熾烈
ユゼフくんの肩書きが露骨すぎたので「特別参与」に変更しました。やることは一緒です
「ユゼフくんはやはり戦場よりもそっちの仕事の方が合っているのではないかな?」
一通りの説明を終えた後、マヤさんがそんなことを言った。
うん、今更だね!
「でも、私は戦術研究科を選んだことは後悔していませんよマヤさん。実際問題、私は発想が出来ても実行ができない人です。特に情報処理は苦手で、そういうのは専門家に任せた方がいいんです」
考えることができるのとそれを現場で実行することができるのとでは、それこそ月とスッポンほどの違いがある。チートハーレム小説を書いている人間が必ずしも現実でモテモテというわけではないのと同じだ。……違うか。
「専門家ね……。内務省治安警察局に、その手の事が得意な奴がいたな。どうかな? 君が良ければ紹介するぞ?」
「あぁ、いえ大丈夫ですよ。現段階では、仕事の量は内務省の比ではないですから」
「ふっ。そうか。でも無理はするなよ。君は何かと1人で仕事を抱えたがる人間らしいからね」
「善処します」
こうやって何かと気にかけてくれるマヤさんは本当に頼りになる。姉御肌と言うか、理想の上司というかそんな感じだ。階級的には俺の下なんだけど。
「あぁ、そうだ。情報云々で思い出したが……」
「なんですか?」
するとマヤさんは、ニヤニヤしながら聞いてきた。
「リンツ家の御嬢さんとは、結局どうなったんだ?」
「…………」
俺は珈琲を口につけながらそっと目を逸らす。
私は今何も聞かなかった。動揺しすぎてミルクを入れ忘れたけど何も聞かなかった。ブラックは飲み慣れてないから余計苦く感じる。
ていうか、マヤさんの口ぶりからすると完全に何が起きたか知ってるよね? カステレットのアレを知っているのは俺と、目の前で事を見てたサラだけのはずだ。
「やれやれ。サラ殿から子細を聞いていたが、結局君は何も成長していないようだね」
「……ほっといてください」
サラよ、なぜ喋ったし。
ラデックの方もニヤニヤ顔だったので、恐らくこいつも事情を知っているようだ。
なにこの包囲網。
「放っておくことなどできるか。こっちはサラ殿から相談されてるのだ。どちらを応援するということはしないが、かと言ってこのまま何も進展なしというのは2人が可哀そうだからね」
マヤさんのその言葉は頼もしいのだが、口のにやけは変わっていない。相談に乗るというよりはこの状況を楽しんでいるのだろう。
ちくしょうめ。今俺は真剣に悩んでいるんだぞ。
「真剣に悩んでる風に見えるけど、どっちかと言えばお前、どっちも選ばずに解決する方法を探ってるよな?」
「……ラデックって読心術の心得あるの?」
「いや、お前の顔に書いてある」
マジかよ。誰だよ俺の顔に落書きしたの。
冗談はともかく。結構俺はやばい状況にいる。
あの日、フィーネさんに、その、キスをされてしまい、しかもサラの目の前ということもあっててんやわんや。
『一応忠告しておきますが、私はユゼフ少佐のことを恋愛的な目で見ていますので、誤解なさらぬようお願いします』
と、フィーネさん。ここまで言われてしまうとはどんだけ俺の感性信用されてないの、と思わなくもないが前科があるから反論できない。
そもそも、政治的な意味で再三求婚を申し出ていたフィーネさんが、まさか恋愛的な感情を持ち得ていたのはハッキリ言ってしまえば意外だった。そんなものとは無縁だと思ってたから。
ちなみにそれを横で聞いていたサラは、とりあえず俺を1発殴った。前日にあれやこれがあったからその気持ちはわからんでもない。
フィーネさんにしてもサラにしても、結構負けず嫌いの気があるようで、互いが互いを敵として認識して積極的に行動してきている。男としては嬉しい反面、間に挟まれているので精神の消耗が思ったより酷い。
でも今はまだマシなのだ。条約締結後の忙しさと、各部署人事異動のあれこれがあった。仕事でそこら辺の事を忘れられたし、フィーネさんもオストマルクに一旦戻ってる。
もうほんと、どうしてこうなった。
なんで俺なんだろう。イケメンでもないし、能力がずば抜けているというわけでもない。どう考えてもモテる要素ないだろうに。
「世に数多いるモテない人間が聞いたら卒倒する悩みだな? ユゼフ、今度から夜は1人で出歩かない方が良いぞ? たぶん刺される」
まったくだ。立場が逆なら俺はラデックのことを後ろから刺していたかもしれない。
どうすればいいんだか……。
「ユゼフくんがここまで結論を出さずにいたのが最大の原因だ。因果応報とはまさにこのこと、少しは自分で考えたらどうだい?」
「マヤさんは相談に乗ってくれるんですか、それとも面白がってるんですか」
「どちらかと言えば後者だな」
ひでぇ。
「まぁ、ユゼフくんが他人の意見を求めているのだと言うのなら、女性として君に意見しよう。聞きたいかね?」
「是非ご教授くださいなんでもします」
「どんだけ必死なのだ……まぁいい。教えよう。女性と言う生き物は、個人差はあるが、基本的に独占欲が強い。君が何を選択しても、その女性の独占欲によって何らかの弊害があるのは確かだ。だから諦めろ」
「……助言じゃなくて死刑宣告にしか聞こえないんですが」
「助言を与えるとは言っていないからな。」
マヤさん完全に相談に乗る気ないじゃん……。
「どっちを選ぶ、あるいはどっちも選ばないというのは君の自由だからあれこれ言うことはしない。ただひとつだけ助言しておくと『どっちも取る』ということはやめておいた方が良い」
「なぜです? 両手に花は男の夢ですよ?」
「男の夢は女の悪夢だ。さっきも言ったが、女性は大なり小なり独占欲が強い。最初は上手くいっても、日が経てばどちらかを蹴落とそうとやっきになること請け合いさ。妻の他に愛人を持つことの多い王侯貴族でさえ、そのような話が度々出るくらいだからな」
なんと夢のない話だ……。
しかし確かに、2人の女性と付き合うなんて不誠実だな。いやまだどちらかと付き合うと決まったわけではないし2人の気が変わる方が早いという可能性もある。というかそうなれ。そしたら色々楽なのに。
そんなマヤさんは、さっきの俺の「なんでもする」発言を受けて、机の上に放置してあった俺の軽食を手に取った。どうやら小腹がすいていたようなのだが、一口食べた瞬間、彼女の顔が歪んだ。
「……ユゼフくん、なんだこれは」
「見ての通りタマゴサンドです」
「それはわかる。でもこの、ジョリっとした食感はなんだ」
「たぶんタマゴの殻ですね」
「……もう1つ質問良いか?」
「なんでしょう」
「サヴィツキ上等兵の料理の腕前は私も良く知っている。こんなミスをする人間ではない。では、これは誰が作ったんだ」
「……サラです」
ラデックが来る数分前、突然サラが現れて「疲れたでしょ! 持ってきたわ!」と言って俺の目の前に置いたのが、今マヤさんが口にしているタマゴサンドだ。
サラ曰く『ユゼフを落としてみせる』らしいので、それもその一環なのだろう……とは思う。でも肩を掴んで食べることを強要したあげく感想も要求してくるのはやめてほしい。おかげでまだ口の中がまだジョリジョリするし右肩がジワジワ痛むし。
これでフィーネさんがクラクフに戻ってきたらどうなるんだろうかと思うと、今から胃が痛くなってくる。
「これは、色々と前途多難なようだな」
マヤさんのその言葉が料理に対する事なのかそれ以外の事なのかはわからないが、彼女はタマゴサンドを残さず綺麗に食べた。
……とりあえず、サラの料理を食べて生活している、彼女の法律上の被保護者であるユリアがどんな食生活をしているのか不安になった。今度様子見てあげるべきかしら。




