戦場の聖日
何の因果かは知らないが、この世界でも12月24日と25日は宗教的に重要な日である。
大陸の宗教はひとつしかない。大陸帝国の何代目かの皇帝が「俺を神格化させた宗教を広めてやる!」と意気込んだのに、ある国家において単なる土着宗教にすぎなかった宗教に魅せられてしまった。
皇帝は「もうこれ国教にしようぜ」と言い出し、その結果この単なる土着宗教が大陸全体の宗教となるわけだ。
この宗教の名前は特にない。今や大陸で信仰されている宗教がひとつしかないからだ。まぁ、あえて名前をつけるとしたら、最高神の名を取って「ペルーン教」となる……が凄い間の抜ける名前である。
最高神、という言葉がある様にこの「ペルーン教」は多神教だ。
最高神にして雷神ペルーン
あらゆる魔法を使いこなす魔法神バーバ
三つ頭の軍神トリグラフ
イケメン軍神スヴェント
勝利の美人女神マーチ
などなど。
登場神物の数は算出不能。たぶん本気で数えたら800万くらいいる。だって神以外にも天使とか妖精とか悪魔とか妖怪とか色々いるんだもの。あと普通に人間も出てくる。なんて自由な宗教だ……。
これらの神様他多数が泣いたり笑ったり戦ったりする物語が「ペルーン教」の経典であり、その経典の最後に最高神「ペルーン」が人間に対して「お前ら、これ読んで自らの行動を顧みろ」と諭して終わる。だから宗教と言うより神話とか説話みたいな感じだな。
ま、それはともかく。
12月24日と12月25日は、このペルーン教の説話の1つに関わりがある。
イケメン軍神スヴェントが、醜くも性格の良い女妖怪ジヴァに惚れてしまった。
そしてスヴェントがジヴァに求婚するも、彼女はそれを固辞。
しかしスヴェント諦めず軍神らしくアタックを続ける。少し強引な方法でデートに誘ったり、サプライズプレゼントを用意したり、細かいところに気を遣いなんとかジヴァの心を引きたく見境いなしにアタックした。
しかしジヴァからは身分の差がどうの、顔面偏差値がどうのと言われてしまい婚約はやっぱり拒否された。
また、スヴェントの親類縁者がジヴァの容姿や、妖怪という血筋を問題にして2人の婚約に反対。
さらには見た目老婆な魔法神ババア……じゃない、バーバがジヴァに嫉妬し、スヴェントの親類と協力して得意の魔法でジヴァの醜い心をスヴェントに見せびらかそうとした。
が、この魔法によってジヴァが本当に心が綺麗だったこと、「本当は嬉しいけど、婚約してしまえばこんな醜い女を嫁にしたスヴェントは神様達から笑われるに違いない。それは申し訳ない」と思っていることがバレて逆効果だったり。
そんな善悪美醜様々な事態を経てようやく最高神ペルーンの仲介で色男スヴェントと醜女ジヴァの婚約が認められた。
ジヴァの本当に綺麗な心を見た魔法神バーバは改心し、魔法によってジヴァをスヴェント好みの見た目16歳の美少女(しかも気を利かせてジヴァが純潔処女であることを魔法で確認したり)に作り替えた。
最高神ペルーンも、ジヴァを妖怪から女神に昇格させ、2人の婚約を祝して12月25日に盛大な結婚披露宴を開いた。
神話に登場する全ての神様他多数を招待した披露宴は新郎新婦含めて飲めや歌えやの大騒ぎ。当然その騒ぎが1日で収まるはずもなく、披露宴が終わったのは翌年の12月24日。
1年に亘る結婚式を経て、スヴェントとジヴァはようやく初夜を迎えることが出来ました……というところでこの話は終わっている。
長々と話したが、1行で纏めると「顔も心もイケメンな神様が最終的に顔も心も綺麗な美少女を手に入れました死ねばいいのに」という話である。結局イケメンがなんもかんも攫って行くんやなって。
以上のように、12月24日と25日は重要な日だ。なんてったって神様の結婚記念日と初夜記念日だもんな。
そのためか、この2日間は大陸中で結婚式と子作りが盛んに行われる日として人々に記憶されている。気になるあの子の誕生日から逆算するともしかしたらこの日に集中するかもしれない。
ちなみに、この説話における最高神ペルーンの教訓は「結婚式は短めに終わらせた方が新郎新婦の為になる」である。教訓にすべきなのはどう考えてもそこじゃない。
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「というわけで、今日と明日はお休みです」
「……どうしたんですか急に」
12月24日。
エミリア師団の士官全員に、エミリア殿下から緊急招集が掛けられたのはその日の午前9時のこと。敵襲があったのか、と思って急いで集合場所の作戦会議室に駆け付けたのだが、到着早々そんなことを言われたのだ。
「別に急というわけではありませんよ。本来であれば、12月24日、あるいは25日は休日ですから」
「いや、まぁ、そうですけど……」
エミリア殿下の言う通り、本来はこの2日間は休日である。軍隊においても、下士官以下の下級兵士たちは両日、あるいはどちらか片方を休める。
が、准尉以上の士官の場合、かかる責任と仕事の量を加味するとこの2日で休めるのは相当優秀な人間に限られる。ましてや今は戦場、休日が貰えるなんて発想はなかったが……。
他の面々も似たようなことを考えたのか、皆首を傾げている。いや、事前に聞いていたらしいマヤさんだけは涼しい顔をしていたが。
「あぁ、皆さん。あまり深く考えずに。要は下級兵士と同じく、我が師団とカールスバート王国軍士官が休日を取ることになったのです。カレル陛下も了承済みです」
「はぁ……」
休暇、休暇ね。嬉しいけども、この状況下じゃ……。
と、思ったが、マヤさんがこれに補足した。
「それに部下をキッチリ休ませる必要がある。『上司が働いているのに、自分たちが休んでいるのは気が退ける』という考えを持つ者がいるからな」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。本人の前で言うのは多少憚られるが、エミリア殿下がお休みにならないと、私も休むに休めないのでね」
なるほど確かに。
エミリア殿下という金髪美少女ロリが頑張って働いてるのに俺がソファで寝転がりながらテレビを見られるかと言えば、たぶん無理。自殺したくなる。
それを防ぐために俺ら士官もこの聖日に休む、か。まぁ理屈はあってるな。
……問題は、俺が働いているところを見て罪悪感を覚える奴が果たしているのだろうか、という点にあるが。ラデックと違ってイケメンでもないし、サラみたいに部下からの信頼が厚いわけでもない。俺が働いても問題ない気がしてきた。
が、そんな事情を知らないエミリア殿下は構わず全員に休暇を与えた。
「マヤの言った通りです。我がシレジア王国軍の士官、及びカールスバート王国軍士官は24日と25日に休暇を取ります。無論、敵が攻めてくる可能性があるので交代で、ですが」
その後エミリア殿下が誰がどの日に休むかという文書を見せてきた。それによれば、俺は24日は仕事で25日は全日休み。
殿下は質問があるかを問うてきたが、こちらからは特に質問はなくそのまま解散となった。
会議室から出た後、さて明日はどうしたものかと考える。とりあえず今日は舞い込んできた情報の整理と、もしも敵が攻めてきたときのための防衛計画の策定をするとして……要塞で休日と言われてもなぁ。
要塞の近くには小さな農村があるだけで、後は何もない。かと言って要塞内の娯楽は限られてるし……いっそ敵が攻めてきてくれた方が色々と楽な気がする。
そんな、やや不謹慎なことを考えていたら肩を叩かれた。首だけ動かしてみると、そこにはサラがいた。
サラは俺の肩に手を置いたまま動かない。俯いて、なぜか顔を赤くしている。風邪でも引いたのか? いや、でもバカは風邪引かないって言うしな……。
「あ、あの、ユゼフ」
「どした?」
そんなにしどろもどろでどうした。
「あ、明日って暇?」
「暇だけど?」
今エミリア殿下から休日貰ったのはサラさんもご存知の通りですよ?
「……じゃ、じゃあ、その、あの、で、でで」
「サラ、落着け。で、なんだ?」
俺はとりあえずサラに深呼吸させる。なんか過呼吸で死にそうなんだけどこの子大丈夫?
「明日、私と逢引、しなさい!」
…………。
「はい?」
 




