作戦参謀の悩み
12月14日17時15分。
「何かあったのかい?」
俺が1人要塞内の作戦会議室で唸っていた時、マヤさんがひょっこり顔を出してきた。エミリア殿下の姿は見えないので、どうやら彼女1人だけらしい。
マヤさんは俺の隣に座りつつ、俺の言葉を待っている。まぁ、俺も他人の意見を聞きたいと思っていたところだから良いのだけど。
「ちょっと悩んでるんですよ。3つ程ね」
「3つか。君はいつも複数のことで悩んでるんだな」
まぁね。ここ最近は悩むことが仕事だし、しかもだいたい掛け持ちしている。
それも国を左右するようなことばっかり。明らかに16歳の仕事ではない。いやまぁ、本当は16歳と240ヶ月だけどね。
俺は深い溜め息を吐きつつも、相談に乗ってくれるらしいマヤさんに3つの悩み事を話してみる。
「まずは、先ほど偵察部隊から入ってきた情報についてですね。これはマヤさんもご存知だとは思いますが……」
「あぁ、ヴラノフに国粋派3個師団だろう?」
「えぇ」
オストマルク帝国との国境に近いヴラノフ。国粋派は、王権派がヴラノフを奪取してオストマルクと結託するのを防ぎたいから部隊を動かしたことは間違いない。
ま、王権派は既にシレジアとオストマルクと手を結んでるから無意味なんだけどね。
「これをどうするべきか、と悩んでまして」
「……無視するのか?」
「どっちもどっち、ですかね」
現状、俺らはオストマルクからの補給物資と情報の支援は受けている。だがカルビナとクラクフスキ公爵領を経由している都合上、情報と物資が来るのが結構遅くなってるのだ。
特に物資の遅滞は堪える。カルビナを経由した場合の物資の到達時間は4~5日ほどで、途中事故が起きたりすれば1週間以上かかってしまう。そして補給線が伸びれば、輸送途中の物資欠損の確率が増大し、また輜重兵部隊の護衛にかかる負担が多大なものとなる。ただでさえ戦力が少ないのに、護衛に兵を吸い取られてしまうとこれ以上の攻勢ができなくなる。
クラクフや、王権派統治下にある共和国東部の各農村から徴収すると言う手もあるが、それにはやはり金がかかる。物資の現地調達の基本は現金払いだ。共和国を恒久的に統治する以上、略奪して現地住民の好感度を下げるわけにはいかない。
でもヴラノフを落とし、オストマルクとの新たな道が拓ければこれらの問題は一気に改善される。ヴラノフはオストマルク帝国の帝都エスターブルクから馬車で2日もかからない場所にあるし、オルミュッツ要塞からでも3日以内には着く。
情報も食べ物も新鮮な物が届くのだ。これは大きい。
「万々歳じゃないか」
「万々歳だけなら悩んでませんよ」
「それもそうだな。何が問題なのだ?」
「そのヴラノフに3個師団もいる、って言うのが問題なのですよ」
王権派の全戦力は4個師団、エミリア師団を含めて5個師団。だが、要塞やカルビナの防衛のためにそれぞれ1個師団は配置しなければならない。そうなるとこちらの戦力は3個師団だ。
3個師団が守る駐屯地を3個師団で攻略、というのは難易度が高い。よしんばこれに成功しても、ヴラノフを維持できるだけの戦力もない。
第4師団みたいに、捕虜が陛下に忠誠を誓うということがあれば話は別だが、そんな不確定要素の高いものを戦略の基幹に据えるわけにはいかないしなぁ……。
「とにもかくにも戦力が足りません。欲を言えば後5個師団くらい欲しいですね。国粋派との戦力差がありすぎます」
「それを今更どうこう言ったところでどうしようもないだろう。まさか本国政府に増援を求めるわけにはいかないからな」
そう。ラスキノと違うのは、これがエミリア殿下の独断ということになっている点である。それに財政難で動けない状況が続くシレジア王国にこれ以上の負担は求められない。
それともエミリア殿下が国王陛下に助力を求めれば……いやいやいや、それはダメでしょどう考えても。
「まぁ、これは追々作戦会議で決めると良いだろう。敵もこの要塞に対して積極攻勢を掛けるつもりもないようだから、時間はたくさんあるんじゃないか?」
「……そうですね」
時間が解決してくれる、というわけじゃないが、こういうことは俺1人で決められる話でもないからね……。あぁ、でも本当につらい。戦力欲しい。戦力の多寡は戦術的な選択肢を増やしてくれるってばっちゃが言ってた。
「それで、2つ目の悩みっていうのはなんだい?」
「あぁ、そうですね。まぁこれは悩みというより不安というかなんというか……なんですがね」
「言ってみろ」
「……リヴォニア貴族連合の動向が気になるんですよ」
「リヴォニアの……?」
「はい」
カールスバートと国境を接しそしてこの国の建国の歴史に、リヴォニア貴族連合も絡んでる。そんな国が今回の内戦に不介入、というのはおかしな話だ。
オストマルクは少数民族の関係があるから積極介入できない、っていうのはフィーネさんから聞いたけど、でも単一民族国家であるリヴォニアはそうじゃない。
「リヴォニアは今回の内戦、介入してるのか、してないのか。してるとしたら、どうやって介入してるのかが気になるんですよ」
「なるほど。確かにそれはあるな。もしあの国が、シレジアやオストマルクの専横を許せないと判断すれば国粋派か共和派を援助することも考えられるか」
「えぇ。そうなればオストマルクが全面介入できない以上、国力の差から言って王権派は負けます」
「王権派が負ければ、我々が介入した意味はなくなる。そしてカールスバートは仮想敵国のままになる、か」
「そういうことですね」
リヴォニア貴族連合が何を考えているのか、という話は全く入ってきていないのも気になる。東大陸帝国皇帝派の独断で始まった春戦争には不介入を貫いてくれたけど、だからと言って彼の国が味方になったわけじゃない。
もしもリヴォニアが支援するとしたら、どこの勢力だろうか。孤立無援の共和派か、勝つ見込みがあって、尚且つ東大陸帝国との繋がりの深い国粋派か。
あるいはどこの勢力にも与さず、第4の勢力を打ち立てて侵略してくるのか。これ以上内戦が泥沼になってしまうのは困るな……。
マヤさんも同様の推論をしているのか、徐々に眉に皺が寄っている。あまりそれやると皺が残りますよ。もうマヤさんも若くないんですから。いやまだマヤさん20代前半だけど。
「ユゼフくん。もしリヴォニアが王権派と敵対する勢力に積極的に支援を開始したら、どうする?」
「……王権派を見捨てます」
酷な話だが、実現するかわからないカールスバート第二王政を守るためにシレジア王国を危険に晒すことはできない。損害が大きくならないうちにさっさと撤退するのが吉だ。
いや、あるいはオルミュッツ要塞を国境にしてカールスバートを分割統治するという手もある。
そうすれば、少なくともシレジア王国はカルビナ方面においては侵略を気にする必要はなくなるから、コバリに戦力を集められる。
ヴラノフがこちら側の勢力下になればオストマルクとの交易も捗るし、それだけできれば黒字だろう。
「と言っても、これもまだ仮定の段階ですけどね。現状ではリヴォニアが積極介入してきたという話もありませんし」
「そうだな。これ以上議論を積み重ねても机上の空論にしかならないな」
とりあえずこの問題も保留、と。
……結局マヤさんに相談しても保留の連続で何も解決してないなぁ。いや、悩みを打ち明けた時点で結構身軽にはなるからそれは助かるのだけど。
「で、最後の悩みは?」
「あぁ、そうでした。3つあるって言ったんですよね私」
すっかり忘れてた。話終わらせるところだったわ。マヤさんもそれがおかしいのか、くつくつと笑っている。
「自分の言ったことを忘れるな」
「すみません。それで最後の悩みなんですけど……ちょっと個人的なものなんです」
「というと?」
「あのー、そのー……。サラの様子が最近変でして」
俺がそう言うと、マヤさんの顔が固まった。たぶん国がどうの戦略がどうのの話をしていたのに急に話しのレベルが下がったからだろう。
「……あー、詳しく言ってくれ」
「はい。と言っても詳しくは俺も知らないんですけどね。俺がサラに話しかけようとすると、どこかへ逃げてしまうので……嫌われたのかなって」
サラがそういう態度に出るのはこの6年で初めてのことだ。だいたい殴るか蹴るかだったのに、まさか逃げるとは。逃げるにしても殴る蹴るをしてからだったし、なんだろう、俺と顔を合わせるのが嫌になったのかな……。
俺がそんな風にしょぼくれていると、マヤさんはポンポンと肩を叩いた。
「ま、そう言うときもあるさ」
「……はい」
そういう慰めはいらないです……。
 




