クラクフスキ公爵領民政局統計部特別参与
「……おい、2人共。ちょっと質問して良いか?」
「なんだい、リゼル・エリザベート・フォン・グリルパルツァーの旦那さん」
「おまけみたいに言うな。確かにリゼルと比較すれば俺は……って今はそれはいい」
若干ノリツッコミをしそうになったラデックは、マヤさんが持っていた資料をひったくると同時に俺に質問を投げかけた。何を言うかはだいたい想像がついたし、実際ラデックのそれはやはり想像通りだった。
「なんで失敗するのが予想通りなんだ? お前さっき、皇帝派貴族を煽って帝国内部で叛乱を起こすとか言ってたよな?」
「言ったよ?」
「だったら成功させろよ! 失敗させてどうするんだ!」
「良いんだよ。今回重要なのは蜂起を起こすことじゃないから」
「……は?」
「つまり、これは陽動だ。帝国唯一の秘密警察、皇帝官房治安維持局とかの注意をそちらに向けるためのね。だいたい考えてみろ、捕虜に不穏分子を混ぜて内部で混乱を起こそうだなんて、基本中の基本。稀代の名君たるセルゲイ・ロマノフが考えないわけないし、当然皇帝官房治安維持局とやらも気づくだろう? そもそも、武装蜂起して色々準備すれば確実に足がつく。皇帝官房治安維持局と軍が皇太大甥派にある限り、皇帝派の武装蜂起は未然に防がれる可能性が極めて高い」
「……」
ラデックは再び固まった。
一方マヤさんは「やれやれ」と肩を竦めて呆れている。そうだよね。この程度のこともわからないラデックにはほとほと呆れるよね!
「あー……じゃあユゼフよ。武装蜂起未遂が陽動だとすれば、真の目的はなんなんだ?」
と、ラデックが当然の質問をする。皇帝派貴族を生贄にして、俺はもっと別のことをした。
それが書かれている、先程のとは別の資料をラデックに手渡した。こっちも最高機密書類で門外不出。内容を知っているのはやはり内務省治安警察局の人たち。
「……なにやってんだお前……」
彼の感想はそれだった。まぁ、そう思うのも無理はないか。なにせ……
「まぁ、ご覧の通りシャウエンブルク条約で解放されるはずだった捕虜は、一部は拘禁されたままだ。一応公式には全員解放されていることにはなっているけど、クラクフスキ公爵領ツェリニ私設収容所に13人が拘禁されている。彼らは公式資料では戦闘中行方不明ということになっているね」
「……どういうことだ?」
「簡単さ。人質だよ」
ツェリニに今も拘禁されている13人の捕虜、彼らは全て帝国ではそこそこ名のある貴族の子弟だ。彼らを人質として、本国にいる貴族に情報を要求する。それだけだ。
人質がいることと、その解放の条件を伝える役は東大陸帝国内務大臣と繋がりのあるらしいオストマルク帝国情報省の皆さんにやってもらった。
それと、本国の貴族連中がセルゲイに密告しないよう「もしばらしたら、残っている捕虜は全員殺す」というのも教えておいた。自分の子弟を見捨てる奴はいるだろうが、自分が密告したせいで自分より格式の高い貴族にも喧嘩を売る羽目になるのではないか、という不安感を煽ることで、密告に対する抑止力としている。
彼らを使って帝国内部の情報を探る。些か非人道的だとは思うが、相手が特権にしがみつく貴族の子弟だと考えれば罪悪感は薄れる。
危険はあるにはある。帝国政府に知れたら大変だろう。
だけど現状では知られる可能性は低い。本国の貴族が損失覚悟で密告したとしても、ツェリニ収容所は公爵領の持ち物で、書類上は彼らは行方不明扱い。
存在しない者を存在しないと証明しろ、というのは無理な話。立証責任は彼らの方にある。
「じゃあ、さっきクラクフスカ嬢が言っていた『帝国領ベルス駐在武官』ってのは?」
「帝国領ベルスは、シレジアとの国境に接している街……つまり、条約で設定された非武装緩衝地帯だよ。そこにいる駐在武官はヘンリクさんの知り合いで王女派。そしてその駐在武官を経由して、ここに情報が送られてくるという訳」
つまり、非武装緩衝地帯が情報戦の最前線となる。
これがしたいがために、エミリア殿下に非武装緩衝地帯を提案したのだ。
そう言えば、ラデックの質問にはまだ答えてなかったな。「統計部特別参与は何をする役職なのか」と。これがその答えだ。
「クラクフスキ公爵領民政局統計部は、表向きには公爵領内部の経済や民衆の活動に関する情報を収集して今後の民政に活かすことを目的としている。特別参与の役目はその補助、特に軍事面における統計情報を纏めることにある。だけど本当の目的はこれ、帝国に対する情報収集のための拠点。そしてそのまとめ役が特別参与である俺だ。これが、ラデックの質問に対する答えだよ」
一公爵領の民政局の下に、対外情報機関を作る、というのはエミリア殿下の発案だ。
殿下は長い間、シレジア独自の、そして王女派閥の対外諜報機関を作ろうとしていた。そしてこの「クラクフスキ公爵領民政局統計部」が、その第一歩となる。
と言っても、前途多難には違いない。上手く行くかは今後次第だし、貴族がいつまでも大人しくしているわけではない。これを踏み台にしてさらに情報網を広げていかないとね。
「だから俺は今忙しい」
「嘘吐け仕事してないだろ」
カッコ良く〆たつもりだったが、ラデックにすかさず突っ込まれた。
 




