会議前
シャウエンブルク公国首都エーレスンド。通称「公都」、そして「海上要塞都市」というなかなか中二心を擽られるカッコイイ異称もある。その異称に恥じず、エーレスンドは鉄壁の要塞だ。
島という特殊な地形、公国の保有する強力な海軍、そしてそれらを撥ね退けてもエーレスンドの強固な、そして緻密に計算された城壁が敵の行く手を阻む。
実際、過去何度かリヴォニアや東大陸帝国がエーレスンドを攻略しようと軍を動かしたことはあるがどれも失敗しており、その結果シャウエンブルク公国は中立国としての地位を獲得するに至る。
そんな無敵都市エーレスンドの港についたのは、当初予定から1日遅れの4月11日。途中低気圧に遭遇したせいで航海日程に支障が出たかららしいが、1日なら誤差の範囲だろう。
28門級小型巡防艦という見栄えのしない船とはいえ、国王と王女、政府高官を乗せた船団。公国の出迎えは盛大だった。港に近づいた時に現れた公国の出迎えの船は、公国海軍最新鋭の130門級一等戦列艦にして公国海軍総旗艦「ヴァルデマー6世」と84門級二等戦列艦「ベレンガリア」だった。
そうだな、日本で例えると「小っちゃい駆逐艦しか持ってない小国の王様が訪日したら長門と金剛の出迎えがあった」くらい凄まじいことだ。やばい。あとかっこいい! 砲門がいっぱいあるよ、なんせ片舷65門だもの! やっぱり男の子としてはこういうのは感動するよな! いやまぁ、当然大砲はないから撃つのは魔術なんだけど。砲門を開けて中に居た魔術師が敵の船目がけて撃つ。だから砲門というよりは舷窓と言った方がいいかも。
と、公国海軍の船を眺めるのに夢中になっていたら甲板から落ちそうになった。すんでのところでマヤさんに助けられたからよかったものの、下手すれば「シレジア王国士官、他国の港ではしゃぎ過ぎて船から落下し溺れる」という黒歴史が永遠に教科書に載るところだった。危ない危ない。
「やはりユゼフくんも、こういうところは年頃の男子ということかな?」
「こういうところも何も、私は最初から年頃の男子ですよ」
そう反論したら、なぜかマヤさんは口をへの字型に曲げて黙ってしまった。なんでや。
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エーレスンドの港についてからやることは多い。フランツ陛下は勿論、エミリア殿下や外務尚書などの政府要人は迎賓館に行き「公国からの篤い待遇」という名の外交会談の場へと連行される。それに付き添うのはマヤさんや各省政務官や秘書官と言った高級官僚で、俺やサラと言った武官は公国が用意してくれた宿舎に移動するくらいしかない。
まぁまだ初日だし、慌てる必要もない。それに俺らに別段堅苦しい儀礼の場に出なくていいと言うのなら結構自由に活動できるということだ。
「まぁ、ここは定石通り情報収集かな」
と、用意された部屋でサラとフィーネさんと作戦会議をする。
「情報収集って言っても、何の情報を集めるの? エーレスンドの弱点とか?」
「いやいやいや。確かに無敵の要塞と聞くと粗を探してしまいたくなるけど、今回はそれが目的じゃない。今回集めるべき情報は、じきに開かれる講和会議を有利に進めるための情報さ」
「具体的には?」
「そうだな……できるかどうかはさておき、一番欲しいのは『相手国がどこを妥協点としているか』かな」
昨年の春戦争はシレジアにとって辛勝、帝国にとっては惜敗だった。戦術的には勝利を積み重ねられたが、決定的な勝利とは言えない。帝国に余力を残したまま休戦したわけだから。
そのため今回の会議では、シレジアがどこまで要求し、帝国がどこまで拒否するのか。その駆け引きが重要となる。
ギニエ休戦協定の内容は「シレジア領を占領している帝国軍の完全撤退」と「旧シレジア領ヴァラヴィリエとルドミナに帝国軍を駐留させないこと」だった。前者はともかくとして、後者は「正式な講和条約が結ばれた時、ヴァラヴィリエとルドミナはシレジアに復帰することになる」ということで、その前段階として軍を撤収させろという意味になる。
それを、帝国がどう思うかだ。
さっきも言ったが帝国は惜敗で、余力はまだある。今は軍制改革中だろうが、それが終わればすぐにでも再戦できる。そういう態度を取るだろう。
でもギニエ休戦協定自体は有効なものだし、それを公然と破ることは今後の帝国の外交にも影響がある。「帝国は約束を反故にする信頼に値しない国だ」と他国から思われたら、帝国宰相が掲げる「外交政策の見直し」に悪影響をもたらすのは間違いない。
だから帝国はシレジアにある程度譲歩しなければならない。その妥協点をどこに見出しているのか、というのを見極めることが出来れば、実際の交渉の場で何かと役に立つ。例の捕虜の件とか、ね。
「フィーネさん。東大陸帝国やその他の国の到着予定日時と、宿泊場所はわかりますか?」
「宿泊場所については既に大使館の方で確認が取れています。到着日時については天候次第ですが、各国ともにおおよそ4月15日から4月18日までに公都に着くものと思われます」
と言うことは、5日から8日は準備ができると言うことか。ありがたい。それくらいあれば何とかなるだろう。
「なんか自信満々だけど、数日で有用な情報が手に入るなんて無理じゃない?」
「まぁ、サラの言う通り無理だね。確かに8日じゃ何もできない。地理を把握してちょっと動いただけで帝国の奴らが来るから、今やるのは情報収集じゃない」
「え、さっき情報収集するって……」
「情報収集はするさ。だから今から取り掛かるのは、情報収集のための準備を整えることだよ」
「……えーっと、具体的には?」
「ん、簡単だよ。もしかしたらサラには適してる任務かも」
「えっ?」
サラが首を傾げた。情報戦で自分の出番はない、とでも思っていたのだろう。
いやいやいや、サラみたいな性格の人にしかできないことがある……無闇に人を殴らなければだけど。その辺りのことは俺はちょっと苦手だからね。出来ればエミリア殿下やマヤさんも加われば百人力なんだけど、まぁそれは仕方ない。
「じゃ、作戦を説明……作戦と言っても難しい事じゃないけどね。俺たちがこれからするのは、観光だよ」
「……は?」
サラの怒りゲージが1上がった。落ち着け、これはまだイントロの部分だここでキレられたら困る。どうどうどう、とサラの怒りを鎮めながら作戦の続きを話す。
「観光するのは、東大陸帝国外交使節団が宿泊するホテル近辺の、なんか適当なお店」
「……」
うん、説明するからそんなに凄まないで? 説明しにくい。
「えーっとね、適当なお店の店員と仲良くなる、というのが作戦だよ」
「ねぇユゼフ、あんたわざとわかり難く言ってるの?」
「いやいやそんなつもりはなよ、だからそんなに睨まないで!?」
まさか船に乗ってた時のこと根に持ってるのかしら。俺は悪くねぇ! 俺を寝てる物と勘違いしたサラ先生が悪いんだ!
それはともかく、サラにわかり易く説明、説明……と思っていたら、フィーネさんが説明し始めた。
「マリノフスカ少佐。恐らくユゼフ少佐が言わんとしていることは『東大陸帝国外交使節団が利用するであろう店を見つける』こと、そして『彼らがその店でうっかり話してしまった機密内容を、店員から聞く。そのために仲良くなる』と言うことだと思います」
「……そうなの?」
そうです。もう面倒だしフィーネさんわかってるみたいだから説明はフィーネさんに任せよう。
「国家の命運を賭けた外交の場と言えど、息抜きは必要です。ずっとホテルに引き籠っていては鬱憤が溜まるでしょうし、公都の歓楽街でそれを発散させねば肝心の外交の場にも影響が出ますから」
「それで、調子に乗って余所のお店で機密を喋っちゃうのを待つの?」
「そういうことです。まぁ普通は事前に工作員を店に配置するのが良いのですが、今回の講和会議は少し急でしたし準備不足でしから、少し迂遠な方法を使います」
そう言って、フィーネさんはエーレスンドの地図を取り出した。地図には既にフィーネさんが書いたと思われるマークやメモがある。そのメモの中の1つに「東・外交団」なる文字が見えた。恐らくそこが東大陸帝国外交使節団の宿泊場所なのだろう。フィーネさんはそれを指差しつつ、説明を続ける。
「この宿泊場所に近く、かつ大使館の人間も同行できる場所となると……北第3地区の歓楽街でしょうか」
そう言ってフィーネさんは鉛筆で控えめな丸を書く。
「でも歓楽街だと店も多いんじゃないの?」
と、サラの質問。当然だ。店の数とか派手さとかは現代の比じゃないけど、それでも3人でどうにかできるレベルじゃない。けど、
「そうでもないさ」
「……そうなの?」
「うん。外交使節団の連中は大抵男だろうし、となると行きたい場所は限られてくる」
「……つまり?」
「可愛い女の子がいる店」
可愛い女の子が店員をやっていて、かつ口が軽くなる酒を提供する居酒屋が良いだろう。カワイコちゃんに良い所見せようと思ってつい色々喋ってしまうのは古今東西どこの男も陥る罠である。
貴族出身の高級官僚ならそんな店行くはずがないが、彼らに帯同する部下は平民も多くなるし、当然そういう店を行く人がいるはずだ。そこを狙う。
「ユゼフ少佐。その場合売春宿も選択肢に入りますが?」
「……えー、うん、まぁそうですけど」
あの真顔でそういう単語を言えるのはなんというか凄いと思うよ。あと選択肢に入れるって言ったらどういう答えを出すのか気になる。まぁそれはさておき。
「選択肢に入れませんよ。さすがにそういう専門のお店は罠があるものと考えて、外交官は入店しませんからね」
まぁこれは国というか人によるけど。……後で我がシレジア外交使節団の連中にも釘刺しておこうかな。
「ま、そういうわけだからサラ。なんとかして可愛い女の子がいる居酒屋の人と仲良くなって」
「……あ、うん。やってみる」
これで上手くいかなかったら多分俺はサラに殴られるだろうなぁ……。
【速報】
大陸英雄戦記 第2巻 12月15日に発売されます!(私が原稿落とさなければ)
また、アース・スターノベル公式HPにて大陸英雄戦記の特集ページが公開されました!
(→http://www.es-novel.jp/booktitle/13tairikueiyu.php)




