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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
206/496

オルミュッツ要塞攻略作戦 ‐激闘‐

 12月3日9時40分。


 マヤ・クラクフスカ大尉は剣兵1000名を率いて要塞内を進撃する。と言っても要塞は狭く入り組んでいるため1000名が一塊になって行動することはできない。


「第2中隊は中央指令室、第3中隊は北門、第4中隊は南門、第5中隊は西門を制圧。第1中隊は私と共に戦術級魔術師を捕える。質問は? ……よし、ならば各自作戦行動に移れ!」


 マヤは手早く部下に指示し、各中隊はそれぞれの任務を帯びて要塞の制圧にかかる。

 彼女が直接指揮するのは剣兵1個中隊200名。任務は彼女自身が先ほど言ったように、戦術級魔術師の捕縛である。


 戦術級魔術師の存在は、大陸においては貴重だ。

 彼らは、野戦において活躍する上級魔術師以上の訓練を必要とするため、育成に莫大な費用が掛かる。問題なのは、育成した者全員が戦術級魔術師と足り得ない点にある。これは才能の差、と言っても良い。そして、どこの誰がその才能を持ち得るのかの判断は難しい。

 そしてその戦術級魔術師を揃えられたとしても、戦術級魔術は発動条件の難しさから拠点防衛にしか使えない。


 そのため国家財政に余裕がなく、国土全体がほぼ平原で要塞の重要性が低下しているシレジア王国では戦術級魔術師の育成は行っておらず、大国でも積極的に戦術級魔術師を拡充しているわけではない。

 結果、戦術級魔術師の価値は黄金や金剛石ダイヤモンドよりはるかに貴重となるのだ。


 それを捕縛、そしてあわよくば王権派に寝返らせることが出来れば万々歳である。

 だがもしこちら側に恭順しない場合、歩く兵器とも言える戦術級魔術師は殺すしかない。


「問題は、本当にこの要塞に戦術級魔術師がいるのか、いたとしたらどこにいるかだ」


 上級魔術以上の魔術の射程は、魔術師の視界に依存している。魔術師が見える範囲であれば、それは射程範囲内である。もっとも魔術は距離によって減衰するため、見えていても届くだけ、という場合が往々にしてある。

 つまり有効射程と最大射程がほぼ一致する地点がギリギリ見える高さの場所に、戦術級魔術師が居るのである。


 マヤはそれを思い出し、彼女の脳内でその距離と高さを計算する。そして先ほどまで居た場所から見えたオルミュッツ要塞と比較し、具体的にどこにいるかを判断する。


「よし、私に続け!」


 マヤ率いる剣兵200名は、要塞内を駆けた。

 だがこの要塞には、彼女にとって思いもよらないことが起こっていた。


「……クソッ!」


 要塞内部の構造が一部、完璧に記憶したはずの地図と全く異なるのである。




 一方、シレジア王国軍が要塞の制圧を始めたのとほぼ同時刻、要塞を出撃したクドラーチェク少将は、要塞から約1日進撃した地点に到達したときに違和感を感じた。


「……妙だな」


 彼の呟きに対し、真っ先に反応したのはクドラーチェクの副官、サムエル・ネジェラ大尉である。


「妙、とは?」

「戦闘音が聞こえない。戦場であるバレノフ山まであと半日の距離であるのに、それが全く聞こえないのは妙だ」

「……確かに」


 戦闘とは、総じて騒音を伴うものである。

 魔術の着弾音、馬が地面を蹴る音、兵士の雄叫び、悲鳴、突撃ラッパ、ありとあらゆる音が戦場を覆い尽くす。


 それがないということは、考えられる理由は2つ。

 1つは待ち伏せ。そして2つ目は、


「……クソッ、私としたことが、敵にまんまと乗せられたのか!」

「閣下!?」

「直ちに部隊を反転させ、要塞に引き上げる! 敵の目的は、オルミュッツ要塞だ!」




 12時30分。


 オルミュッツ要塞北東の森林において索敵行動をしていたエミリア師団第3騎兵連隊所属のルネ・コヴァルスキ曹長は、オルミュッツ要塞に引き返す国粋派をその目に捉えていた。


「隊長!」


 コヴァルスキは、傍に居た上司、すなわちサラ・マリノフスカ少佐に報告をする。だが彼女も敵が突進してくるのを確認していた。彼女が覗く単眼鏡のレンズには、平原を爆走する騎兵1個連隊の姿が見えた。


 クドラーチェクの意図は明確だった。敵、即ちエミリア師団が自分の部隊を発見し何らかの対抗策を取る前に動くことで、エミリア師団の戦術的選択肢を狭めようとしたのである。

 そのためクドラーチェクは、数の不利を承知で、自らが先陣を切って騎兵隊を統率、進撃していたのである。


「ユゼフの作戦が敵にばれたわ。急いで報告しないと」

「報告と言っても、馬では間に合いません!」


 敵が騎兵で爆走している以上、如何に馬術を極めているサラであっても敵騎兵との相対速度は0にしかならない。サラが要塞に辿りついている頃には、敵騎兵も要塞周辺に展開を終えているだろう。それでは意味がない。


「なら、信号弾を上げるしかないわね」

「しかし、それだと我々の位置が敵に悟られてしまいます!」

「構うことはないわ。敵にとって大切なのは要塞の死守で、私達みたいな雑魚に構うことじゃない。そうでしょ?」

「そう、ですが……」

「じゃ、コヴァ。あんたは水球ウォーターボール3発を上空に。私は火砲弾イグニスキャノンを上げるわ」


 サラが指示した信号弾の意味は「総員、即刻撤収せよ」と「敵襲」である。要塞が遠くにある関係上、強い光を放つ火砲弾イグニスキャノンでなければ要塞に敵襲の報告は届かない。サラはそう考え、そして詠唱を始めた。




 同時刻。


 オルミュッツ要塞の防衛を任された国粋派のハルバーチェク大佐は、防御指揮官としての手腕を思う存分発揮していた。


「北門、西門、南門は放棄。全守備隊は中央指令室を全力で死守し、友軍が戻ってくるまでの時間を稼ぐ。クドラーチェク閣下が戻ってくれば、我々の勝利だ!」


 彼は残っている要塞守備隊1000名の兵を1ヶ所に集め、徹底した防御戦を行う。

 敵要塞攻略部隊が各施設の要所を抑えるために兵力を分散させていること、要塞内部の構造を完全に把握していないこと、そしてハルバーチェクがここの要塞司令官に信頼されるほどの堅実な手腕を持っている男だったことから、彼は効率よく敵を撃退していった。


 実を言えば、この要塞には戦術級魔術師は配備されていなかったのである。そのため居もしない戦術級魔術師を探す1個中隊は完全に遊兵となり、攻略部隊の戦力は更に制限されている形となっていた。


 そして、部下からある報告が入る。


「大佐殿! 北東の森林地帯にて『火砲弾イグニスキャノン』を視認しました!」

「敵の信号弾か!?」

「おそらくは!」


 火砲弾イグニスキャノンが意味はどの国でも同じ「敵襲」である。敵がその「敵襲」の信号弾を撃ち上げたということは、彼らにとっては「増援の到着」を意味していた。


「北の森林地帯からこの要塞までは、騎兵で数時間の距離だ。なら、行ける!」


 この時点でのハルバーチェク率いる要塞守備隊の戦死傷者数は合計で僅か28名。彼がこのまま防衛をし続ければ、クドラーチェクの来援を得るまでに持ちこたえることは確実だった。




 12時32分。


 正門を含めた要塞各門を完全に制圧したシレジア王国軍は、つい数分前まで勝利を確信していたが、哨戒部隊から放たれた「火砲弾イグニスキャノン」によって浮足立っていた。


「殿下、申し訳ありません。想定外に早く気付かれてしまいました」


 要塞攻略の作戦を立案した当本人であるユゼフは、上司であるエミリアに陳謝した。それに対してエミリアは、


「大丈夫です。今はそれよりも、対策を考えなければなりません。要塞の制圧も、だいぶ苦戦しているようですし……」

「そのようですね」


 この時、ユゼフは予想外の連続で混乱していたかもしれない。要塞内に1個大隊の守備隊が残っていることは予想はしていたが、これほどまでに頑強な抵抗に遭うとは思ってもいなかったのである。フィーネから渡された要塞内部の情報が一部違っていた、という報告を受けたこともあり、その混乱に拍車がかかっていた。

 それと同時に、要塞と言う名の「あらゆる戦術に対して鉄壁の防御を施した、軍事学上の最高傑作」の恐ろしさを実感した。


「我ながら、敵を侮りすぎていたようだ。ラスキノ、フラニッツェ、そしてこの要塞守備隊が私の罠にかかったこと、全てが自分の思い通りだったことに、慢心していたんだな。まったくもってバカだな俺は」


 彼は誰にも気づかれないような小さな声で、そう呟いた。


「ユゼフさん……?」


 エミリアが心配そうに、彼の顔を覗き込む。だが、彼はその呟きとは正反対に、思いの外スッキリした顔をしていた。

 そして、思い切り自分の頬を叩いた。

 当然、周囲の者はその行動に驚いたが、彼はそんなこともお構いなしにエミリアに告げる。


「殿下、作戦変更です」

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