祝辞
本日2回目の更新です
3月12日の13時30分。
久しぶりに座る軍事参事官執務机の椅子を愉しんでいた時に「来客がある」と従卒のサヴィツキくんが報告しにきた。
「誰です?」
「グリルパルツァー商会のリゼル・エリザーベト・フォン・グリルパルツァー様です」
と言うわけで、俺とリゼルさんは数か月ぶりに再会した。前回会ったのは工場建設の交渉……にもなっていないときのことだから、結構久しぶりである。
そう言えば内戦介入の切っ掛けとなる情報を持ってきたのもリゼルさんだったな。今回はどんな情報を売りつけてくるのだろうかと戦々恐々としたが、実際はそんなんでもなかった。
「今月の末には、工場の1棟目が完成するのでご挨拶に参りました」
とのことである。うん。聞き捨てならない言葉が聞こえたね今。
「……1棟目?」
「はい。1棟目です」
リゼルさんは相変わらずの眩しいくらいの営業スマイル。前回の交渉の時でもそうだったが、彼女がこういう笑顔を見せているときはほぼ必ず悪いことを考えている。
「コホン。私は所用でカールスバートに行っていたのと、民政に関しては文官に任せていたので子細を知らないのですが……その、何棟建てる予定なのです?」
「そうですね。とりあえず3棟、最終的には被服工場以外の工場を含めて8棟ほど建設する計画があります」
なにそれ怖いし聞いてない。いや土地はあるし化石燃料で動く蒸気機関なんて環境に悪いものはないからどんどん建てて良いけどさ。労働需要が増えて結果的にクラクフの人口や経済力が伸びるなら、総督も万々歳だろう。たぶん。
「ですが内戦が予想より早く終わったのは計算外ですね。カールスバート復興による建材費高騰と、人件費の安い難民の流入が止まってしまったので、計画は見直されるかもしれませんが」
「あ、そうですか……」
なんかさらっと言ったけど、メッチャ黒い発言してなかった? 戦争特需に完全に乗っかろうとしてたの? 武器工場でも作ろうとしていたのだろうか。
……うん、あまり深入りするのはやめよう。そのうち玩具工場と称して量子コンピュータを生産して世界の空を乗っ取るとか本気でやりそう。
「まぁ内戦の復興需要もあると思いますし、収支トントンでしょう」
「そうですね。カールスバートからの亡命資本家と有用なコネを作ることもできましたし、戦後復興事業の融資や協力を取り付けることも出来ました」
「いつの間にそんなことを……」
「えぇ。好機というものはいつどこに転がっているかわかりません。それを確実に拾うのが、私の仕事ですから」
リゼルさん怖い。
彼女は確か次女だから、商会の社長職はお姉さんかお兄さんが継ぐことになるだろう。でもリゼルさんのこの手腕を見る限り、それに匹敵する役職を与えてやってもいい気がする。いっそ独立でもいいんじゃないか。
あ、でもラデックと結婚するとなると独立は無理かな。ラデックが婿に入るのか、リゼルさんが嫁に入るのかはわからんけど。どういう形で経営統合するのか気になるところである。
それはともかく、その後は工場建設の具体的な日程や業態、労働者との契約がブラックすぎないかなどの確認など、おおよそ文官に渡される書類が俺のところにやってきた。理由を聞いたら
「ユゼフさんは騙……コホン。失礼、話しやすい方なので」
酷いってもんじゃないが実際その通りなので「持ち帰って上に相談します」という曖昧な返事だけをしておいた。助けて民政長官。
仕事が一段落しリゼルさんが帰ろうとした時、彼女は「お願いがある」と言ってきた。嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。
「ユゼフさん。ラデックさんに会いたいのですが、至急許可を取り付けてもらいませんか?」
「ラデックにですか? 普通に申請をすれば会えると思いますが?」
「いえ、身内だけで話したいことがあるので、できれば駐屯地から離れた場所で会いたいのです」
そう言うリゼルさんの顔は乙女だった。頬を赤らめ唇に手を当てちょっと俯き加減で俺にお願いしてくる。あざといってレベルの話じゃない。
そしてそれを断るだけの勇気は俺にはないので、二つ返事でOKしてしまった。
「わかりました。やや公私混同ですが、軍事参事官の権限で、彼を総督府に出頭するよう命じておきます。明日でよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。感謝致します。ユゼフさん」
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翌3月13日。
軍事参事官の権限で「クラクフ駐屯地補給参謀補ラスドワフ・ノヴァク、至急の用件につき総督府に出頭するように」と通達しておいた。伝令の仕事は早く、その日の午後にはラデックがやってきた。
そして前日と同じく総督府応接室にて。そこにいるのは俺、ラデック、リゼルさん。
リゼルさんがラデックを見た瞬間いちゃこらを開始。「仲が良いですね」と言いたいところだが、1分ほど愛を語らった後に衝撃の御言葉がリゼルさんから放たれた。
「できちゃいました」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに言いながらお腹に手を置く婚約者のこの言葉。どう考えても役満です。
その後数分間、心当たりがあるらしいラデックは動かなかった。
うむ。「至急の用件」じゃなくて「子宮の用件」と通達しとけばよかったかしら。




