儀式
3月3日。
エミリア殿下から「撤退命令」が下ったのはその日である。
「もう我々がやるべきことはありません。シレジア大使館もじきに再開するでしょうし、一部連絡将校のみを残して我が師団はカールスバートより撤退いたします」
とのことである。
戦後処理はまだまだ終わっていない。だがそれをするのは新生カールスバート王国の仕事であって俺たちの仕事ではない。
今回の内戦介入でシレジア王国が手に入れたのは、カールスバート第二王政という友好国とその軍・政府高官とのコネ、カールスバート国内における情報網、オストマルク帝国との関係強化、そしていくらかの戦訓。失ったものは、シレジア王国兵1800余名。会戦参加数に対してこの程度の被害で済んだのは幸運というものだが、かと言って手放しで喜べる話でもない。
「ユゼフさん」
「あ、はい殿下。なんでしょうか」
「撤退計画と行程について、早急に用意してください」
「了解です」
撤退作戦の立案ね。まぁ戦争も終わったし適当でいいか。……あ、でも適当に撤収したら格好がつかないか。せめて人がいる所じゃ格好は付けなきゃいけない。参勤交代みたいなもんだな。
撤退経路は……やっぱりカルビナ経由の方が良いな。あまりシレジア国内で1万の将兵を引き摺るのは内戦を起こす気かと大公派に睨まれるかもしれない。カルビナを出た後はすぐにクラクフスキ公爵領だし。
などと色々行動計画を立てていたら、我が師団の補給参謀殿がやってきた。
「おいユゼフ」
「なんだいラデック」
「金がない」
「……えっ?」
「兵士たちに払う、金がない」
……。
「クラクフを離れたのは11月13日、撤収日程は知らんがクラクフに帰れるのは3月10日くらいだろ? 4ヶ月分の給料と出征手当、傷害手当、戦死者遺族年金、戦傷者退役金諸々の経費が……だいたいこれくらいだな」
と、ラデックが1枚の紙を渡してきた。公式の書類でもないし、概算の会計書類の為すごくシンプルなのだが、そこに記載されている「0」の数が半端なかった。
「じゃ、なんとか予算を確保してくれよ。クラクフスキ公爵領軍事参事官殿」
そう言って、ラデックは何処かへと消えた。
…………うん。
「帰りたくない……」
内戦が終わったからついに俺は事務仕事に逆戻り。いや平和なのは良い事だけどね。こうなんていうか、もっとやりがいが欲しいです。
そして暫くした後、俺の下にやってきたのはマヤさんだった。なんか入れ代わり立ち代わりやってきてるけど、今度は何。また面倒なことがやってきたのか!?
「ユゼフくん……どうした? 妙に暗いが」
「いえ、何もありませんよ。平和です」
「そ、そうか……」
マヤさんがやや引いてた。どうやら俺は相当変な顔をしているらしい。人を寄せ付けない才能は自信があるよ、前世から……。
「そんなことよりマヤさん、何か用ですか?」
「あぁ、そうだった忘れてた。カレル陛下から殿下と君に御呼びがあったのだ。殿下は既にカレル陛下の下に行っている」
今度はカレル陛下が面倒事を持ってくるのか……。安寧の時を私に下さい。
とはいえ、従わないわけにはいかない。エミリア殿下が言っているのに、遥か格下の人間がサボりってわけにはいかんだろうし。
「わかりました。陛下は大統領公邸……いえ、臨時王宮ですか?」
「いや、この防衛司令部に来ているよ。1階の広間だ」
「ありがとうございます、ちょっと行ってきますね」
「あぁ。ま、私も参列するのだが……」
……参列? え、何があるの?
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「申し訳ありませんカレル陛下、エミリア殿下。遅れました」
「構いませんよ、ユゼフさん」
「あぁ。余と君の仲だ。あまり畏まらなくても良い」
いや陛下と私ってあんまり接点なかったはずでは……いや、まぁいいか。遅刻を責められることはないんだし。
首都防衛司令部1階の広間に居たのは、俺、エミリア殿下、カレル陛下とその護衛数名、そして目出度く王国軍初代総司令官の座に就いたマサリク大将など高級士官数名。合わせて10名ちょっと。そしてその周りに観客がずらずらといる。よく見ると観衆の中にサラ、ラデック、マヤさん、そしてフィーネさんもいる。なにこれ。
まず最初に口を開いたのは、主催者たるカレル陛下だった。陛下が何度か咳き込むと、集まった者達に対して挨拶する。忙しい中、そして急に開いて申し訳ないとか、色々言っていた気がするがどうも記憶にない。
話を纏めると、どうやらエミリア殿下の撤収命令に驚いたカレル陛下が準備を急がせてこの会を開いたのだそうだ。あの、でもこれは何の場なのだろうか? と思ったらすぐに答えが出た。
「ではこれより、今回の内戦において多大なる功績を上げた英雄に対する勲章授与式を執り行う」
カレル陛下のその御言葉と同時に、観衆が一斉に拍手をした。
勲章? エミリア殿下はともかく、俺にも? だったらサラとかマヤさんとかラデックにも上げればいいのに。
「此度の内戦では、多くの者が英雄となった。だが彼ら全員に勲章を渡すだけの時間が残念ながらない。そこで、今回は代表として、ここにいる2人の英雄に勲章を授与するものである」
えーっと、うん、そのエミリア殿下だけでいいんじゃないかな。俺何もしてないよ。意地の悪い作戦考えただけだよ! それを戦場で指揮して実行した人が凄いんだから。俺が指揮しても、たぶんああはならなかったと思います。
と声を上げたいのだけどこれだけの観衆の前でそう言えるだけの勇気は残念ながらない。まぁ、エミリア殿下のお零れと思って貰っておこう……。
「シレジア王国大公にして、カールスバート王国軍第7臨時師団司令官エミリア・シレジア大公」
「はい」
まずはエミリア殿下から。格式が高い者から順にと言うことなのだろうか。ちなみにエミリア殿下の正式な身分は国王の弟であるカロルと同じ「大公」である。王女は正式な爵位ではなくあくまで通称だしね。
エミリア殿下の所作は流石王族、キッチリ動いてバッチリ決まっている。一応カレル陛下の方が格式が上なので殿下が頭を下げる格好になっているものの、結構様になっている。普段の殿下の仕草を知っているだけに微妙に違和感があるのはたぶん気の迷いとかたぶんその辺。
「エミリア・シレジア大公。卿は1万余名の将兵を率い、我が王国の勝利に多大なる貢献をした。よってここに、カルロヴィ・ヴァリ銀獅子勲章を授与する」
その瞬間、広間は微かにどよめいた。
これは後から聞いた話だが、カルロヴィ・ヴァリ銀獅子勲章は旧カールスバート王国において最高位の勲章であるらしい。なんでも歴史上この勲章を授与したのは僅か3人、つまりエミリア殿下で4人目だ。この勲章の効果は、問答無用で公爵位へ叙爵、無論領地も与えられ終生年金も出る。死去した場合は国葬と国立墓地が用意され、費用は全て国が持つという贅沢ぶり。
が、今回はエミリア殿下は外国人でしかも王族、これらの効果が実際に得られるかどうかは微妙なところである。
「また、卿には王国軍大将の地位と、王国軍総司令部名誉顧問の職を与えるものである」
カールスバートには旧王国時代も共和国時代にも元帥という階級がないため、大将が最高位となる。いずれにしても、エミリア殿下が大佐から大将へと4階級特進を遂げたわけだ。すげえ。
エミリア殿下は頭を下げた状態でカレル陛下に一通りの感謝の意を述べた後、綺麗に後ろに下がった。
「次に、カールスバート王国軍第7臨時師団作戦参謀ユゼフ・ワレサ少佐」
「ハッ!」
呼ばれた俺は、カレル陛下の下まで行ってそこで跪く。……こういうのあんまり経験ないけど、これで会ってるよね? 間違ってないよね? 先ほどのエミリア殿下の見よう見まねだけど……。
どうやら間違ってないようで、周囲もそれほどまでざわついてない。よかった。
「ユゼフ・ワレサ。貴官は、此度の内戦において有効な作戦を多く立て、王国の勝利に貢献した。よってここに、戦十字章1級を授与する」
カレル陛下が差し出してきた小さな箱を、頭を下げつつ貰う。この手順があっているかどうかは知らないが、まぁ非礼ではない……と思う。
箱は既に開けられており、中身が見えるようになっていた。中にある勲章は、教会にある様な十字の上にⅩ字形にクロスさせた剣、そしてその交点の部分にカールスバートの国章たる獅子が描かれている。なかなか中二心を擽るカッコイイデザインである。
勲章を受け取ったのでそのまま後ずさりしようとしたが、その前にカレル陛下が口を開いた。
「勲章と共に、ワレサ殿に『卿』の称号と、王国軍参謀本部常任理事の職を与える」
……ん?
カレル陛下の言葉につい思わず俺は顔を上げてしまった。なんか今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど!?
「あ、あのそれは……私には勿体なく思いますが……」
文句があるわけじゃない。だが、貴族位はちょっとアレよ? しかも常任理事ってなんか面倒くさそう……と思ったのだが、俺がそう言うのは想定内だったらしい。
「案ずることはない。貴官がそういうものに抵抗があるのは、事前にエミリア王女から聞いておった。だが、王としては武勲を立てた者に対して勲章だけというのは気に食わなくてな。これは余の我が儘だ。まぁ、『卿』の称号は貴族の中で最も下で実体のあるものではないし、『参謀本部常任理事』も名誉職だ。だから、受け取ってくれまいか?」
あぁ、なるほど……。まぁ確かに正論か。軍においては論功行賞、信賞必罰は行わなければならない。俺がここで受け取らないという選択肢を取ると、他の人間が受け取り難くなるというのもあるか。名誉称号に名誉職というのであれば、面倒も少ないから良いか……。
「ありがたく、お受けいたします」
「うむ」
こうして、俺は名誉称号とはいえ一端の貴族となってしまったのである。「ワレサ卿」って、なんかもう響きが悪いし、鬱だなぁ……。




