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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
226/496

スヴィナー会戦 ‐斜線陣‐

 2月15日9時30分。


 国粋派・共和派連合軍司令官エドヴァルト・ハーハは、対峙する王権派が妙な動きをしていることに気付いた。王権派左翼が急進しているものの、中央及び右翼はその左翼の前進に追いついていなかった。王権派の奇妙な陣形に対して答えを導き出したのは、彼の傍らに立つ参謀長ドゥシェク中将であった。


「閣下、敵部隊は『斜線陣』を取りつつあります」

「……なるほど。どうやら敵には戦史オタクがいるようだ。確かあれは、古代のどっかの国が編み出した戦法だったな?」

「はい。キリス帝国だったかと」


 ここでドゥシェク中将が言った「キリス帝国」は、ゲオルギオス・アナトリコンが建国した「キリス第二帝国」のことではない。大陸帝国がまだ大陸の覇者ではなかった頃に存在した、今は亡き国家のことである。時の皇帝が考案したこの「斜線陣」と呼ばれる陣形は、キリス帝国の精鋭で構成された左翼集団を突出させ、敵右翼を一気に破壊させた戦術である。

 敵は右翼救援のために左翼と中央を旋回させ、突出してきたキリス帝国軍左翼の側面を攻撃したかった。だがそうすれば、キリス帝国軍が中央と右翼でもって味方の左翼を攻撃する敵部隊のさらに側面を攻撃するだけとなる。それによって敵左翼と中央が遊兵化し、数と質で勝る左翼で敵右翼を撃滅し決着をつける、というものである。


 王権派の陣形は、まさにその陣形だったのである。

 だが敵が斜線陣を取っていることに気付いた連合軍参謀長ドゥシェク中将は、同時にこの斜線陣の欠点も知っていた。


「斜線陣は主力翼と予備戦力の戦力の平衡バランスが難しいです。主力翼の戦力が足りなければ敵を崩壊させることができず、逆に強過ぎれば中央と反対翼の戦力が過小となり、そこから陣形が崩壊します。よしんばそれが上手くいっても、主力翼が敵を突破する時機タイミングが難しく、急場しのぎの戦術としては不適格です」

「そうだな。参謀長の考えは正しいと思う。して、現実で我々に向け斜線陣を敷いている敵左翼は、貴官の言う『戦力の平衡』を取れているのか?」


 ハーハの質問に対し、ドゥシェクは単眼鏡で暫く王権派の布陣、主に突撃してくる左翼と、国粋派ハルヴァート中将指揮する連合軍右翼を観察して答えた。


「……ここから見るに恐らくは前者、主力翼の戦力が過小かと」


 突撃してくる王権派左翼は3個師団、対して連合軍右翼は3個師団。数の上では同格であり、また連合軍右翼が防御に徹すれば王権派左翼が如何に精鋭であろうとも突破に時間がかかりすぎる、と参謀長は考えた。


「右翼には防御を固めさせ、敵を疲弊させるがよろしいかと存じます」


 だがこれを聞いたハーハは、参謀長の意見とは真逆の命令を発した。


「後方の予備戦力1個師団を右翼に投入。敵左翼が疲弊したところで攻勢に転じ、一気に壊滅させる。敵が斜線陣を意図しているのであれば、あの左翼は敵の精鋭部隊ということだ。これ撃滅し後の憂いを断てば何かと役に立つであろう」


 ハーハのその決断は、政治的には妥当な物であった。

 精鋭とは即ち主力であり、それが失われるとなれば王権派の戦力は半減どころの騒ぎではなくなる。最悪の場合、軍としての体を失って王権派自体が崩壊する可能性があり、その後の政治交渉で有利に働くだろう。

 軍事的にはどうだっただろうか。

 突撃してくる王権派左翼3個師団が精鋭部隊であった場合、連合軍4個師団は数の差で優位であっても苦戦を強いられただろう。そのためハーハは一度防御の姿勢を敷き、敵が疲弊した時に攻勢に出るように命じた。これであれば、如何に精鋭と言えど突破は可能だろうと。


 ハーハの命令に問題は見当たらず、彼の意図を理解した参謀長や旗下の部隊はハーハの命令通りに動いたのである。


 そして11時丁度。

 連合軍右翼4個師団と王権派左翼3個師団の戦いは激烈を極め、そしてついに王権派左翼が耐え切れずに後退を始めた。


「よし、総攻撃だ! 右翼はそのまま突撃、中央及び左翼はこれを支援するぞ!」

「了解!」


 この時ハーハ以下、連合軍の諸将は勝利を確信したかもしれない。少なくとも、右翼4個師団を指揮する将帥はそう思っていた。


 だがこの時点で連合軍の誰もが忘れていた問題があった。それは王権派が、本当に「斜線陣」を意図しているかが不明であったことである。




---




 11時10分。

 俺は作戦が半ば成功したことを確信し、それをエミリア殿下に伝える。


「殿下!」


 ちょっと興奮して叫ぶ格好になってしまったが、エミリア殿下はそれを気にしなかった。殿下の方でも理解していたようで、そして俺をからかうかのように彼女も大きな声を出して命令を下す。


「全魔術兵隊に連絡。敵左翼及び中央部隊の戦闘集団に上級魔術攻撃を集中させ、その前進を阻んでください! それと、マヤ!」

「ハッ!」

「剣兵隊を率いて左翼のマサリク大将と合流、敵右翼に切り込みを仕掛けてください」

「了解です!」


 命令を受けたマヤさんの顔は闘志に溢れていた。

 そう言えば彼女が剣兵隊を率いて切り込みを仕掛けるのは要塞戦以来だな。しかもその時はマヤさんの部隊は苦戦したみたいだし、その汚名返上という考えもあるのだろう。


 マヤさんが走り出した直後、王権派の全魔術部隊の詠唱が完了したのか、上空には眩い光の塊が浮かんだ。そしてその数十秒後、上級魔術「火神弾プロメテウス」が敵目がけて放たれる様子が見えた。敵はその攻撃に怯んで前進を停止させている。

 このまま敵中央及び左翼に魔術攻撃と弓の遠距離攻撃を間断なく続けてその前進を阻めば、突出してきた敵右翼4個師団は孤立することになる。つまり、各個撃破のチャンスだ。


 俺と同じく敵の前進が止まったことを確認したエミリア殿下は、俺の脇に立っていたサラに命令した。


「サラさん、第3騎兵連隊に出撃命令を伝えてください。突出してくる敵右翼と前進を止めた中央の間に入り込み、敵右翼の後方を遮断すべしと」

「わかったわ!」

「あと、気を付けてくださいね」

「大丈夫よ! どっかの誰かと違って鍛えてるから!」


 どこの誰の事だろうな……。


 そんなことを言うサラも、マヤさんと同じく喜々としており燃え滾る闘志を隠そうともしてない。

 でもさ、サラさんは連隊長じゃないからその辺は自重してね。あまり目立つとミーゼル大佐の昇進が遅れちゃうから。いやあの人は年齢の割に昇進が早い部類に入るけど。


 だがエミリア殿下は、戦いを前にして喜ぶ親友を温かい目で見守っている。年齢はサラの方が上なのに、エミリア殿下の方がなんかお姉ちゃんっぽいぞ。

 んじゃ俺もお兄ちゃんになってやろう。


「サラ。第3騎兵連隊がいかに精強と言っても数に差がありすぎる。敵が反撃に出て、危険だと思ったらすぐに撤退するんだ。なにせ……」

「わかってるわよ! 今更そんなこと言わなくても!」


 それもそうでした。サラもバカじゃないし、いつまでも戦術の教師風情かましているのも腹が立つか。実際、サラの拳が俺の顔目がけて突っ込んできてるし……。って顔かよ! やめて! 顔はやめて!


「サラさん」


 エミリア殿下の一言によって、そのサラの拳を俺の顔の数ミリ手前で止めた。あ、危なかった。サラはハッとした後、顔を赤くして慌てて言い繕う。


「わかってるってば!」


 彼女はそう言ったが、握っていた右拳はデコピンに変わって俺に襲ってきた。地味に痛い。そしてサラはそのままプンスカ言ったまま、彼女の愛馬に跨ってそのまま部隊と合流した。

 うん、なにこれ。状況から見るに、殿下が何か言ったんだろうけど。


「エミリア殿下、サラさんに変な事言いました?」


 そう俺が聞くと、エミリア殿下は小悪魔的な笑いを浮かべてこう言ったのだ。


「内緒です」




---




 国粋派・共和派連合軍右翼4個師団は完全にユゼフの罠に陥った。


 ユゼフが考案した作戦はある意味においては斜線陣であったことは確かである。だがその意図は強力な左翼で敵陣を突破するのではなく、副司令官マサリク大将指揮下の左翼3個師団が擬似突出と偽装退却を行うことによって連合軍右翼を誘い込むことにあった。

 連合軍右翼の追撃にハーハは中央と左翼を支援にあたらせたものの、その支援は王権派の上級魔術攻撃によって前進が止まってしまったために、右翼は有効な支援を得られないまま追撃してしまったのである。

 その結果、連合軍右翼と中央の間に広大な空間が生まれてしまったのである。そこにシレジア最強の第3騎兵連隊が突入した。


 このことに気付いた連合軍右翼の司令官ハルヴァート中将は、慌てて後退命令を出したもの、その命令を出すのは遅すぎた。


「全軍、陣形を立て直して一時後退しろ!」

「ダメです! 退路を敵騎兵隊に阻まれました!」

「何!?」


 ハルヴァート中将は急ぎ後方を確認すると、確かにそこには騎兵隊が存在した。だが、その騎兵隊の数が少数であることも気づいた。


「後方の敵騎兵隊は少数だ。であれば、軍団を反転させ後方の敵を強行突破し友軍部隊と合流する!」

「ですが閣下、この状況下で反転すれば敵の攻撃に対して無防備になります!」

「少々の損害は覚悟の上だ。全軍反転せよ!」


 ハルヴァートはそう言って参謀長の意見を一蹴したが、この判断は間違いとは言えない。確かにこのまま挟撃下にあれば、如何に数の上で有利であってもかなりの被害が出る。であれば、多少の損害が出たとしても味方と合流した方が全体で見れば被害が少なくて済むであろうということである。


 だがそのハルヴァート軍団の行動は、王権派も想定済みだった。


 12時20分。


 回頭を始めるハルヴァート軍団に対し、マサリク大将の軍団に合流したマヤ・クラクフスカ大尉率いるの剣兵隊が切り込みを始めたのである。

 マヤが率いる剣兵隊の総数は僅か200名であり圧倒的な戦力差があったことは言うまでもない。だが後方を襲われ慌てて回頭するハルヴァート軍団には、その剣兵隊を有効に防ぐことができず、僅か200名の剣兵隊に4個師団の軍団が翻弄されると言う事態が発生した。

 さらにマサリク大将は、クラクフスカ剣兵隊によって乱れた戦列に対し攻撃を集中させて穴をあけ、そこに騎兵隊を突撃させて驚くべき戦果を挙げたのである。


 ハルヴァートに襲い掛かる悲劇はこれだけではなかった。マサリク大将の総攻撃を受けつつも回頭を試みるハルヴァート軍団に対して、エミリア率いる師団が軍団の左側面に躍り出て横撃を仕掛けてきたのである。

 本来であれば、このエミリア師団の攻撃に対して連合軍中央と左翼は阻止攻撃をするべきであった。だが、彼らは王権派の全魔術兵隊と右翼2個師団の遠距離攻撃によって有効な支援をすることが叶わず、その結果ハルヴァート軍団は前方にマサリク軍団3個師団、左側面にエミリア師団、後方に第3騎兵連隊に囲まれて猛烈な半包囲攻撃を受けたと言うことになる。


 1時間あまりの半包囲攻撃を受けたハルヴァート軍団は3割以上の損害を出し、壊乱状態となるのは時間の問題かと思われた。


 だがこの時連合軍右翼ハルヴァート軍団の全面崩壊を防いだのは、皮肉にもかつて彼らと敵対していた共和派にして連合軍副司令官でもあるペトルジェルカ中将だった。


 ペドルジェルカは連合軍左翼を指揮しており、王権派の熾烈な上級魔術攻撃に耐えつつも陣形の再編、部隊の再配置を行った。

 そして半包囲攻撃を受けて壊乱状態に陥りかけていたハルヴァート軍団を救うべく、1個師団を王権派の上級魔術攻撃の射程範囲外に移動し、戦場の外縁部を大きく反時計まわりに迂回を開始。ハルヴァート軍団の後方を襲っている第3騎兵連隊のさらに後方に展開しハルヴァート軍団の支援を始めたのである。


 前方に4個師団、後方に1個師団の敵がいる状況下で生き残ることができる程、第3騎兵連隊は精強ではなかった。そのため連隊長ミーゼル大佐は撤退を決め、挟撃体勢が構築されていないうちに退路のある右方向に馬首を向けて撤退に移った。だがこの時、思いもよらない行動を取る部隊があった。


「突撃よ! 前方の軍団を強行突破して、味方と合流するのよ!」

「「「応!」」」


 それは、サラ・マリノフスカ少佐率いる第3騎兵連隊第3大隊であった。

 彼女は連隊長ミーゼル大佐の命令を半ば無視し、眼前に展開するハルヴァート軍団に対して突撃を命令し、それに同調した彼女の部下や、第3大隊以外の一部の隊員も突撃を開始したのである。

 この時のハルヴァート軍団は王権派の苛烈な攻撃を受けたとはいえ未だ膨大な兵力を有していた。そのためサラ率いる第3大隊その他大勢1100に対して、ハルヴァート軍団は2万8000とその差は歴然としていた。

 この兵力差には、敵どころか上司であるミーゼル大佐でさえも第3大隊の全滅を覚悟した。


 だがこの狂気じみた突撃命令は、驚異の戦果を挙げるに至る。


 ハルヴァート軍団は半包囲攻撃の中部隊の統制を失いかけており、その時に狂気と闘志を隠そうともしない圧倒的な破壊力を持ったサラ率いる第3大隊に後方から襲われたのである。しかもそれは今までのように、ある程度進んだら撤退してまた突撃するという反復攻撃ではなく、第3大隊は止まることを知らない暴走馬車と化していた。

 その狂気の塊を受けてしまったハルヴァート軍団は甚大な被害を受け、ついにその狂気は軍団司令官ツィリル・ハルヴァート中将を襲い、彼は生半可な治癒魔術では回復不能なほどの重傷を負ってしまったのである。

 それだけでなく、第3大隊はハルヴァート軍団を僅か1100騎で突破してマサリク軍団に合流することに成功してしまった。


 そのあまりにも非常識な事態に、マサリク大将指揮下で剣兵隊を率いていたマヤが、危うくサラを敵と見誤って攻撃しかけると言う事態も発生したと言われている。


 この時の第3大隊の戦果は、戦況が混乱していたこともあって正確な数を測ることは困難である。だが、第3大隊の被害が僅か87騎であったことを考えると、少なくとも第3騎兵連隊の精強さと勇猛さは大陸指折りであるという事実は最早覆すことができないだろう。


 ともかく、指揮官重傷によって統制を失ったハルヴァート軍団が完全に壊乱状態となったのは言うまでもなく、彼らはマサリク軍団の猛烈な追撃を受けた。

 その追撃は、16時30分頃に態勢を立て直した連合軍中央及び左翼の支援攻撃によって阻まれるまで続き、結果4万を数えたハルヴァート軍団が最終的には2万にまで討ち減らされてしまったのである。


 なお、その後サラがミーゼル大佐から命令違反と独断専行を糾弾され、エミリアやユゼフから「無理をするな」という助言を無視したのを叱責されたのは言うまでもない。

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