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大陸英雄戦記  作者: 悪一
第60代皇帝
251/496

帝国の改革

 渡された情報は膨大な量である。

 具体的な政策、規模、予算、人事など。東大陸帝国の閣僚がリークしただけあって、実に細かな内容が記載されている。オストマルク帝国情報省もいよいよ本格始動した、ということか。


「フィーネさん、ひとつ良いですか?」

「なんでしょうか、ユゼフ少佐」

「この情報、帝国の内務大臣が流したそうですが……信憑性はどれほどですか?」

「九分九厘本当だと思いますよ」


 フィーネさんは即答した。そして紅茶のカップを口に運びつつ、その理由も話してくれた。


「というのは、先ほども言いましたが東大陸帝国新宰相セルゲイ・ロマノフは官僚の綱紀粛正を行っております。汚職官僚を解雇し、実力あるものを躊躇なく上にあげる。春戦争の敗北によって有力貴族の権威と発言力が低下しましたからね。セルゲイはその手腕を遺憾なく発揮できるのです」

「……そして、そのセルゲイの改革に内務大臣が危機感を覚えていると?」

「はい。内務大臣の権限によって随分と私腹を肥やしていたようです。我が国も様々な商会が彼に必要経費を払って進出しているそうですし」


 聞くところによると、グリルパルツァー商会もその口らしい。賄賂を払って東大陸帝国という巨大な市場に殴り込みをかけ、さらに必要経費を払って情報を収集している。それが、春戦争勃発前の情報収集で意外と早くリゼルさんが帝国軍の作戦規模と内容を把握した理由なのだろう。


「しかしセルゲイの改革によって内務大臣の不正も明らかになりつつあるそうです」

「そこにつけ込んで、亡命と引き換えに情報を要求した、そんなところですか?」

「御名答」


 そう言うと、フィーネさんはもう1部、おそらく同じ内容が書かれている資料を手に取った。


「新宰相セルゲイの新政策。その3本柱は外交政策の見直し、農奴解放、そして軍縮。既にこれらは帝国内で大なり小なり動いてそれなりの成果を出しています」


 俺はフィーネさんの言葉を聞きつつ、エミリア殿下から受け取った資料の中身を見る。


 まず第一に、外交政策の見直し。

 反シレジア同盟という枠組みを継承しつつも、ここ数十年紛争が絶えないキリス第二帝国との停戦交渉を開始。いくつかの辺境領土の割譲が行われるかが問題だそうだが、もし停戦が実現すれば東大陸帝国軍の負担は減るだろうということ。

 そしてこの政策は、シレジア王国との停戦条約締結も含まれている。東大陸帝国にとっては、将来はさておいて今は内政に専念したいのだろう。


「今は各国に対し友好的ですが、東大陸帝国が全大陸の再統一を目指しているとすれば、これは単なる平和ではなく準備期間でしょう。その間に再統一のための下準備をする、と」


 そう予測を立てると、エミリア殿下も同調したのか深く頷いた。


「加えて言うと、国交が回復して貿易が開始されれば経済的にも恩恵はあります。その恩恵で得た税収でもって次なる内政改革を行うということでしょうね」

「殿下の仰る通りです。実際、宰相セルゲイは民政にかなりの力を入れる、とのことです」

「その民政改革の目玉が『農奴解放』ですか」


 フィーネさんが頷く。


 農奴、という階級を未だ持っているのは東大陸帝国だけだ。他の国は、農奴は既に過去のものとなっている。


 東大陸帝国以外では、農奴ではなく自由農民が耕作を行っている。自由農民には職業選択の自由や移動の自由が保障されており、土地も自分のものだ。

 そして貴族に農作物を収めるのではなく、農民が農作物を都市で売りその所得の内の何割かを税金という形で収める。だが重税とならないよう制限を掛けており、シレジアの場合初代国王イェジ・シレジアの勅令によって税率が制限されている。


 だが農奴の場合、そうならない。

 農奴は貴族の所有物である。貴族の持っている土地を農奴に耕させ、そして農作物の殆どが貴族の懐に入る。貴族はそれを売って私腹を肥やしまくるのだが、農奴には生活できる最低限の物しか与えられない。

 職業選択の自由、移動の自由は当然なく、それどころか結婚の自由もない。そして貴族は所有する農奴に好き勝手できる。極端なことを言えば「顔が気に食わないから死刑」ということも出来るし、その蛮行を制限する法律もない。


 例を挙げればキリがないほどに、東大陸帝国の農奴と貴族の格差は酷い。


「ですが急進的な改革はむしろ農奴を悲劇に陥らせるだけです。それもセルゲイはわかっているようで、情報によれば農奴解放は慎重に行っていくそうです。即ち、農奴たちの生活の安定が制度的、実質的に確立された上で人格的な自由を与え、完全な解放を実施するのでしょう」


 だがフィーネさんのこの説明に対し、エミリア殿下はやや懐疑的な顔をした。俺が理由を聞くと、


「しかし帝国の人口を考えると規模はとんでもないものになるはずです。予算がいくらあっても足りないでしょう」

「確かに……。恐らく、国が貴族の保有する農地を買い取ってそれを農奴に無償、あるいは低価格で売るという方法を取るでしょう。春戦争で権威を失った貴族であれば没収できますが、皇太大甥派貴族にはそれができな……あっ」


 そこまで言って気付いた。思わずエミリア殿下の方を見ると、殿下もこっちを見ていた。

 先ほど、エミリア殿下が言ったことだ。

 外交政策の見直し、近隣諸国との経済交流の活発化によって収入が増える。それを使えばいい。更に言えば、春戦争で没落した貴族の財産を根こそぎ奪ってそれを予算とする、でも構わないはずだ。

 皇太大甥派貴族には、農地と農奴を解放することと引き換えに皇帝派貴族の土地を分け与えてしまえば、とりあえず文句も出ないのではないだろうか。


「上手くやるもんだな……」


 思わずそう呟いてしまったが、どうやらエミリア殿下やフィーネさんも同感らしい。ちなみにサラさんは全然話についていけてない模様。後で説明してやるから、もうちょっと我慢してね。


「この農奴解放によって、上手くいけば帝国各地で巻き起こっている農民蜂起が一気に沈静化します。そうすれば、現在帝国が保有する軍隊を削減しても、治安には全く影響がありません」

「それが『軍縮』というわけですか」

「恐らく。『軍縮』に関する規模も判明しています。ここです」


 そう言って、フィーネさんは資料に指差した。そこに書いてある文字は、些か目を疑う内容だった。


「帝国軍の平時戦力417個師団の内、105個師団を削減……!?」

「はい。段階的に行うそうですが、帝国軍はどうやら2年後には現在の4分の3にまで規模が削減されるそうです」


 105個師団、つまり105万人。これを一気に削減する。それでも300個師団以上は残るわけだが、それ以上に怖いのは105万人の方だ。この105万人の殆どは徴兵された農奴だろうが、そいつらは農奴解放政策によって人格的自由を得る。故郷に帰って農地を耕しても良いし、恐らく今後帝国内でも立つだろう大規模工場の労働者となってもいい。

 こりゃ、結構経済が回るかもね。


 ……それに、資料を読んでいて気になる点も見つけてしまった。


「これ、実態は軍縮ではないですね」

「……はい?」


 俺の言葉に対し、エミリア殿下がちょっと素っ頓狂な声を上げた。


「ここを見てください」

「……えーっと、軍縮実施後の予算推移ですか?」

「はい。よく見てください」


 と、言ったもののエミリア殿下は数十秒考え込んでも答えを見つけられなかった。フィーネさんの方を見てみたが、彼女も答えを見いだせずに首を傾げている。

 仕方ない、自分から答えを言うか。


「軍縮実施の前と後を比べてみると、軍事予算が減ってますよね?」

「え、えぇ。ですがそれは当然では……?」

「確かに当然のことです。ですが、全軍の4分の1を削減したのにもかかわらず、軍事予算の減りが少ないんですよ」

「えっ?」


 フィーネさんが、慌てて資料を数枚めくってまた深く考え込んだ。そして、今度は答えを導き出せたようである。


「……確かに、少なすぎますね。計算では、この値の倍近い予算が削減されるはずなのに」


 軍隊に置いて最も金のかかる分野は人、つまり人件費だ。その人件費が莫大だと、他の部門になかなか予算は回ってこない。例えば、装備や基地施設の近代化とかね。


「恐らく、削減した人件費の一部を使って部隊の近代化に努めるのでしょう。具体的にどう近代化するのかがわからないですが……おそらく一般的に言う軍縮とはなりません。1個部隊当たりの戦闘力が増した分だけ、実質的には軍拡となるでしょう」


 この一連の改革によって、帝国は間違いなく再興する。経済状況が良くなれば、国民はいずれ帝冠を戴くセルゲイを支持するだろう。

 そしてそんなセルゲイが率いる軍隊の士気は、当然高くなる。軍縮に見せかけた軍拡によって、軍隊全体の近代化も果たせる。


 今までの東大陸帝国軍は、数だけだった。数で押しつぶすのが基本戦略だった。だから一度負けに回ると、あっけなく士気が崩壊して前線が崩壊する。それは春戦争でも何度かあった話だ。


 でも、セルゲイの改革によって帝国軍の質は飛躍的に上昇するだろう。その前には、100個余りの師団削減なんて取るに足らない。


 つまりこれは、大陸最強の軍隊が復活すると言う意味なのだ。

【お知らせ】


この度『大陸英雄戦記』が小説家になろう累計ランキングTOP300位入りを果たしました。

ここまで来れたのは読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。


完結までまだまだ時間がかかるとは思いますが、どうぞそれまでゆっくり作者に付き合ってもらえたら嬉しいです。

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