彼の情報
なんか最近、変な客が突然来ることが多い気がする。
最初はフィーネさん、次はカレル陛下、そしてトレイバル准将と続いて、今度はリーバル中将。揃いも揃って変人……いや、カレル陛下はマシかな。反乱軍の首謀者という点を無視すれば。
「……あれ、本物?」
俺は要塞監視塔から単眼鏡を覗きつつ、誰に言うというわけでもなくそう口にしてしまった。
北門入口付近で立つ男は、自らをヘルベルト・リーバルと名乗ったそうだ。……偽リーバル中将という可能性がなくはない。でも、それは隣に立っていたマヤさんが否定した。
「いや、王権派幹部連中に何人か彼のことを知っている奴がいた。曰くあれは本物だそうだ」
「……双子の弟とか、そういうのはいますか?」
「いたら報告してるさ」
「ですよね……」
よく見れば護衛の数も8人と少ない。仮にも2万の将兵を率いるお方が護衛8人で反抗勢力の拠点に乗り込む意図がわからん。
「どうする? ユゼフ君」
「どうしようもないですよ」
決定権は総指揮官、つまりカレル陛下にある。俺にはどうしようも……。
「入れたまえ」
「……陛下!」
いつの間にか背後には噂のカレル陛下が。ここにもニンジャの素質を持つ男がいるとは。
「よろしいのですか?」
「構わぬ。それにこの寒空の下、長時間待たせるわけにもいかぬ。『丁重に』おもてなししたまえ」
「……御意」
陛下は「丁重に」という言葉をやたら強調していた。要は招き入れつつも、十分に警戒しろってことか。
とりあえずカレル陛下の命令があったのだ。彼の男を入れるか。
「北門を開け彼らを中に入れましょう。罠の存在に留意しつつ、慎重に出迎えますよ」
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16時丁度。
陛下の御意に従い、リーバル中将らを要塞内に招いた。ただし客人としてではなく捕虜としてである。武装解除を命じ、そして念入りに身体チェックをした……のだが、士官用の剣を護身用の短剣以外は何も持っていなかったし、護衛も軽装だった。
もしかしたら護衛は全員チート魔術師で拳一発で要塞を粉砕する能力が……あるわけないか。そんな奴いたらシレジアは今頃滅んでる。でも一応警戒して護衛は全員一人ずつ独房に監禁し、そしてリーバル中将とも引き離した。
ま、どれもこれもみんな大人しく従ったんだけどね。中将も護衛も、借りてきた猫のように大人しい。というのは、彼がここにやってきた理由に原因がある。
現在、俺はリーバル中将と相対している。先日サラが捕まえた捕虜を尋問した時と同じ尋問室で、彼と話し合いをしているのだ。
あ、勿論罠が怖いのとエミリア殿下の代理としてマヤさんも同席しています。
「して、大変高名なお方がなぜここに?」
リーバル中将が要塞に来てから、何度目かの質問。それに対して中将は、やはり何度目かの返答をする。
「降伏しにやってまいりました。出来れば、あなた方と共に戦いと思い参上した次第です」
ということらしい。
……どうも胡散臭い話だ。当然、こちらとしては罠を疑うわけだが、それを感じさせるものをリーバル中将からは感じないのだ。
武器も持たず、さらに部下と引き離しても文句を言わず、殆ど単身で要塞に乗り込んできた。つまり、彼の生殺与奪は俺らの手にあるということ。まぁ捕虜ならそれは当然なのだけど……。
「なぜ、降伏を?」
「国粋派に不満を持ったから、ですかね?」
いや「ですかね?」と言われても困るんだけど。嘘なのか本当なのか判断がしにくいな……。
「不満とは?」
「……ご存知でしょう?」
……えっ? 何を?
マヤさんの方を見てみるが、彼女も静かに首を横に振った。マヤさんが知らないとなると、恐らくエミリア殿下も知らない事だろう。どういうことだ?
「知りませんか。あぁ、なるほど、そういうことですか。納得しました」
「あなたは何を言っているのですか?」
「いえ、こちらの話ですよ」
そう言ったきり、彼はこの日新しい情報を口にすることはなかった。
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12月30日。
リーバル中将らの尋問――と言うより、会談か――の結果をエミリア殿下を始めとしたいつものメンバー5人に報告した。
「……『ご存知でしょう』ですか」
「はい。確かにそう言いました」
リーバル中将が降伏してきた理由は「不満」だという。それを彼は、俺らが知っていると勘違いしていた。そして俺らが本気で知らないという態度を取ると、勝手に納得して後はダンマリ。しつこいくらいに言っていた「降伏して、ここで働かせろ」みたいなことも言ってこなかった。
1日中彼と相対しても、遂に何も喋らなかった。俺は時間の無駄と判断し、他の面子と相談しに来たということだ。
「他の……リーバル中将の護衛から、何か情報は入ったでしょうか?」
エミリア殿下のその質問に答えたのは、俺がリーバル中将と睨めっこしてる間に護衛を尋問していたらしいフィーネさんだった。
「いえ、彼らは何も知らないようです。『中将がこの要塞に乗り込むというから、道中の護衛を頼まれただけだ』と……」
「それだけですか?」
「それだけです、殿下」
つまり、全ての事情を知っているのはリーバルだけということか。
「にしても、そのリーバルってやつ、随分味方からも嫌われてるのね」
と、唐突にサラさんからそんな感想が飛び出してきた。
「というと?」
「だって、この要塞に殆ど単身に乗り込むって言ったのに、誰も止めなかったのよ? その他の護衛の連中も『護衛を頼まれただけだ』なんて、自分は関係ないって感じだし」
「確かに。まぁ、悪名が高いからね、あの人」
針の筵だから逃げ出してきました、というのだったらいっそ信じることが出来たかもしれない。
「まぁ、リーバル中将とやらの評判や人気はともかくとして、やはり問題となるのはなぜ彼が要塞に来たかです。ユゼフさん、何かわかりますか?」
何かわかるか、と言われても当の本人は何も喋らないから想像で答えるしかない。もし俺が敵の立場だとするならば……。
「最初は『死間』だと思っていたのですけどね」
「死間、ですか? つまり、リーバル中将らが要塞内を混乱させる目的で来たということですか?」
この「死間」とは、古典的な罠のひとつだ。文字通り、死んだ間者。
あえて敵に捕まり、偽の情報を流して混乱させ、その隙に攻勢をかける。間者が敵に捕まることが前提なので、当然処刑なりなんなりされる。だから「死間」と呼ばれるのだ。
「ですが、リーバル中将自身がこれを行う理由が分かりませんでした。彼の悪名は我々も知っていますから、彼が言う情報なんて早々信じませんし、現にそうなっています」
まぁ、こっちはデメリットがないから犬死にしてくれても問題ないわけだが。
ではリーバルがこの要塞で死ぬのが目的で「リーバルが死んだ! 王権派のロクデナシ!」と宣伝し士気を上げ、一気に要塞を攻め落とす……という算段なのかと思ったがやはりそれも違うと思う。
さっきサラが言ったように、彼には人気がない。リーバルが死んだところで士気は上がらないだろうし、かえって「リーバルが死んだんですか!? やったー!」ってなってしまえば国粋派の分裂が早まる可能性もある。
それに大前提として、国粋派は依然総兵力で勝っている。いくらこの要塞が堅固だろうと、王権派と国粋派では兵力差と国力差がありすぎ、いずれ長期戦に持ち込まれて敗北する。
死間にしても何にしても、こういう罠は兵力が勝る側は行わない。普通にやれば勝てるのだから。
「……となると、サッパリわからんな」
マヤさんが顔を顰めつつ頭を抱えてしまった。というか、みんな似たような顔をしている。ちょっと面白い。
「いずれにせよ、こちらは派手に動かない方が良いでしょう。シュンペルクに対する攻勢作戦は延期です」
「……そうですね。罠がないという確証もありませんから」
いや、もしかすると、こうやってこちらの動きを受動的にすることが彼らの目的なのか? ならば今部隊を動かして一気に……でも、そうと思わせて積極的に動く俺らを迎撃して来るかもしれない。
あぁ、ダメだ。これじゃババ抜きだ。どっちがジョーカーだかわからない。
まぁいい。トランプと違って二者択一と言うわけではない。やれることをやろう。
「ラデック」
「ん? なんだ?」
「これが罠だとして、こちらの動きを受動的にして大規模な補給線破壊を行うかもしれない。輜重兵隊の警戒と護衛の強化を頼めないか?」
「わかった。王権派の連中と相談しよう」
「頼むよ。……マヤさん」
「ん? なんだい?」
「こちらから打って出ることができない以上、敵の動きを見るしかありません。索敵を強化しましょう」
「そうだな。近衛騎兵隊は……」
「決戦兵力として温存したいので、通常の騎兵隊でお願いします」
「わかった」
ラデックは粛々と、マヤさんは剛毅溢れる雰囲気で部屋から退室する。うん、性格がよく表れてると思うよ。
あとは、やることはあるか……あ、そうだ。アイツらだ。
「フィーネさん」
「なんでしょうか。ユゼフ少佐」
「やってきた中将の護衛8人の尋問を続けてください。中将の行動に関して知らなくても、シュンペルクや首都の状況だったら彼らも知っているでしょうし」
「そうですね。そうしましょう」
そう言うとフィーネさんは早々と退室して尋問の準備をするらしい。そう言えばどんな尋問してるんだろう。まさか拷問……。今度覗いてみようかな、ちょっと興味ある。
なんて考えていた時、サラさんが音を立てずに俺の傍までやってきて、くいくいと袖を引っ張ってくる。どうしたそんな可愛い仕草して。
「ユゼフ」
「どうした?」
「あれ……」
あれ、と言いながら視線で指し示したのは、この部屋の主であるエミリア殿下……のジト目である。
……あ、うん、はい。えーっと。やってしまった。またやってしまった……。
「ユゼフさん」
「は、はい。何でしょう殿下」
怖い。エミリア殿下の言葉にちょっと怒気が含まれている。
「少し私の執務を手伝ってくれますか?」
とても綺麗な笑顔と、その笑顔に含まれた微量な怒気を向けられて、その言葉を断れるこの要塞にはいないと思う。
「喜んで!」
いや本当、ごめんなさい。




