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大陸英雄戦記  作者: 悪一
第60代皇帝
246/496

彼女たちの結婚話

「王都に行きます」


 エミリア殿下が唐突にそんなこと言ったのは、3月16日の朝のことである。


「……急な話ですね」

「はい。申し訳ないです」


 申し訳ないとか言いつつ、エミリア殿下とマヤさんはテキパキと出立の準備をしている。おいおい。まさか今日出発するの?


「え、と。王都に行くことには反対はありませんが、その、重要な用なのです?」


 そう聞くと、エミリア殿下の手がピタッと止まった。マヤさんの方は手を動かし続けてはいるが。


「……言ってませんでしたっけ?」

「言ってませんでしたよ?」


 どうやら事前に伝えていた気になっていたようである。いくら私でもテレパシー能力までは身につけてませんね……。あぁいや、テレパシー以外の超能力も持ってないけどさ。

 一方、マヤさんは荷物を纏めつつ「うんうん」と二度三度深く頷いている。気づいてたならそこは突っ込んでほしかったのだが。まぁいいや。


「申し訳ありません。昨日、王都から手紙が来たのです」

「王都から……というと、外務省からですか?」

「それもあります」


 ……それ「も」か。と言うことは、状況から考えて内務省か国家警務局あたりからも手紙が来てるってことかな?


「外務省に問い合わせた『東大陸帝国の新政策』については、ほとんど収穫がありませんでした。外務省が把握してないのか、それとも私に教えたくないのか、『現在調査中につき子細は不明』とだけ返事が」

「……そうですか」


 たぶん後者だろうな、情報が来ないのは。外務省がいくら無能でも、仮想敵国の情報を何一つ持っていないのは不自然だ。外務尚書は大公派だと言うし、そういう情報は入って来づらいか。


「ですが、イリアさんから別のお手紙も来ています」

「イリアさんというと、内務省治安警察局ですか?」

「はい。手紙によると、子細とは言えないまでもそれなりの情報は集まったようです」


 あぁ、イリアさん素敵。外務省より対外諜報に優れる内務省とかなんだそれと思わなくもないが、今は大変助かる話だ。


「手紙では検閲される危険もありますので、直接会って情報を聞いた方が良い。それにカールスバート内戦についての報告などの諸々の話もありますので、私は王都に行くつもりです」

「なるほど。了解です」


 そういう理由があるのなら、反対はしない。まぁ公爵領軍事部門のトップがホイホイ公爵領を離れることについてはどうかという話もあるが、そこは次席である俺が残れば……


「というわけでユゼフくん。エミリア殿下について行ってくれないか?」


 マヤさんはそう言って、俺に資料やらに持つやらが入った革袋を渡してきた。


「えっ?」

「イリア殿から提供される情報は、やや高度な情報も含まれているだろう。当地でそれを見て聞いて、解析する人物が必要だ。で、それは私には無理だ。だから君が行ってくれ」


 マヤさんは「そんなこともわからないのか」と言いたげな顔をしていた。いやいや、まずいでしょうよ。


「……あのー、それだと公爵領の軍政は」

「私の兄がいるじゃないか」

「いやマヤさん、お兄さんの事もうちょっと労わってあげてくださいよ。過労死しちゃいます」

「問題ない。昨日のうちに許可は取ってある。カールスバートからの土産と交換でな」


 賄賂じゃねーか!


「それに私は残るよ。兄の手伝いをするのが、この許可の条件だったからな。だからユゼフくんにはしっかりとエミリア殿下の支援をしてほしい」

「いや、私だとエミリア殿下の護衛は務まらな」

「安心したまえ、サラ殿も同行する」


 あ、これ完全に根回し済んでますね。俺が今さら何を言ってもダメなやつですわ。


「大公派諸貴族を刺激しないよう、護衛は必要最低限にする。無論第3騎兵連隊の連中も今回は留守番だ。まぁ、サラ殿が指揮する騎兵隊……そうだな、1個中隊もいれば十分だろう」

「はぁ……」


 一王女の護衛が1個中隊200人程というのはなかなか質素な……。まぁ王都に行けば親衛隊もいるし、王宮の中なら襲撃の可能性も少ないか。問題は道中だけど、この状況下で近衛騎兵1個中隊相手に出来る部隊を動かせる貴族はいないか。

 あぁダメだ。反論できる余地がない。


「……はぁ。わかりました。エミリア殿下に同行します」

「あぁ、済まないな」

「大丈夫ですよ」


 ただちょっと色々不安になってきただけです。

 ……あ、そうだ。王都で思い出した。


「殿下、そう言えばラデックとリゼルさんが王都へ行きたいと仰っていました。同行させても構いませんか?」

「ラデックさんたちが……?」

「はい。彼らの結婚の話で」


 ラデックもげろ事案が発生したため、彼は王都に居る父親に結婚に向けた具体的な話を進めなければならないそうだ。まぁリゼルさんが支社長職に就いたから遠距離の心配は暫くないし、ラデックが軍籍を退く必要性もないから大丈夫とは思う。だからもげろ。


「なるほど。であれば大丈夫です。適当な理由をつけて同行を要請しておきます」

「ありがとございます」

「いえいえ。ユゼフさんも、サラさんと王都でゆっくり話をしてきてくださいね」


 ちょっと待って、何言ってるのエミリア殿下。わわ、わたたたしはサラさんと話なんてななななないですよ?


「コホン。私はともかく、こうなるとマヤさんだけクラクフに留守番ですね」

「そうだな。まったく、みんなして私を置き去りにするのだ」

「寂しいですか?」

「そうだな。寂しくて毎晩枕を涙で濡らしている」


 マヤさんがすっごい棒読みだった。こりゃあれだな。涙じゃなくて(よだれ)で枕濡らしてるな。一升瓶抱えて爆睡しているマヤさんの姿が目に浮かぶ。でもここに男ができなくてヤケ酒しているという描写も加えれば……。あ、ちょっと悲しくなってきた。


「そう言えば、マヤさんは結婚はしないんですか?」

「結婚?」

「えぇ。だってマヤさんは今年で確か……」

「そうだな。今年で22だな」

「はい。24です」

「……」


 いやさらっと年齢詐称しないでくださいよ24歳でしょ。なんでばれないと思ったんですかね。


「公爵令嬢の結婚年齢がいくつくらいか知りませんけど、そろそろまずいのでは?」


 出産的な意味で。


「問題ないよ」

「あ、そうなんですか。既に婚約者がいたり……」

「いや、私は結婚する気はない」

「えっ」


 いやいや。血統の維持は貴族の子弟の義務みたいなもんでしょ? 結婚しよう? もしかして相手いないの? 確かにマヤさんは豪傑な人だから嫁の貰い手がいなさそうというのはあるけど……。


「なにか君は失礼なことを考えているような顔をしているが、私を嫁に迎えたいという殿方は多いよ。仮にも公爵令嬢で、自分で言うのもなんだが性的な魅力はあるだろ?」

「はぁ」


 いや、まぁ、確かにマヤさんは出るとこ出てるし、なんていうか大人の魅力はある。戦場でのあの狂戦士ぶりを知らなければ、引く手数多だろうね。


「じゃあなんで結婚しないんですか?」

「主君が結婚してないのに、臣下たる私が結婚するのはおかしな話だろ?」


 あぁ、そういう……。

 一方のマヤさんの主君たるエミリア殿下は困り顔だった。


「私は気にしなくていいと言っているのですが……どうも聞いてくれないんです」


 エミリア殿下の言うことも分かる、が忠義の篤い臣下というのは往々にしてこういうことはある。主君が質素な暮らしをしていたら、臣下はそれ以上に質素な暮らしをしなければならない。王侯貴族が派手な暮らしをするのは、時にそう言う理由があるからなのだ。


「じゃあエミリア殿下が結婚すればいいんですか」

「……そういうことにはなる、が」

「が?」

「エミリア殿下を不幸にする奴はこの手で首の骨を折ってやる」


 怖い。

 あぁ、これはエミリア殿下の婚期も遠退きますわ。殿下と結婚するためにはまずマヤさんを倒していかなければならない、言わばラスボスの手前にいる門番的な存在だ。


「しかしエミリア殿下の結婚ですか。想像がつきませんね」


 エミリア殿下は……こう言っちゃ不敬の極みだが、貴族の中では珍しく成長が遅い方だ。同い年の俺が言うのも変な話しだけど、まだ子供っていう外見をしている。結婚というのが想像もつかない。

 だが、マヤさんはそう思っていないらしい。


「そうかな?」

「そうですか?」

「あぁ、殿下に相応しい人物というのは私には1人心当たりがいる。その人と結婚する姿は、私には容易に想像がつくのだ」


 マジですか。エミリア殿下にはもう婿候補がいるんですか。

 なんだろう、娘を嫁に送り出すような感覚に襲われる。前世でも現世でも娘はいないけど。


 そしてそのエミリア殿下と言えば


「はぁ……」


 深ーい溜め息を吐きながら、いそいそと荷造りを再開していた。

 本人の目の前でこういう話は不適切だったかな。反省反省である。

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