彼の理由
1月5日、オルミュッツ要塞。
今回の戦いの影の功労者に、俺は会っていた。でもそのことに言及すると、彼は素知らぬ顔をした。
「さて、なんのことですかな?」
「御存知のはずでしょう、リーバル閣下」
彼はヘルベルト・リーバル。元国粋派の共和国軍中将にして、虜囚の身。会戦直前に王権派に降伏した謎の男だ。そして……
「ブラーハ少将を逃がすように俺に助言したのはあなたでしょう、閣下」
俺がそう言うと、リーバルはニヤリと嗤った。その顔は10人中13人が「気持ち悪い」と答えるだろうな。余りの3人は聞いてもいないのに勝手に答える奴だ。
それはともかく、先の会戦の結果、シュンペルク軍団のほとんどが地上から消滅した。と言っても全員が死んだわけではない。さっき俺が言ったようにブラーハ少将はシュンペルクに逃げたし、それに捕虜もいる。トレイバル准将の時みたいに、王権派に与する奴がいないかを兼ねて取り調べているが、いくつか気になる情報も得た。
「シュンペルク軍団の高級士官は、あなたが王権派に寝返ったことをまるで考慮していなかったようです。下級兵が疑っていましたよ」
ほとんど単身で敵の要塞に乗り込んだリーバルを救出するために作戦を実行し、そして全滅。少し出来過ぎている、と感じて捕虜に問い詰めたらコレである。
普通、将官級の人間が敵の拠点に単身で乗り込んだら、それは亡命だとか裏切りを意味するだろう。死間をするにしても軍団司令官自らがそれを行うとも思えない。
でもシュンペルク軍団の将官級の人間は「救出しなくちゃ」とは思っていても「リーバルが裏切った」ということを露ほどにも思っていなかったらしい。下級兵士でさえ気づいたことを、ブラーハ少将が気付かなかったとは考えづらい。
つまり、色々と不自然なのだ。
リーバルが要塞に来た経緯にしても、そして会戦が開かれた理由にしても。
それを俺が指摘すると、当の本人は
「でしょうな」
と、しれっと言い放った。ちょっと腹立つ。結構年上だけど殴りたい。だが彼はそんな俺の怒気に気付いてるだろうに、白々しく供述し始めるのだ。
「事の始まりは12月25日。何があったか知っているかね?」
……あの日か。よく覚えてるよ。サラが八甲田山した日だ。うん、色々と大変だったね。サラが急に熱出したと思ったら脱ぎ始めて押し倒されて、かと思ったら敵兵が近くに居て捕虜にして……、ってなるほどね。
「私が、国粋派のナントカっていう曹長を捕虜にした日ですね」
すると、リーバルはまたしても気持ち悪い笑顔で頷くのだ。その顔やめろ。
「そう、君達は我が軍……いや、国粋派の人間を1人捕虜にした。それは即日私の下にもたらされてね。『帰還しない偵察部隊がいるので調べたら当該区域で遺体発見、ただし1人だけ』とね。まぁ偵察行動中に戦死し、あるいは捕虜となるのは珍しい話ではない。だがこれが好機だと思ったのだ」
「好機?」
「あぁ。降伏する好機だ」
「どういうことですか?」
「簡単だ。捕虜が出たということは『治安維持専門のヘルベルト・リーバルがシュンペルクにいる。だから攻めよう』と、王権派が思うのは当然のことだろう?」
正解だ。エミリア殿下とフィーネさんの話し合いで、そういう結論が出た。そしてそれがリーバルも承知していた……ということは、なるほど確かに降伏する好機かもしれない。
リーバルが最初から降伏するつもりでシュンペルクに来たのだとしたら、まずは敵、つまり王権派に「リーバルがシュンペルクにいる」と何らかの形で伝えなければならない。
なんてったって「外道なリーバル」だもの。いきなり要塞に「リーバルでーす! 降伏しにきましたー!」って来られても信用はできない。でも予め何らかの形で情報を伝えられたら「もしかしたら本当に……?」と思って確認くらいはするだろう。事実、俺らはその情報を下に王権派の中でリーバルを知っている士官を捜し出して確認させた。
そして彼が言った「治安維持専門の」云々のくだりも重要か。さっさと降伏しないとシュンペルクが戦場となり、彼は指揮をしなければならない。大規模会戦中に降伏するなんて、危険性が高すぎるし、当然罠だと思われて信用されない。
だから捕虜が出た時が「好機」ということになる。もしかしたら、捕虜が出るように偵察行動を強化していたかもしれないね。恐ろしい。
「では、将官級の人間があなたの裏切りを予想しなかった理由はなんです? だいたい想像がつきますが」
「ほう? どんな想像をしたのか気になるね」
「別に大した想像ではありませんよ。シュンペルク着任当初からこれを狙っていたのなら、方法は限られますからね」
つまり自分が生粋の国粋派の人間であり、ハーハに心酔する将官だという認識を手っ取り早く植え付けさせる方法。そんなの簡単だ。
「少しでも王権派や共和派に同情的、あるいは妥協的な考えを持つ人間を非国民だとして首を刎ねた。そんなところでしょう?」
「御名答。君とは仲良くなれそうだね」
するとまた例の笑顔をするリーバル。私はあなたと親しくなろうだのとは思ってませんよ。もっと美女になってから出直してきてください。いや性転換手術とかはしなくていいけど。
「12月の23日だったかな。あの日の作戦会議の議場で、果敢にも王権派との妥協を提案する士官がいてね。確か大尉で、その階級の割に若い士官だ。優秀だったのだろう」
「そしてその場で大尉の首を刎ねたと?」
「ふふ、流石だね。君もあの会議に参加していたのかな?」
だろうと思ったよ。その方が色々効果的だからね。
王権派に同情的な士官の首を即行刎ねる。このことによって自分が生粋の国粋派であることを高級士官の間に周知させることができる。それと同時に、彼は「嫌われ者のリーバル」という称号を得ることになるのだ。
高級士官から下級兵に至るまで嫌われた軍団司令官。当然、その士気は下がる。士気が下がった軍隊というのは案外もろい。
そのリーバルが敵の要塞に乗り込み捕虜となり、そして彼を救出するために軍団を動かした。士気が著しく下がった軍団が政治的立場を気にして「嫌われ者のリーバル」を救う。彼が生粋の国粋派であるという先入観から「裏切るはずがない」と思い込み、政治的立場を気にして出撃する。結果は知っての通り、というわけだ。
外道な男だが、計算高い男でもあるようだ。王権派も国粋派も彼の掌の上だったのだから。
「シュンペルク軍団2万人の将兵は、信頼の証としてカレル陛下に献上した次第。信用していただけたかな?」
「……」
できるわけないんだよなぁ……。
いやまぁ、そこまでした何か罠を張ろうとする意味がないことはわかるのだ。それに先ほどからこっちの質問に対してベラベラ喋っているのも、たぶん自分が信頼に値する人間だということの証明行為なのだろう。
「まだ、答えていない質問が残っていますよ。閣下」
「? なにかあったかな?」
「会戦前、私はあなたに聞きました。『なぜ降伏したのか』と」
「あぁ、それか。なるほどね」
そういうと、彼はその理由を喋り出した。包み隠さず、そして恐らくは真実を。エドヴァルト・ハーハの腹心だったからこそ知り得た情報と、謀略家としての彼の推測を交えた言葉。確かにそれは筋が通っていたし、納得がいったものだ。
だがそれよりも、ヘルベルト・リーバルが放った言葉は俺に大きな衝撃をもたらしたのだ。
「この内戦、貴国の、シレジア王国の宰相たるカロル・シレジアが仕組んだものだと言ったら、君はどうする?」
海風ちゃんゲットだぜ
 




