オルミュッツ要塞攻略作戦 ‐激突‐
俺の当初の作戦では、さっさと要塞を落として戻ってきた要塞守備隊を撃滅する、という算段だった。兵力が足りないかもしれないから、伝書鳩なり伝令なりでカルビナに増援要請をすれば、要塞守備隊を前後より挟撃できただろう。
でも、この作戦は失敗した。残りの守備隊の抵抗が思ったよりも堅固だったこと、出撃した守備隊が戻ってくることが予想外に早かったこと等によって、逆に俺らエミリア師団が挟撃される危険性がでてきた。
どうやら俺は「敵は雑魚」という前提で作戦を組んでしまったのかもしれない。思えば、フレニッツァでも敵の強力な反撃を受けてしまったし、俺もまだまだだ。とりあえず「戦術の先生」という称号は捨てた方が良いかもね。
「殿下、作戦変更です。戻ってきた敵部隊を迎撃しましょう」
俺がそう提案すると、エミリア殿下は少し不安げな顔をした。
「しかし、それでは要塞に背を向けることになります。背後を要塞残存部隊に襲われる可能性がありますが?」
「マヤさんの剣兵隊を、攻略ではなく敵の足止めに用います。兵力が足りないようでしたらもう1個大隊を要塞に残しましょう。それくらいいれば恐らくは大丈夫です」
「それでは、こちらの戦力が減ります。敵部隊9000に対し、我らは先の会戦で失った戦力と要塞に残す戦力を引くと6000強しかありません。これでは不利です」
エミリア殿下の言う通り、実際数の不利は痛い。
何だっけ、ランチェスターの法則って確か「戦闘力は兵員数の2乗」だっけ? それだと彼我の兵力比が9:6だとすると、戦力比は81:36になる……とかなんとか。それが当たっているかどうかはわからんが、そうでなくても防衛は難しいのは確かだ。
だが、まだ勝ち目はある。
それが、先ほど戻ってきた索敵班からの情報だ。
「敵の戻ってくる戦力は1個連隊の騎兵です」
「……それならば、数の差はこちらが有利……いやしかしそれでも、騎兵突撃が怖いですね」
さすがエミリア殿下。理解が早い。
こちらの戦力は、およそ6000。その内、索敵行動に出ていない第3騎兵連隊の残りが2000で、騎兵に対して絶大な防御力を誇る槍兵が3000。残りの1000が弓兵や魔術兵、軍医や治癒魔術師などだ。
騎兵に対しては槍兵、でもこの場に居る槍兵は3000。これで騎兵3000の突撃を完全に吸収できるかと言えば微妙だ。でも……。
「これを撃滅できれば、要塞に残っている敵守備隊の戦意を削ぐことができるでしょう。増援が目の前でやられるのですから」
「……撃滅、ですか。何か手があるのですか?」
「あります」
俺は、思いついた手をエミリア殿下に話す。少し博打な手な気もしたが、成功すれば損害は無視できるほど小さいものとなるだろう。
そしてその提案は、エミリア殿下の承認を得て実行に移された。
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15時20分。
クドラーチェク少将が直接指揮する騎兵連隊は、ついにその視界にオルミュッツ要塞と敵部隊を視認した。
彼の目には、火の手が上がったオルミュッツ要塞と、そしてその手前に展開する敵野戦軍4000ないし5000が見えたことだろう。彼我の距離は約4000。彼らが乗っていた馬の疲労の限界は近かったが、敵の防御が薄いことを見抜いたクドラーチェクは、すぐさま決断する。
「敵は手薄だ、このまま正面突破する! 全騎、突撃ィ!」
部下たちは一斉に馬の腹を蹴る。強行進撃を繰り返していたこの部隊は疲労も溜まっていただろうに、クドラーチェクの適確な統率によって見事な戦列を組んでいた。その戦列は上空から見れば「Λ」の形であり、突撃に最も向いた「偃月陣」と呼ばれているものである。その「Λ」の先端に、クドラーチェクが居た。
彼は猛然と敵に突撃し、凄まじい勢いで距離が詰まっていく。そして距離が2000まで詰まった頃、敵に動きがあった。
この時エミリアは、旗下の部隊に命令を発した。
「弓兵隊、前進せよ!」
その命令に従い数百名の弓兵が、槍兵の前に出る。
クドラーチェクは一瞬その動きを訝しんだが、すぐに「遠距離攻撃によって突撃力を弱めようとしている」という結論を出した。実際、それは戦術的には正しい行動である。しかし彼の見た所、弓兵の数は少なく、実際にその通りだった。これでは投射できる矢の絶対量が足らず、魔術による支援攻撃を足し合わせても十分に突撃力を弱めることはできないだろう。
彼はそう判断すると、部下に再度呼びかける。
「臆することはない! このまま進め!」
クドラーチェクは弓兵の一斉射撃に備えつつ、さらに突撃する。だが彼が弓兵の攻撃に注意を割いたために、別の方面でも敵が動いていたことを彼は見逃してしまった。
彼から見て左翼前方、つまり南西方向から敵の騎兵が突撃してきたのである。
それはエミリア師団の精鋭部隊、第3騎兵連隊だった。彼らは、突撃の為に長い縦列となったクドラーチェク騎兵隊の横っ腹を突こうと、猛然と駆けていた。
クドラーチェク騎兵隊が第3騎兵連隊の存在に気付いたのは、不運なことにエミリア師団弓兵隊の有効射程圏内に入った時だった。
「放て!」
エミリアの号令と共に数百本の矢が飛翔し、急角度で落下する。それらは第3騎兵連隊の突撃に一瞬怯んだクドラーチェク騎兵隊に容赦なく矢が降り注いだ。そしてエミリアは間髪入れずに初級及び中級魔術の斉射を命じた。
その結果、クドラーチェク騎兵隊の突撃力が一瞬弱まる。第3騎兵連隊の連隊長ミーゼル大佐は、その瞬間を見逃さなかった。
「今だ!」
彼は短く部下に声を掛けると、さらに馬の速度を上げ、そして敵の側面に突撃することに成功した。
この時の、速度の乗っている騎兵隊同士の衝突はまさに圧巻だったであろう。爆音にも似た衝撃音は、エミリア師団の各員の鼓膜を響かせ、友軍であるはずの第3騎兵連隊に対する恐怖をも覚えた。
そしてその恐怖は、第3騎兵連隊に無防備な側面から突かれたクドラーチェク騎兵隊の方がずっと大きかっただろう。
彼の部隊は、その一撃によって一瞬にして瓦解した。混乱に陥ったクドラーチェク騎兵隊は、エミリア師団歩兵隊の突撃を受け、各個撃破される。分断され、速度を失った騎兵など最早敵とはならない。
エミリアの命令により、容赦ない残敵掃討が行われる。
そして16時丁度。クドラーチェク少将以下、国粋派騎兵3000がここに全滅した。
またこの壮絶な殲滅戦を、要塞の監視塔から見ていたハルバーチェク大佐以下要塞守備隊およそ1000は、まだ遠くにクドラーチェク師団の生き残りが居たのも拘わらずその戦意を喪失。
その結果、要塞守備隊は降伏の意思をエミリアに告げ、そしてハルバーチェク自身は中央指令室にて自害した。
12月3日、17時のことである。




