訪問
その日の夕刻。
書類もやるべき業務も少なかったため、早々に仕事を切り上げてユリアの様子を見に行くことにする。
補給参謀として日々激務に追われているラデック辺りから「給料泥棒だ」と言われそうだが、思えばさっき似たようなこと言われたからさほど問題はない。
問題なのはユリアの食生活だ。
現在、ユリアはサラの被保護者として普通の、あるいは同年代の子供から見れば裕福な生活をしている。これは当然の話で、サラはの階級は少佐、今年で19歳ということを考えればかなり出世してる方だ。そして少佐は会社で例えれば部長級ポスト、当然給料が良いし、税金で建てた官舎に相場の4分の1の家賃で住んでいる。
つまりサラは富裕層で、ユリアはその家の娘。不便しないだろうな。まぁ給与や官舎云々に関しては同じ少佐である俺も同じなので細かい話はやめよう。
ちなみに、エミリア殿下は准将なので相当給料が良い……はずなのだが、必要なお金以外は全て返納し、またセキュリティの問題から官舎を使用せず、クラクフスキ公爵邸の一室を借りている。マヤさんもこれに同じ。
ラデックの場合、まだ大尉なので個人用の官舎をあてがわれていない。だが彼はもうすぐ結婚するということなので、クラクフ郊外の家を買って婚約者であるリゼルさんと同棲してる模様。幸せそうで何よりですね!!
フィーネさんは……よくわからないが、たぶんシレジアにいるときは大使館か領事館に併設されている寮を使っているだろう。
それはさておいてユリアの話に戻るが、彼女の生活は基本的に平日は初級学校、休日はサラと一緒、サラが仕事で忙しい時は公爵邸の人たちが相手している。元孤児だったが食生活が劇的に改善したため、本当にどこにでもいる少女、という感じになった。
まぁ俺に対する微妙な態度は変わっていないのだけど……。
そうこうしているうちにサラの官舎の前についた。公爵邸にはいないことを確認しているし、サラも今日は非番らしいのでここにサラとユリアがいる可能性は高い。出掛けていたら後日改めて来る……のは良いとして、どうしよう。いやここまで来て引き返すことはしないけど、どうも心の準備が。渦の中に居る俺がその水を掻き回しているサラに会うのだ。緊張する。
……よし、とりあえずノックしてみよう。
「はーい?」
ドア越しに声が聞こえた。サラだ。
「俺、俺だよ」
「……ユゼフ?」
「そうだよ。ユゼフだよ」
若干オレオレ詐欺っぽくなってしまったが、この世界にまだ電話はないのでセーフ。玄関開けたらいきなりグサッとして強盗する事案がないわけではないので、一応警戒すべし。
「今開けるわ」
その後、ドアノブがガチャガチャと音を立てる。が、なぜかなかなか開かない。まさかサラ、ドアの開け方を忘れたとか言わないよね?
そういえば、サラの官舎に来るのは約1年ぶりか。確かそん時も夏で……………あっ。
そこまで思い出していた時、やっとドアが開いた。なにをしていたんだと突っ込みたくなるがその前にやることがある。
「ちょっと待ったあああああ!」
そう叫びながら、俺は開かれようとするドアを阻止した。
「え、ちょ、な、なにするのよ!」
サラも困惑しつつも、そのまま強引にドアを押し開けようとする。しかし悲しいことにサラの方が筋力が上なのでジワジワと押されつつある。
夕刻の官舎でドアを押し合う少佐×2という珍妙な事態が繰り広げられているがそんなことは知ったこっちゃない。大事なのは……、
「サラ、今どんな格好してる!?」
「どんなって、普通に……」
と、そこでサラの言葉は止まった。ついでに力も弱まってドアは少しやかましい音を立てて閉まり、その後数秒間の何とも言えない空気と時間が流れる。
「…………えっと、ご、5分待って!」
ふむ。どうやら1年ぶりの悲劇は回避されたようだ。
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「お、お待たせ!」
5分待って、という言葉から10分程経った後、ようやくドアが開かれた。中から現れたのは、ちゃんと服を着ているサラと、そのサラの背後に隠れているユリアだ。相変わらずである。
「で、急にどうしたの?」
「ユリアの様子を見に来ただけだよ。色々心配で」
「色々?」
「うん、色々」
なにが心配かを具体的に言ってしまうと何かが飛んで来そうなので言わない。どうやって自然に料理の話題に持っていくかが鍵となる。
失敗すれば……言わずもがな。
「色々……ね。うん。色々あるわよね」
サラがやけに「色々」を強調してくるのだが、それがどういう意味を持つかを追求するだけの勇気は持っていない。まぁ、その、なんだ。落としに来るという話だろう。
「ま、ここじゃなんだから上がって! ちょうどご飯にしようかと思ってたところだし!」
……。
がんばれ、俺の胃袋。




