姉
2話同日更新
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「あら、ここに居たの」
セルゲイの話を一通り終え、さてどうするかと一同で悩んでいた時に急に話しかけられた。誰に話しかけたのか、ていうかそもそも声の主は誰だと思ったが、後者に関しては割とすぐに解決した。
何せ、その人物が俺の良く知っている人間とそっくりだったから。そっくりと言うより、その人物をあと5、6年程成長させたらこんな感じになるんじゃないかな、という感じの人となりだったのだ。
その成長前の姿である彼女は小さい溜め息の後にその人物の正体を言ったのだ。
「……お姉様」
いつぞや聞いた、フィーネ・フォン・リンツのお姉さん。リンツ伯爵家の長子長女で、将来に置いてその家督を継ぐ人物。
クラウディア・フォン・リンツだった。
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事情を知らないエミリア殿下らに、フィーネさんは「姉のクラウディアです」と簡潔に紹介した。凄い事務的な表情と顔で。努めて感情を表に出さないようにしているのがわかった。
妹から紹介されたクラウディアさんは、エミリア殿下らにご挨拶。彼女の挨拶はガッチリ形式はまったものだったが、教科書通りの演出という感じもしない。自然とこういう動作ができる人間ということなのか。これも貴族家長子に産まれた人間の必須スキルなんだろうか。
にしてもクラウディアさんは、フィーネさんに似ている。顔や声、髪は勿論、紅茶派であること、ちょっとした所作もフィーネさんのそれに似ていたのだ。遺伝なのか、それともマナーを教えた人に似たのか。
ただ、勿論違う点もある。
というか、そっちの方が目立つので結果的には「姉妹なのに全然違うんだね」という結論に着陸する気がする。
まず1つ。表情が多彩で、そしてよく変化する。
最近は柔らかくなったとはいえ、自嘲以外の笑顔は滅多に見せない鉄仮面のフィーネさん。対して社交辞令かは知らないがとにかく笑顔をばら撒くクラウディアさん。
そして2つ目は……、
「そっか、君が噂のお父さんの友人なのかぁ。意外と可愛い顔してるね。あ、もしかして女の子?」
「違いますけど……」
「だよね! お父さんはフィーネと結婚させるんだって乗り気になってるし、まさか女の子なわけないよね! そう言えば君いくつ?」
「16、今年で17で……あの」
「なるほど17歳。つまりフィーネと1個違いだね。うんうん、丁度良いじゃん。お似合いだよ。可愛い妹と可愛い義弟。うんうん、いい感じ。結婚しちゃえば?」
「いや、その気はないですので」
「なんでよー。……わかった。年上が好きなんだね!」
「いや離れすぎていなければ年齢はあまり気にしな、じゃなくてクラウディアさん良いですか?」
「何?」
「そろそろ、離れてくれると嬉しいんですけど……」
その2、なぜかいきなり抱き着いてきた。しかも一国の王女の前で!
フィーネさんは絶対こういうことはしない。流石のこの事態にエミリア殿下らは目を白黒させているが、この場で一番困惑しているのはたぶん俺だ。
いったいどういうことなのか説明して頂戴!
本当にこの人フィーネさんの姉、あのリンツ伯爵の娘なの!?
「えー……」
「いや、『えー』じゃなくてですね、そろそろ辛いです」
頭の後ろにクラウディアさんの、その、大きなアレがあるという状況が結構つらい。今必死に全然別のこと考えて荒ぶるあれを押さえ込んでるんだから!
「んふふ、男の子だねぇ……。あ、いいこと思いついた。ねぇ君、私と結婚しない?」
「はいぃ!?」
離れてくれない上に何言ってんのこの人!?
「だってさ、フィーネと結婚してくれないんでしょ? でも君と結婚することで我が伯爵家には利点があるのは確か。だから結婚しましょうってこと。この場合、私は十中八九爵位は継げなくなるけど、他にも弟妹はいるから問題なし、ていうか私は年下の男の子が好きだし。だから私は家に迷惑をかけず君を娶ることができて……じゅるっ」
おい待て今の「じゅるっ」て音は何だ。クラウディアさんの声質もだんだん最初のものと全然違くなってるし、もうなんだろうねこれ。
「良い案だと思わない? ねぇ、私と結婚しましょ? そして……」
「ダメですッ!」
と、ここでフィーネさんが俺とクラウディアさんの間に割って入ってきた。おかげでクラウディアさんの暴走とも言える発言は中断され、俺は開放された。よかった。そろそろ色々限界だったもんで。
クラウディアさんを引き剥がすことに成功したフィーネさんと言えば、珍しく怒って……珍しくないか。散々オストマルクでフィーネさんに怒られたし。
「クラウディアお姉様、場所と時間を考えてください。ここは講和会議の場、エミリア王女の目の前、そしてあと数時間で会議開催なんですよ」
「えー、でもー……」
「でもじゃないです。お姉様が暴走するのは初めてじゃないから私は慣れましたが」
初めてじゃないんだ……。フィーネさんから話聞いた時は、もっと「仕事の出来る女!」みたいなのを想像していただけに、なんとも……こう、ね?
「フィーネ、聞いても良い?」
「なんですか、お姉様。言い訳なら聞きませ」
「どうして『ダメ』って言って止めたのかしら。あなたの言い分だと『空気を読めないから』止めたということだけど、それだと『ダメ』って止めるのは可笑しいわよね?」
「……」
フィーネさんが珍しく固まった。こちらに背を向けているので彼女の表情を窺い知ることはできないが、クラウディアさんのそれは見ることができる。超ニヤニヤしてる。
「そ、それは……家督を継ぐクラウディアお姉様がユゼフ少佐と結婚しては家に迷惑が……」
「その件については説明したじゃないの。別に長子以外の子に継がせても別に問題ないのだし、それにヴェラもライナルトも優秀なのはあなたも知ってるでしょ?」
「し、しかし、お姉様は聞けばお父様から縁談の話を持ち込まれたって……!」
「どうしたの、フィーネ。そんなに顔赤くしちゃって」
「してませんっ」
「ふーん? そうは見えないけど。まぁいいわ。お父さんには悪いけど、縁談はたぶん破談になるわ」
「……どうしてです?」
「ん? 年上だったから」
「……」
見えないけど今絶対フィーネさん口開けて呆けてると思う。賭けても良い。ショックから立ち直ったフィーネさんとクラウディアさんは小声で言いあっていたが、様子を見るにフィーネさんの惨敗。
クラウディアさんの口から「フィーネも小っちゃい頃は可愛かったのよ。なんせ私の事」と言い出し始めたあたりでフィーネさんがクラウディアさんを強制連行していった。
そして戦場跡地にはフィーネさん以上に呆けた顔をしているだろう俺とエミリア殿下、サラ、マヤさんが残る。
「なんて言って良いかわかんないけど、彼女、苦労してそうね」
サラさんの言葉に、一同は頷くことしかできなかった。
ちなみにその後、フィーネさんが戻って来たが「少し頭を冷やしに行くので席を外します」と言ってこの場を立ち去った。
……フィーネさんがクラウディアさんを苦手とする理由がよーくわかった。
そして確信した。
クラウディアさんは間違いなくリンツ伯爵の娘だ、ってことがね。
そう言えばフィーネさんってどんな髪色してると思います?(決めてない)




