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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
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スヴィナー会戦 ‐亀裂‐

 王権派の正面に立つ連合軍の動きに異変に気付いたのは、2月16日12時10分の事。その異変に最初に気付いたのは、意外にもサラだった。


「ねぇ、ユゼフ」

「ん?」

「敵左翼の動きが……なんかこうアレじゃない?」

「アレ?」

「そう、アレ」


 なにその指示語。なんか語彙が貧弱なお父さんみたいになってない? サラのお父さんがそう言う人だったりしてね。テレビのリモコンがアレで、空調のリモコンがソレだったり……しないか。するわけないか。


「アレって何?」

「うーん……えーっとね、ほらアレよ! ラスキノ時みたいな!」

「ラスキノ……?」


 待てよ。ラスキノでも似たような会話したな。確か、あの魔術攻勢の時だ。

 俺と同様にサラの指示語が気になったらしいエミリア殿下は単眼鏡で敵左翼の様子を窺い、何か気付いたようだ。


「……敵左翼の動きが鈍化していますね。攻撃に積極性が見られません」


 なるほど、確かにラスキノだ。あの時もサラが野性的嗅覚を以って敵の不自然な動きを察知していたし。となると問題は……、


「問題はこの動きが陽動であるのか、あるいは単に疲弊しているだけなのか、それ以外なのか。そうだろう、ユゼフ君?」


 マヤさんに台詞を取られた。くすん。まぁ、彼女の言う通りだ。

 疲弊しているのであれば、これは攻勢をかける絶好の機会だ。敵左翼を一気に切り崩し、その勢いを保ったまま中央と右翼も撃滅させる。

 だがこれが罠だとすれば、昨日の連合軍の醜態、あれを攻守を変えて再現するような物だ。そんなことになれば「昨日自分が仕掛けた罠と同じ物に今日引っ掛かった偉大な愚将」として後世の戦史の教科書に残る羽目になる。そんなのは嫌すぎる。


 ……でも、それは敵も思っているはずか。相手にしてみれば「昨日敵が使った罠を今日我々が使っても無意味だ」と普通は思うはずだもんな。


 となると、やはり単に疲弊しているだけか。思えばこの会戦も3日目、敵はともかく味方の将兵にも疲労の色が見え始めている。とりあえず昨日の攻勢が成功に近かったから、士気の高さでそれを誤魔化してはいるけど、敵はそうではないだろう。


 だとすると、結論はひとつだ。




---




 ユゼフの予想は外れていた。

 確かに連合軍左翼の兵たちは疲労していたが、その疲労の度合いは王権派将兵のそれとほぼ同じだったのである。ではやはり罠だったのかと言えば、それも違う。

 連合軍左翼の動きが鈍化していたのは、その左翼を担うのが共和派のペトルジェルカ中将指揮する軍団だったことである。その辺の事情が、この時の左翼の動きの鈍化を招いていた。


 その事情を完全に理解するためには、少し時間は遡らなければならない。

 それは2月15日の夜、連合軍諸将の作戦会議が終了した直後のことである。ペトルジェルカが自身の指揮する軍団に戻ってきたとき、彼は酷く怒っていた様子だった。


 ユゼフ立案の王権派の攻勢作戦を察知したばかりか、味方の全面崩壊を防いだことからわかるように、ペトルジェルカは「良将」と称しても良い戦術的手腕を持っているのは確かである。そのような人物が怒りと共に会議から帰還したことは余程のことがあったのだろう、と軍団副司令官で共和派のオプレタル少将は推測した。


「閣下、どうかされましたか?」


 オプレタルがそう尋ねると、怒りの溜まっていたペトルジェルカはその全てを質問者に、いや司令部に居た全員にぶちまけたのである。


「どうもこうもあるか! ハーハの奴、俺らをなんだと思ってやがる!」


 曰く、ハーハ大将以下の国粋派諸将が、先のペトルジェルカによるハルヴァート軍団の救出の功に対して十分な労いを与えなかったそうである。

 ハーハは作戦会議の場で、自らそのことを言及しなかった。見かねたペトルジェルカの副官がそれを質すと、ハーハは少し考えた後、


「大儀であった」


 と述べただけで、以降これを口にすることはなかったのである。

 それだけならば、ペトルジェルカは怒らなかっただろう。多少のイラつきと反抗心を覚えただけで済むはずだった。だが、問題はその後だった。


 ハーハは、敵の罠にはまって全軍の崩壊を招く寸前にまで陥らせたハルヴァート中将に対して「数的不利の中果敢に戦い全軍崩壊を防ぎ、自らは負傷した英雄」として褒め讃えたのである。


 ハルヴァート自身は負傷もあってその作戦会議の場に同席しなかったため、それ以上の論功行賞は行われなかった。

 武勲を立てた者が正当に評価されず、逆に敵に翻弄され軍団を半壊させた者が讃えられる。そんなことがあれば、武勲を立てた者の怒りが増すのは当たり前である。


 また、ペトルジェルカ指揮下の軍団の規模の縮小もその時の作戦会議で決定された。会戦勃発時のペトルジェルカ率いる左翼は共和派2個師団、国粋派1個師団、計3個師団の混成部隊だった。そのためペトルジェルカは思うように部隊を動かすことができなかったのだが、2月15日の王権派の攻勢によるハルヴァート軍団の損耗を補填する形で国粋派1個師団が引き抜かれたのである。


 ペトルジェルカにとっては、喜ぶべきことだった。確かに軍団の規模が縮小されたことは痛かったが、これで純粋な共和派勢力のみで構成された部隊が出来たのであるから。


「閣下、いかがなさるのですか」


 副司令官オプレタル少将はそう尋ねた。数に劣る王権派に翻弄される国粋派が意外に頼りないことが分かり、さらに功に報いようとしないハーハの態度に辟易したオプレタルは、個人的な心情を言ってしまえばこの機に国粋派を裏切って王権派に寝返りたかったのである。


 そしてその思いは、指揮下の下級兵達も同様だった。

 誰も彼も、国粋派の指揮下で王権派と戦うという共和政府の意向に上下一心というわけではなかった。共和派を弾圧し、かと思えば不利になった瞬間に横柄な態度で和平を持ち込んでくる。それを受ける政府も政府だが、それ以上の怒りが国粋派に向けられるのは至極当然のことであった。


 だが、ペトルジェルカ中将は判断に迷った。彼の問題としてるところは国粋派ではなく、上層部の意向だったのである。

 ペトルジェルカが共和政府から受けた命令は「国粋派と協力し王権派を撃滅せよ」と言うものであった。彼は、その命令を順守すべきか、あるいは背を向けるべきかわからなくなっていたのである。

 なぜならば、共和政府の発した命令に従わないどころか、それに反する行動に出ることは共和国家の大原則たる「文民統制」を破る行為にならないのかという不安があったのである。軍人が政治的決定を覆すことは、共和国家では許されない。


 共和派を救うためには共和国家の原則を打ち破らねばならない。ペトルジェルカが悩んでいたことは、そんな高度な政治性を伴ったことだったのである。


 そして長き沈黙の後に、彼はようやく決断する。


「今はまだ、その時ではない。まだな……」


 こうしてペトルジェルカ中将指揮下の共和派2個師団は、とりあえず国粋派に味方することに決した。だがその動きが鈍くなってしまうのも、また無理からぬことであった。

 その鈍くなった動きが王権派に悟られたのが、2月16日の12時10分の事だったのである。

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