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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
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18万人の祭

 内戦勃発時の2大派閥、そして今や斜陽の最大勢力と没落の最弱勢力と化した国粋派と共和派は、2月1日に停戦交渉を行った。


 共和派の中には、王権派と妥協し、共同で国粋派を討つことを主張した者もいた。国粋派よりは妥協がしやすいことや、快進撃を続けることがその主張の幹であったが、その実行は困難だった。


 というのは、王権派と共和派の間には確かな交渉ルートが存在しないのである。共和派の拠点であるチェルニロフは、国粋派の拠点である首都ソコロフから1日の距離に位置する。つまり共和派は国粋派勢力圏内にあるのである。


 共和派は「王権派と交渉するから国粋派のみなさんどいてください」などと言えるはずもない。


 さらに言えば、もし共和派が確かな交渉ルートを持ち、王権派と交渉を行おうとしても、王権派はそれを受け入れなかっただろう。

 これは王権派を支援するシレジア王国とオストマルク帝国の思惑がある。かつてこの両国が内戦に本格的に介入する前に、エミリア師団作戦参謀ユゼフ・ワレサ少佐も言及していた。


 共和制は、全ての国民に政治的権利を保障し、貴族にする思想である。その思想がシレジア王国にまで入り込んだら、国内が混乱することになるかもしれない。その事情から、ユゼフは共和派への支援を諦めた。


 また交渉せず、事態の動向を静観することも選択肢のうちのひとつだったが、それは即時却下された。

 王権派と国粋派、どちらかの破滅をのんびりと待っている間、リヴォニア貴族連合と言う大国が侵攻してくる可能性があったため、共和派の持久策も得策とは言えなくなっていた。


 つまり共和派にとっては、国粋派としか交渉ができなかったのである。


 2日間に亘る交渉の末、両者の間に妥協が成立。内戦終結後、カールスバート議会選挙を行い、国粋派の監視下・制限下で議会を再招集することで合意し、その目的達成の為に王権派との戦いに共に望むことが決せられた。


 国粋派にとっては議会を再招集したところで権限が制限されているため影響は少なく、共和派にとってみれば、長い闘争の末に民主政復活を勝ち取ったと宣伝できる。


 両者が納得する合意が得られた、と国粋派と共和派の幹部たちはそう思った。


 だが、それでも不満の声がなかったわけではない。特に共和派内部においてそれが顕著であった。

 議会の復活を取り付けたことは、民主政の完全復活の足掛かりとなることは確かである。だが多くの親類友人を失った部下の気持ちがそれに納得出来るかと言えばそうではなく、そのために下級兵の中には不満と怒りを燻らせる者が多くいた。


 大陸暦638年2月10日。

 国粋派・共和派連合軍は必要最低限の治安維持部隊をその勢力下に残した後行軍を開始。その道中で部隊を合流、編成させつつ一路リトシュミルへ向かう。


 そして2月12日の時点で、連合軍は合計で10個師団を集結させた。後方支援部隊を含めた連合軍の総兵力は10万5800余名にも上る。内訳は、国粋派8個師団8万3000余名、共和派2個師団2万2800余名。連合軍総司令官は暫定大統領にして元共和国軍作戦本部長であるエドヴァルト・ハーハ大将が自らが勤め、副司令官は共和派のペトルジェルカ中将を、総参謀長には元ヴラノフ軍団司令官であるドゥシェク中将を充てた。


 そしてその連合軍がリトシュミル郊外に差し掛かったのを確認した王権派は、オルミュッツ要塞から戦闘可能な全師団を出動させた。名目上の総司令官はカレル・ツー・リヒノフ国王であるが、彼自身には軍事的才覚はそれほどない。そのため実質的な総司令官は、副司令官にして先のロシュティッツェ会戦の武功によって大将に昇進したマティアス・マサリクであり、カレル自身もマサリク大将に全てを任せていた。


 この時点での王権派は7個師団にまで膨れ上がっており、シレジア王国からの増援を含めると8個師団にまで達する。

 そして王権派はその大部分である7個師団、7万4000余名を出撃させたのである。オルミュッツ要塞、カルビナ、ヴラノフと言った王権派の重要拠点には、1個連隊程度の守備兵力しか残されていなかった。


「後方の守備をガッチリ守れる程、兵力が潤沢にあるわけじゃない。後ろを気に過ぎて正面が薄くなって全軍崩壊になったら元も子もないし」


 と言うのは、王権派を支援する目的で介入してきたシレジア王国軍エミリア師団の作戦参謀ユゼフ・ワレサ少佐の言葉である。

 彼自身、これがハイリスクな手であることを自覚していた。欲を言えば各拠点には1個師団ずつ配置しておきたかった。だがそれをすれば正面戦力が4~5個師団となり、10個師団で迫る国粋派・共和派連合軍に太刀打ちできないのである。


 もしも連合軍がその事情に気付き得たら、王権派は背後を突かれ瓦解しただろう。

 しかしユゼフは、その可能性はそれほど高くないと予想していた。


 その最大の理由はエドヴァルト・ハーハが疑心暗鬼に陥っていることである。

 度重なる裏切りと降伏事件により、ハーハはどの部下を信頼して良いかわからないでいた。もし不用意に部下に部隊を預けたりすれば、その部隊が丸ごと王権派に裏切って自分たちを襲ってくるのではないか、と。

 このハーハの猜疑心を増大させたのは紛れもなくユゼフと、彼に協力した元国粋派将官であるリーバル中将であるのだが、ともかく、ハーハは全ての部隊を自分自身で動かすしか勝ち目がないと考えたのである。


 だが彼は腐っても共和国軍大将であり、作戦本部の本部長であった男である。それなりの戦術的手腕を持ち合わせているのは間違いなく、その意味では王権派は危機にあったと言えるだろう。



 そして、大陸暦638年2月14日10時45分。

 国粋派・共和派連合軍10個師団と、王権派7個師団が、ここ共和国中部の寒村スヴィナーで対峙する。

 両軍合わせて18万人の軍勢、それはカールスバート共和政時代の平時戦力に匹敵し、軍政移行後の平時戦力の6割に相当する規模である。


 王権派はスヴィナーに陣取り、国粋派・共和派連合軍は軍楽隊の軽やかな曲調に合わせ、スヴィナーに向かってゆっくりと前進する。

 王権派は既に上級魔術の詠唱を完了しており、空には光が瞬いている。そして連合軍の前衛部隊が、その上級魔術の有効射程範囲内に突入した時、王権派副司令官マサリク大将が総司令官カレル・ツー・リヒノフに呼びかけた。


「陛下。準備、整っております」


 マサリクの呼びかけに対し、カレルはしばし無言であった。祈るかのように目を閉じ、ただ屹立していた。

 そしてマサリクの言葉から30秒後。

 彼は静かに目を開き、そして低く、だが声を大にして部下に号令する。


「攻撃開始!」


 それは共和国内戦最大の、そして大陸の歴史に永劫語り継がれることとなる「スヴィナー会戦」の始まりを告げる号令でもあった。

2015/9/3、国粋派と共和派の妥協について加筆修正しました。

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