彼の男
翌12月26日。
捕虜から得た情報を、エミリア殿下とフィーネさんに報告した。シュンペルク駐屯の国粋派の規模、構成、兵の士気などについて。
え? 拷問? いやいや、拷問なんてしてないよ。
拷問って、痛みから逃げるために適当な嘘を言う人が多いからね。嘘か本当かを見抜けるだけの技量ないと、最悪偽の情報に踊らされて不利になる可能性があるから。
ま、具体的な尋問方法はさておき、エミリア殿下らが一番興味を持ったのが敵の指揮官に関する情報だった。
「シュンペルク駐屯2個師団を指揮するのは……共和国軍中将ヘルベルト・リーバルです」
それを告げた時、2人は驚きを隠せずにいた。当然だ。俺もこれを聞いた時は、結構驚いたから。
ヘルベルト・リーバル。
首都ソコロフにおいて共和派をほぼ一掃し、国粋派の土台を盤石にした男。
特に11月15日のレトナ国立公園の殲滅戦における名声とその手法は、王権派拠点のカルビナにまで届いていた。
「中将ということは、その時の武勲で昇進したということですか」
「そういうことになりますね」
そのリーバル中将は、国粋派においても嫌われているらしい。当然か。あんな外道な方法じゃね。確かに短期間でかつ効率的に共和派を一掃した手腕と、その外道方法を躊躇なく実行できる度量は大したものだが……。
「まぁ、彼の行ったことの是非はともかく、これで敵情がだいぶ知ることができました。あとはシュンペルクをどうするかです」
「攻略すべきです」
俺の台詞に食い気味でそう言ったのは、情報担当のフィーネさんだ。
「リーバル中将は、確かに恐ろしい男です。でも、それでも攻略すべきだと思います」
「……随分と強気ですが、その論拠は?」
「これです」
そう言って、フィーネさんは俺に資料を見せてきた。オストマルク帝国が集めた情報ではなく、王権派が元々持っていた情報のようだ。
「……なるほど、確かにこれは重大ですね」
「でしょう?」
フィーネさんは、僅かに笑顔を見せていた。普段あまり笑顔を見せない人が不意に微笑むとちょっとドキッと来る。思わず「惚れてまうやろー!」と叫びたくなるが、まぁ今はそれより。
俺はそのまま資料をエミリア殿下に渡す。すると殿下も納得したように頷いた。
「リーバル中将は、治安維持が専門ということですか」
「そう言うことになります」
フィーネさんから貰った、ヘルベルト・リーバル中将の情報。
大陸暦617年、共和国軍士官学校憲兵科次席卒業。共和国各駐屯地の憲兵や法務士官として功績を立て続け、政変直前の631年末に大佐に昇進。ソコロフ駐屯地警備隊の憲兵隊長になり、さらに634年に准将に昇進するとともに首都防衛司令部に配属、636年に少将に昇進し同司令部の司令官となり、そして内戦が勃発し現在に至ると。
うん、見事に前線指揮官としてのキャリアがない。フィーネさんは、そこを指摘したのだ。
「無論、彼は首都ソコロフにおける共和派との戦闘で多少の武功は立てています。ということは、市街戦にはそれなりに心得はあるのでしょう。ですが、数万人が一堂に会する野戦では、おそらく才はないと思われます」
数万人の部隊を編成し、指揮統率するのは並大抵のことではないし、勿論一朝一夕で身につくものではない。もしそうならこの世に士官学校はいらない。
リーバルも、憲兵等の治安維持担当の武官としての能力は高く、それ故に出世したのだろう。治安維持能力だけで中将にまで昇進したというのは相当有能であることには違いない。
でもその代償として、彼は野戦における実戦経験が殆どない。そんな彼が率いるのは、要塞陥落と共に各駐屯地から退却した寄せ集めの4個旅団、即ち2個師団だ。
どう考えても、烏合の衆。シュンペルク攻略の絶好の機会だ。
だがその前に、ひとつの疑問が浮かぶ。最初にそれを口にしたのは、エミリア殿下だ。
「ですが、なぜそんな彼が前線に……?」
何度も言うが、リーバル中将は前線に立つ男ではない。後方に下がり治安維持を専門とする将官だ。野戦で2個師団を率いる男ではないのだ。
「レトナ国立公園のことを鑑みると、なにか罠があるのでは……」
エミリア殿下の不安はもっともだ。不自然な事に関しては「何かあるのではないか」と疑うのは当然。さらに悪名高きヘルベルト・リーバルとくれば尚更だ。
でも、俺はそれとは別の見解がある。
「あるいはもしかすると、人材不足なのかもしれません」
「……どういうことです?」
「確証があるわけではないのですが……」
現在、この共和国は軍事独裁国家だ。そして独裁者というものは、古今東西裏切りを気にする生き物でもある。
勝ち続けていれば、あるいは物事が何もかも上手くいっていれば、部下の信頼は得られる。だがそれが一度負の方向に傾けば、部下からの信頼も一気に傾く。
現在、独裁者エドヴァルト・ハーハは共和国東部において王権派に負けている。負け始めると「勝ち馬に乗って生き残る」という人間に見離されることになるのだ。そして残念なことに、世の中は勝ち馬に乗りたがる奴で大半を占めているのだ。
共和派は既に没落しつつあるが、王権派は勢力を増しつつある。勝ち馬に乗りたい奴らの、ハーハに対する忠誠心が揺らぎ始める頃ということ。そしてそれは裏切りを気にするハーハも目敏く勘付くのでは……。
まぁ、仮定に仮定を重ねて、そこから推測しているだけだから当たっているかはわからん。状況証拠すらない、希望的観測とも言えるものだ。
だけどその観測を補強する材料を、フィーネさんは持ち合わせていた。
「少佐の言う通りかもしれません」
「どういうことです?」
「国粋派には、まだ多くの将官がいることは確かなのです。少なくとも2個師団を率いることができ、かつ国粋派でも有能な部類に入る者は多くいます。恐らくは20名程度は」
「でもハーハ大将はその20名から選ばず、リーバル中将を前線に行かせた……」
「えぇ」
となると、本当にこれは好機かもしれない。
エミリア殿下もそう判断したのか、毅然とした声で告げる。
「王権派幹部との作戦会議を行います。例えリーバル中将とやらが罠を張っていたとしても、それを張らせる前に動けば問題ありません。ユゼフさん、すぐに集めてください」
「わかりました」
こうして、シュンペルク攻略に向けて要塞内が少し忙しい雰囲気に包まれた。
シレジア軍幹部と王権派幹部を集めて作戦会議を開き、情報を共有する。憎きリーバルを討つとあって、王権派の連中も士気が高まりつつあった。
要塞内に駐留する全4個師団が、作戦開始の為の準備を着々と行った。
だけど、それは結局準備だけに終わってしまった。予期せぬの出来事が、作戦会議翌日の12月28日14時30分に起きたからだ。
報告に来た部下が、その衝撃の事実を俺らに伝えた。
「要塞の北門に、共和国軍中将ヘルベルト・リーバルを名乗る者が来ています!」
 




