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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
227/496

情報大臣

 2月15日の夜。

 この日の戦闘は終了し、俺らは戦線各所の補充と補給、陣形の再編、負傷者や捕虜の後送等の仕事をしつつ、夜襲を警戒して歩哨を展開させたりしている。

 敵味方の戦力規模が膨大なため、当然補給参謀の仕事量も莫大。


「おいユゼフ、もうちょっと加減して戦ってくれ。仕事が増える」

「だが断る」

「物資を効率よく使ってくれないか」

「はいはい善処します」


 使うのは俺じゃなくて前線の兵士だけどね。

 まぁ、ラデックの仕事の辛さはわかるよ。なんてたって後方任務ってかなり重要で大変なのに裏方過ぎてあまり注目されない。それどころか軽蔑の対象になることもある。

 でもうちの補給参謀はそれでもめげずに、円滑に補給をしてくれるありがたい存在。ラデック大明神とでも呼ぼうかな。あとでエミリア殿下に「戦闘詳報にラデックが勲功第一って書いてください」とでも言っておこう。どんな優れた作戦もそれを実行するだけの兵力と兵站がなければ無意味だしね。


「……じゃあせめて、さっさとこの戦い終わらせてくれないか」

「それは敵に相談してくれ。今日の攻勢も成功とは言い難いし」

「そうなのか?」

「まぁね。予定じゃ、今頃は追撃戦に移行して敵を壊滅させてるところだったんだけど……。共和派連中が国粋派を援護するとは想定外だったよ」


 もしあそこで共和派が国粋派を見捨てていれば、今頃は完全勝利だった。意外と戦いが長くなってしまったから、ちょっと考え直さないとな……。

 一方、補給参謀殿は盛大に溜め息をつきつつも手元の書類を手際よくさばいてる。ちょっと覗いてみたが、どうやらオストマルクから来た支援物資をどの部隊にどう割り振るかで頭を悩ましていたようだ。あぁ、ダメだ。大使館の仕事思い出してきた。これ以上文字を見ると気絶しそう。


 と、ここで突然、ラデックが何かに気付いたかのようにこっちを向いた。


「オストマルクで思い出したんだが……リンツ嬢はどうした?」


 リンツ嬢? ……あぁ、フィーネさんのことか。

 彼女はここにはいない。というより、この会戦が始まる前に司令部から去っている。


「フィーネさんは別の仕事があって2月の頭あたりから別の仕事を頼んであるよ」

「別の仕事?」

「うん。この戦場での勝利を、より戦略的な勝利に結びつけるために動いて貰ってるところ」

「ふーん……てことは、ここで勝たないと意味はないってことか?」

「そういうこと」

「んじゃさっさと勝てよ」

「それができたら苦労はしない」




---




 フィーネ・フォン・リンツがいるのは、カールスバート共和国内ではない。彼女がいるのはオストマルク帝国の帝都エスターブルク、その中心にある官庁街である。その官庁街に、最近新しい建築物が出来た。フィーネは今、そこにいる。


「オストマルク帝国情報省本庁舎」


 それが、この建築物の名前だ。

 情報省の設立が正式に決定され、その活動が始動したのはつい最近のことである。だがフィーネは情報省設立前から、情報省配属となる武官となることが決定していた。

 フィーネが勤める部署は「情報省第一部」である。それはこの本庁舎の主たる情報大臣の直接指揮の下、対外諜報及び工作を実施する、情報省の中核を担う部局である。

 そして彼女は、上司たる情報大臣と執務室で会見を行っていた。


「お久しぶりです。大臣閣下」

「フッ。2人きりの時はそんな堅苦しい呼び方はしなくていいよ。いつも通り呼んでくれても構わない」

「……はい、お父様」


 情報大臣ローマン・フォン・リンツ伯爵。

 外務大臣レオポルド・ヨアヒム・フォン・クーデンホーフ侯爵の義子であり、外務大臣政務官、外務省調査局長、内務省及び資源省不正事件調査委員会委員長を歴任した高級官僚にして、フィーネ・フォン・リンツの実の父親である。


「それで、なぜここにいるんだい? 確かカールスバートにいるはずだけど?」

「私は書類上、まだクラクフの帝国領事館にいることになっています。問題ありません」

「それもそうだな」


 無論、クラクフにいるはずの情報省の人間がカールスバートの内戦に干渉し、そして無許可のうちに帝都に戻ってきたことは、普通ならば問題である。だがそれはこの親子にとっては些細な問題であった。


「お父様。折り入ってご相談があります」

「なにかな?」


 フィーネは、カールスバートに本格介入しているシレジア王国の士官からの頼み事を、一字一句漏らさずに目の前に座る父に言い放った。そしてその父親は、若干笑みを浮かべつつ何度も頷いた。


「やはりワレサ大尉……いや、ワレサ少佐の考えることは面白いね。是非我が省に来てもらいたい。今なら、審議官くらいの地位を提供できるのだが」


 リンツ伯爵はさらっと言ったが、それはとんでもない待遇である。

 オストマルク帝国の中央省庁内の建制順は政治上の頂点たる大臣に始まり、参政官、大臣政務官、大臣補佐官、大臣秘書官、事務方の頂点たる事務次官、そしてその次に来るのが審議官である。つまりリンツ伯爵は、ユゼフに事務方のナンバー2に登用すると言ったのである。無論、農民出身のシレジア人、しかも16歳の人間がその地位になるのはあり得ない話である。


 そのため、フィーネはそれを冗談として受け止めた。


「提供したところで了承しないと思いますよ。なにせ少佐は事務仕事が苦手のようですので」

「ふむ……それは残念だな」


 娘の答えに、リンツ伯爵は本当に残念がっているようにも見えた。その表情が冗談なのか本気なのかは、今のフィーネには判断がつかなかった。

 そしてリンツ伯爵は、そうだ良い事を思いついた、というようなわかりやすい顔をした。情報の専門家たるリンツ伯爵が殊更感情を表にすることはないことを娘は知っていたため、これが演技だと言うことも当然見抜いていた。だが、そんな下手な芝居をうつ父親の言葉は予測できなかった。


「あ、そうだ。フィーネを彼の補佐につけさせればいい。そうすれば、彼は嫌いな事務仕事から解放され、フィーネは得意な事務仕事をこなせる。それに2人一緒に居る時間も長くなれば、彼も婚約の話について前向きに……」


 この父親、未だユゼフを義子として迎える算段をしていたようである。

 フィーネはそんな父親を見て、恥じらいを覚える前に呆れてしまった。父親の公私の差と、その混同は日に日に増して酷くなっているのではないと、彼女は感じたのである。


「閣下。話が逸れていますよ」


 父親の無粋な考えを、フィーネは適当なところでやめさせた。


「そうだな。フィーネも、たまには自力で欲するモノを勝ち取りたいと考えているだろうからね」

「……」


 彼女は何も言わなかった。図星だったからである。

 さすが情報の専門家と褒めたたえるべきか、乙女心に無粋な横槍を入れてくるダメな父親と貶すべきか、フィーネは判断に迷ってしまったのである。


「それよりも閣下。先ほどの話、ご検討いただけますか?」


 フィーネは傷口を広げないよう、全力で話を逸らし、かつやや他人行儀で応対した。

 が、父親にそれは通じなかった。


「そうだな……フィーネと婚約することを前提に認めれば……」

「閣下!」


 フィーネは真っ赤になりつつも、父親に真面目に考えるように促す。


「冗談だ。軍務大臣に言っておこう、無料でね」

「……ありがとうございます。お父様。では私は用が済んだので、これにて失礼します」


 そう言って、彼女は足早に大臣執務室から退室した。

 そしてリンツ伯爵は、やや強めに閉まった扉を見ながら呟く。


「やはり年頃の娘を持ちそれを可愛がるのは、父親の特権だな」


 リンツ伯爵は、結構親バカであるかもしれない。


 なお彼はフィーネ以外にも、あと2人の年頃の娘がいる。

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