小さな王女の大きな悩み 前篇
12月15日発売となる『大陸英雄戦記 2』の刊行記念といたしまして番外編を投稿します。
詳しくは活動報告参照です。
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大陸暦633年の3月18日、士官学校にて上半期期末試験が終わった頃のお話。
「ねぇ、エミリア。……あの…………ごめん、やっぱなんでもないわ」
「? なんですか、サラさん」
「いや、たぶん怒るから言わないでおく」
「何を言っているのですか。私とサラさんの仲ではないですか。遠慮せずに言ってください。怒りませんから」
「……本当に?」
「本当ですよ」
「…………あのさ」
「はい」
この後サラが放った何気ない言葉は、エミリアに些細な怒りを覚えさせるに十分な威力を持っていた。それが後の大陸の歴史を大きく動かし、王国にとって大きな災いの種となった……という事実はない。
だが、あるちょっとした事件を起こす原因となったことは、誰も否定できなかった。
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「エミリア様の様子がおかしい?」
「あぁ」
士官学校にある学食の一画で、あまり美味しくもない料理に舌鼓を打っていたところでラデックを見かけた。知らない仲ではないので彼と無駄話に興じていた時、ふと思い出したかのように彼はそんなことを言った。
「おかしいって、どうおかしいんだ?」
「んー……口じゃ説明しにくいな。なんかこう、落ち込んでいるというかなんというか」
「嫌なことがあった的な?」
「たぶんな」
ふむ。随分曖昧な情報だな。これだけじゃ判断がつかない。
「何があったか……普通だったら上半期試験の結果が悪かったとか、あとはサラさんやヴァルタさんあたりと喧嘩したか、それともいじめられてるのか」
「いや、エミリア様は剣兵科でもかなり成績良いらしいぜ? なんでもヴァルタ嬢と時々首席の座を争うくらいらしいからな」
「へー……。あの王……じゃなかった、公爵令嬢殿は色々規格外だな。座学もできるし、実技もばっちり、さすがの育ちの良さと言ったところか」
「そうだな。ユゼフと違ってな」
「悪かったな、俺が実技壊滅のもやし野郎で」
「自覚あるなら、ちょっとは鍛えろよ」
「お生憎、戦術研究科は実技は重視されないんでね」
「さよけ」
ラデックに凄い興味なさそうな返答をされた。自分で話振った癖に! まぁラデックの所属する輜重兵科は戦術研究科以上に武術の授業は重視されてないけどね。
「まぁ、それはさておき。エミリア様の話に戻すけどよ、あの人がマリノフスカ嬢やヴァルタ嬢と喧嘩することなんてあるのか?」
「サラさんと喧嘩してるところは見た事ないけど、ヴァルタさんとなら1度喧嘩……と言うより仲違いというかすれ違いみたいなことはあったよ」
「え? いつ?」
「俺がサラさんに壁に追い詰められて尋問された挙句殴られたとき」
「すまん。心当たりがありすぎる」
ですよね。今月だけで同じようなことが3回くらいあった気がするし。別に美少女に追い詰められること自体は苦じゃないけどね! ちょっと力加減してほしいくらいかな!
「でもその時はすぐに仲直りしたんだよ。だからもし今回同じようなことがあっても、すぐに解決するんじゃないかと思う」
「そうだな。あとはマリノフスカ嬢とだが……あの2人が喧嘩するってのは見当つかないな」
「確かに」
エミリア様は常日頃、ヴァルタさんかサラさんと一緒に居る。これは護衛の役割も兼ねているのだろうが、それ以上に当人の仲が良いからだろう。そうじゃなきゃ四六時中誰かと一緒という状況は拷問に近い事だし、それにサラさんはエミリア様の事を呼び捨てにしているか唯一の存在。そんなサラが喧嘩なんて……。
「となると、残る可能性は……」
「いじめ、か」
どこの世界にでもいじめはある。人は3人集まれば社会を作り出し階級制度を見出し差別を行う生き物だと言われている。そしてそれは士官学校を始めとした軍隊という巨大な組織でも同じことが言える。
その最たる例が、目の前に座るラデックが所属する輜重兵科だ。
「いじめと言えば、輜重兵科は大変なんじゃないか?」
「まぁな。この間も騎兵科の奴らに変な事言われたぜ」
「それは……なんというか、ご愁傷様です」
「どーも。と言っても俺はあんまり気にしてないが」
「そうなのか?」
「あぁ。いちいち気にしてたらそれだけで日が暮れる」
輜重兵科は士官学校内において冷遇されている。
ここ、王立士官学校には10の科が存在するが、その内座学を重視する科は半数の5科だ。俺が所属する戦術研究科、ラデックが所属する輜重兵科、魔術理論を学び魔術の応用研究を主に行う魔術研究科、法律や法務について学び軍の綱紀を正す警務科、そして情報収集及び情報分析を行う諜報科だ。
この5科の内、憲兵養成科である警務科を除く4科は他の6科から立場の低い者という扱いを受けている。無論、全生徒が思ってるわけじゃないのだが、その中でも最も酷い扱いを受けてるのが輜重兵科なのだ。
「そいつが言ったのは、『軍人たる者、前線に立って敵と相対するのが本分。後方に下がって机仕事をしている奴らが、日々厳しい訓練を積み重ねている我ら騎兵科と同じ軍人だとは何とも嘆かわしい事だ。これは我々に対する侮辱だ』とかなんとか」
「あぁ、じゃあ気にすることないな。たぶんそいつら早死にするから」
輜重兵科は後方支援の専門家を養成する科だ。輜重兵は元々物資輸送を行う兵のことだけどこの大陸では輜重兵は「後方支援全般を行う兵」という意味になった。
後方支援の代表格が補給だ。補給と言うと軽視されがちな部門だけど、でも「腹は減っては戦はできぬ」と昔から言う。よしんば腹を満たしても矢や剣がなければ戦えない。
どの部隊にどの量の物資を送るか、あるいは戦闘によって損耗した人員をどういう風に補充するのか。最適な選択肢を選び効率的な部隊を作るのが後方支援だ。まさに縁の下の力持ち的な存在。
そんな輜重兵科を凄い古臭い考えでバカにするその騎兵科の連中、戦争になったら補給軽視して飢えて死ぬフラグを立てているのだろう。南無南無。
剣兵科とか騎兵科とかが厳しい訓練をしているのはわかるが、輜重兵科だって死ぬ程つらい座学授業に耐えてるんだぜ?
閑話休題。
問題のエミリア様は剣兵科だ。輜重兵科ではない。
「話を戻すけどよ、剣兵科でもいじめってあるのか? それにさっきも言ったが、エミリア様は成績優秀だ。いじめられる要素なんてどこもないだろ?」
「いや、わからない。もしかするとそれがいじめの原因になってるかもしれないし」
「どういうことだよ?」
「簡単な話だよ。公爵令嬢という大層なご身分、そして誰もが目を惹く美少女、あげくに成績は優秀。エリート意識が高い剣兵科や他の貴族から見たらどう思うか……」
「なるほど。要はやっかみって奴か」
「そうだな。醜い嫉妬って奴だ。本当に貴族って善悪の差が激しい人種だよなぁ……」
あまりにもウンザリしてしまってつい俺は口に出してしまった。慌てて周りの様子を見るが、どうやら誰にも聞こえてはいなかったようだ。よかった。これがどっかの貴族様に聞こえてたらまずかったかもしれない。
とその周りと見回した時、見た事がある人影が学食にやってきた。噂をすれば影、まさしくそれはエミリア様の姿だ。
俺は声を縮めてラデックにそれを告げる。
「おいラデック、あそこ」
「ん? ……って、ご本人登場か。聞かれたかな」
「いや、多分聞かれてない。それ以上にこっちの存在に気付いてないみたいだ」
俺らとエミリア様の距離はそんなに離れていないため気付いてもおかしくない。それにヴァルタさんやサラさんの姿が見えない。大抵はその2人のどっちかと居ることが多いのに、珍しいパターンだな。そしてなにより……
「……ラデックの言う通り、表情が暗いね」
「だろ?」
エミリア様はなんだか、この世の不幸を2割ほど背負っているような顔をしていた。手元の食事も進んでいないようで、終始物憂げな表情をしていた。
うん。重症かもしれない。
何か間違いが起きる前に、対策を打たないとまずいかも。とりあえずヴァルタさんに相談してみるか……。




