が出来てしまった以上、そんな生活はできない。


 故に彼女は遅まきながら、ようやく料理を始めた。


 勿論、今まで料理をあまり作らなかった人間が突然料理の腕前が上がるなんてことはない。サラもその例外ではなかったのだが、問題はそこだけではなかった。


 食事を提供する相手が、その日の食事にも困るような生活を続けていた孤児のユリアと言う点である。

 ユリアにとって見れば、食事にありつけると言うだけで豪華である。たとえその食事がメシマズ女子が作った料理のようなモノでも。


 初めてサラが本格的な料理(のようなもの)を作り、それを元孤児ユリアに提供した時のこと。


「ねぇユリア? どう? 美味しい?」


 その言葉に対してユリアは目に涙を浮かべながら、


「美味しい」


 と答えた。答えてしまった。


 こうして、誰かにとっての小さな悲劇となる、サラの料理の歴史が始まったのである。

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