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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
223/496

お土産

大変お待たせして申し訳ありません。223話です

 カールスバート共和国中部、地方都市リトシュミルの郊外にあるスヴィナーという小さな農村に住んでいた、ある少女の日記が残されている。


『 にがつじゅうにち。


  わたしの村にいっぱい人がきた。

  お母さんから「外に出ちゃだめよ」って言われたけど、

  こっそりぬけ出して、その中にいたお兄ちゃんに聞いてみたの。


 「なにかのおまつりですか?」


  って。そしたらお兄ちゃんは


 「まぁ、そんなものかな」


  って、よくわからないことを言ったわ。


 「わたしもそのおまつりに行っていい?」


  ってわたしが言ったら、


 「これはね、君みたいな女の子は参加できないお祭りなんだ」


  お兄ちゃんはそう言ったの。でも、ぜったいうそだ。

  だってお兄ちゃんのうしろに、真っ赤な髪の毛のお姉ちゃんがいたから。

  もしかしたら、わたしのせが小さいのがいけないのかなぁ?


 「わたしも行きたい、今は小っちゃいからだめかもだけど、いつか行きたいわ」


  そう言ってみたけど、お兄ちゃんは首をふったわ。


 「お祭りはね、今回が最後だから」


  お兄ちゃんはそう言って、そのままうしろにいたお姉ちゃんといっしょにどっかに行ったの。

  わたしもいっしょに行きたかったけど、お母さんに見つかっちゃったわ。


  家にかえって、お母さんにおこられた。

  でもそのあと、お母さんが


 「ランシュクロウンにいるカテジナおばさんのところに行くわよ」


  って言ったの。

  カテジナおばさんは、お母さんのいもうとなの。

  おばさんが作るおかしは好き。おまつりに行ってたらおかしが食べられないところだったわ。


  おまつりのあいだは、ずっとおばさんのところにいるんだって。

  だから、おまつりがおわらないでほしいなー。  』




---




「……ユリアも、あれくらいの歳だったかしら」


 スヴィナーでの住民の避難誘導をしていた時、サラがそうポツリと言った。思えば俺らがクラクフを発ったのが11月13日。あれからもうすぐ3ヶ月となるのだ。


「ユリア、元気にしてるかしらね……」


 そう呟くサラの顔は完全に子煩悩な母親か、妹思いの姉のそれである。

 サラの法律上の被保護者であるユリアは、現在クラクフスキ公爵領の人に預けつつ初級学校に通わせている。だが元貧民街の住民ということもあってかコミュニケーション能力が欠けている。そのためサラはユリアが心配で気が気でないらしい。

 まぁ、俺はあまり心配していないが。


「ユリアはしっかりした子だから、案外うまくやっていると思うよ」


 なにせ逃亡中のサラを見つけた人間だしね。


「うーん……。でもユリアにとっても不安な時期に出征が決まっちゃったから、もしかしたら嫌われてるかも……」

「それはないと思うけど……」


 神と書いてサラと読む。あの子の中ではたぶんそうなっているはずだ。


「ま、俺くらい嫌われることはないと思うよ」


 目を合わせる度に顔を背けられ、話しかける度にどっかに逃げるユリア。不審者対応は完璧だな!

 ……はぁ。死にたい。


「あ、それで思い出したわ。ユリア、あんたのこと嫌いじゃないみたいよ?」

「え? そうなの?」

「うん。なんか、ユリアってば私に会う前にユゼフに会ったことがあって、それでその時のことでちょっと苦手意識を持ちゃったみたい」


 苦手意識を持たれることと嫌われることってどう違うんだろうか。

 それはさておき、ユリアと一昨年の時点で会った記憶はない。あんな特徴的な白髪の可愛い貧民の女の子なんて、会ったらそうそう忘れる訳ないと思うのだけど。


「確か、一昨年の冬くらいに会ったって」

「冬? おかしいな、冬は俺シレジアに居なかったし」

「あ……そう言えばそうね。あんた11月の中頃からオストマルク(むこう)に行ってたんだっけ。じゃあ、ユリアの記憶違い?」

「どうだろう……?」


 ユリアって結構頭良いからな。クラクフでサラを捜しているとき、道に迷うそぶりを全然見せなかったし。

 と言うことはユリアの言っていることは正しい? でも俺がラスキノから帰ってきて、オストマルクに行くまでは1週間しか……って、あっ。


「思い出した」

「え? やっぱり会ってたの?」

「うん。正確に言えば、俺が王都で道に迷って貧民街に辿りついた時、それっぽい子に会った。暗くて髪の色とかは判別できなかったけど、今思えばあれがユリアだったのかも」


 そしてその時、俺はあの子を見捨てた。苦手意識を持たれているのはそういうことなのだろう。


 にしてもあんな一瞬の出来事、しかも俺の顔までもしっかり覚えているなんてサラん家の子は優秀だな!

 そしてそのサラと言えば、なぜかちょっと笑っていた。どうしたのだろうと不思議に思って聞いてみると、笑いを堪えながら答えた。


「ユゼフも王都で道に迷って貧民街に入ってユリアを見つけたなんて、って思ったのよ」

「『も』? ってことは……」

「私も、王都で道に迷って貧民街に入っちゃったのよ。そこでユリアを見つけたの」


 なるほど確かに、面白い話である。偶然の一致なのか、それともそういう運命なのか……。いや偶然だろうけど。


「案外、俺とサラって似てるのかね?」

「うーん……なんかそれはそれで嫌だわ」

「なにそれ酷い」

「冗談よ」


 冗談に聞こえなかったんですが……。

 というツッコミをする間もなく、サラは話の方向を戻した。


「ま、それはともかく、ユゼフは帰ったらユリアと話して誤解解いときなさいよ。じゃないと困るわ」

「困る……まぁ、確かに会うたび避けられるのは心が痛むな」


 幼女に避けられるって本当に辛いのだ。不審者扱いと言うか、事案発生された気分である。いやホント転んだ女の子に声かけただけでひそひそしないでくださいお願いします。

 一方、保護者であるサラは別の問題が噴出しているようである。


「それもあるけど、一緒に……ようになったら……」


 なんか、顔は背けるしゴニョゴニョ言ってるし声は小さいしで後半は殆ど解析不可能だった。

 まぁ、こういう挙動不審はサラにとっては日常茶飯事だから問題ない。それに深く突っ込むと拳が鳩尾目がけて飛んでくるからね。まだ鳩尾用防具は調達してないし。


 俺はサラをとりあえずスルーして、村民の避難誘導を再開した。俺が仕事をしているのを見たサラも、ぷーすこ言いながら手伝いを始めてくれた。うん、どうやら意識は戻ったな。


 そして村民の避難がほぼ完了したかなというところで、数時間前に俺に話しかけてきた女の子近づいてきて、そして話しかけてきた。


「お兄ちゃん」

「なんだい?」

「あのね、おまつりのおみやげ、買ってきてほしいなって……」

「お土産?」

「うん。わたし、おまつりに行けないから……だめ?」


 お祭り、ね。まぁこんな辺鄙なところに何十人も集まったらお祭りだろうけど、これからやることは血祭なのだ。お土産なんてものは、せいぜい敵将の首くらい……。


「あのね、もうすぐおとうとか、いもうとができるの」

「え? お母さん子ども産むの?」


 確か村民に妊婦はいなかったはずだけど……と、手元の資料を見ていたら、目の前の少女は首を振った。


「ううん。カテジナおばさん」

「おばさん?」

「うん。ランシュクロウンにいる、お母さんのいもうと。もうおなかも大きいよって、お母さんが言ってた」


 なるほど。つまりは叔母で、従兄弟が産まれるってことね。

 俺が納得すると、その子はさらに詰め寄ってきた。


「あのねあのね。わたし、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、いもうともおとうともいないの。だから、おばさんの子どもを、だいじにしたいの。だから、その……だめ?」


 ちょっと涙目になりながら上目遣いで懇願してくる女の子を無碍に扱える奴がいるのだろうか。いや、いない。


「いいよ。ただちょっと時間がかかるかもしれないから、その時はごめんね?」


 俺がそう言うと、女の子は途端に明るい顔になった。さっきまでの涙も姿を消している。まさかその歳で嘘泣きを……? 恐ろしい。


「ありがとう! 大好きだよお兄ちゃん!」


 そう言って女の子は、心配して探していたであろう母親に発見され、そしてぺこりとお辞儀した後何処かへと消えた。

 ま、その、アレだな。あれが嘘泣きで演技だったとしても、あの言葉が聞けただけでだいぶ黒字だ。


「さて、あの子との約束を守るためにも、お土産を用意してげなきゃな」

「……え? ユゼフってばあの子に敵将の首をあげるの?」

「いやそんな趣味の悪いことはしないよ、さすがに」


 下手すればトラウマものである。


「じゃあ、何をお土産にするわけ?」

「んー。そりゃ勿論、産まれてくるだろうあの子の従兄弟のためになるものさ」

「前置きはいいから、それは何よ?」


 サラは雰囲気も何もなく、早く答えろと言わんばかりに詰め寄ってくる。顔も心なしか近い、というか全体的に身体が近いってば!


「いやー、それはー、ね? わかるでしょ?」

「わからないわよ。だから早く言って」


 言うのか。ちょっと恥ずかしいぞ。たぶんマヤさんあたりならここぞと言う場面でカッコよく言い放てるんだろうけど、どうも俺はそっち方面の才能がないらしい。

 結局、俺は渋々、ちょっと恥ずかしがりながらそれを言うはめになった。


「この国の平和。それが、産まれてくる子のためになる一番のお土産かなって」


 俺がそう言うと、サラはポカンとした顔をした後に、噴き出したようにクスッと笑った。


「もうちょっとカッコ良く言いなさいよ」

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