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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
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オルミュッツ要塞攻略作戦 ‐作戦開始‐

 バレシュ師団を完膚なきまで撃滅した後、俺たちはすぐに戦場の後片付けに入る。優先的に片付けをするのは、シレジア人の戦死体だ。

 というのも、シレジア王国が内戦に介入してきたことを悟らせないためだ。まぁ敗残兵が拠点に戻って報告するかもしれないが、それでも可能な限り証拠隠滅はしておきたい。証拠がなければ、敗残兵の証言が取り上げられる確率は減るだろうし。


「それで、戦死者の数は?」


 俺がエミリア殿下やマヤさんと一緒に今後の方針を練っていた時、後続の輜重兵部隊を率いて死体回収の指揮を執っているラデックからそんな質問があった。戦死者の数を正確に把握して、漏れが無いようににしたいのだろう。


「戦死583、戦傷1029」

「戦力が互角だったのに随分と少ないんだな」

「もっと少なくする予定だったんだけどね」


 損耗率15%。まぁ戦傷者はカルビナに戻って本格的な治癒魔術を受ければほとんどが戦線に復帰できるだろう。そう考えると損耗率は5%だけど、でも最後の最後で敵の頑強な抵抗にあったからなぁ……あれが本当に突破されていたら、どうなっていたことやら。


「それで、進捗はどう?」

「順調だな。進捗率8割ってとこだ」


 それを聞いて真っ先にラデックを褒めたのはマヤさんだ。


「さすがラデックくんだ。こういう妙な仕事は結構早い」

「……褒めてるんですかそれ?」

「褒めてるに決まってるじゃないか」


 いや褒めてるように聞こえないよマヤさん。どっちかというとバカにしてる。まぁたぶん彼女は本気で褒めてるのだろうけど。

 実際こういう仕事はラデックは効率よくこなすから結構助かる。そういう人材って結構少ないから貴重だ。大事にしなきゃね。


「んで、作業が終わったらカルビナに戻ればいいのか?」


 ラデックからそう問われたが、俺は即答できなかった。


「……それについて、エミリア殿下と相談してたんだけどね」

「戻らないのか?」

「ちょっと気になることがあってね」


 王権派の話によれば、ここから西北西にここらで最大の軍事拠点であるオルミュッツ要塞があるということらしい。もしここを落とせば、共和国東部は王権派が手に入れることになるかもしれないのだ。

 なぜなら、オルミュッツ要塞は共和国東部の国粋派各駐屯地の兵站を一手に引き受けている補給拠点でもあるから。つまりオルミュッツ要塞が落ちると、要塞の兵站に頼っている国粋派駐屯地も一網打尽になるのだ。これは大きい。


 そして俺らがさっきまで戦っていたのは、共和国でも英雄的な扱いを受けているバレシュ少将の部隊。それが壊滅したとなれば、要塞の混乱は大きいのではないか。その混乱が冷めやまぬ中、俺らが急襲したら勝てるかもしれない。

 となると問題は、要塞の守備隊か。


「エミリア殿下、報告が……」


 とやってきたのは情報担当のフィーネさんだった。いいタイミングで来たね。


「あ、フィーネさん。ちょっと良いですか?」

「? なんでしょうか、ユゼフ少佐」

「オルミュッツ要塞のこと、何か情報ありますか?」

「……丁度、その件について報告しに来たところです」


 マジか。フィーネさんさすがやで。


「捕虜からの情報です。オルミュッツ要塞には現在1個師団が守備隊として駐屯、指揮官はクドラーチェク少将とのことです。詳細はこちらに」


 そう言って、フィーネさんはエミリア殿下に報告書を渡す。俺もその報告書を脇から覗きこむが、かなり多くの情報を得られたようだ。


「……よくこんなに喋りましたね。オストマルクの情報士官は優秀で助かります」

「いえ、そんなことは……。それに、この程度の情報であれば、おそらくどこの国の人間がやっても集められるかと」

「そうですか?」

「えぇ。どうやら、国粋派は兵の教育に失敗してるようですから」


 フィーネさん曰く、国粋派の兵士たちは「捕虜になるくらいなら死ね」と言われているらしい。どっかで聞いたことある様な教育だが、そのせいで予想外の事態が発生しているそうだ。それが「捕虜になるのは嫌で死にたかったけど何かの間違いで生き残って捕虜になっちゃった場合の対処がわかりません」という問題だ。

 本来であれば「もし敵の捕虜になったらどうするべきか」という教育を必ず受ける。士官学校でも俺はそれを習ったし、捕虜になる確率が高い下級兵にも教える。勿論、だからと言って全ての情報を遮断することはできないけど、ある程度制限することが可能だ。


 でも、国粋派は精神論を掲げたばかりに、捕虜になっちゃった場合の教育をするのを忘れてしまったのである。その結果、


「捕虜はベラベラ喋りましたよ。ちょっと褒めてあげたらちょろいもんです」


 とフィーネさんが笑顔で言っていた。恐ろしい。いやでもフィーネさんくらいの美少女に褒められたら誰でもゲロってしまうんじゃないか? うん、なら仕方ないな。


 ともあれ、俺らはオルミュッツ要塞の子細な情報を手に入れることができた。


 俺らが今持っているのは、エミリア殿下が指揮する1個師団、要塞に関する子細な情報、そして捕虜だ。


「この捕虜を使って、要塞を落とします」


 俺はエミリア殿下に攻略作戦の概要を話したが、彼女は少し不安な表情をしていた。


「……大丈夫でしょうか? いえ、ユゼフさんを信頼していないわけではありませんが」

「あ、いえ。お気になさらずに。確かに私も不安ですから」


 でも、やってみる価値はある。

 失敗したところで、俺たちが何らかの損害を被るわけじゃない。「あー、やっぱ失敗しちゃったかー」で済むのだ。その後はカルビナに戻ってゆっくり対策を考えればいい。


 ちなみに、この作戦をサラにも話してみた。返ってきたのはこんな言葉だ。


「よくわかんないけど、ユゼフが考えたってことは成功するに決まってるわ」


 こういうこと言われると、それがお世辞であっても多少は自信がつくというものだ。




---




「バレシュ少将の部隊とは連絡がつかんのか!?」


 12月1日15時30分。

 共和国東部最大の軍事拠点であるオルミュッツ要塞は、元々オストマルク帝国がリヴォニア=オストマルク戦争の時に建設した要塞であり、幾度となくリヴォニア貴族連合軍の攻撃を跳ね返してきた。そしてカールスバートの独立と共に同国軍の支配下に置かれ、以後100年以上リヴォニア人はこの要塞に踏み入れていない。


 そして現在、そんな難攻不落とも言って良いオルミュッツ要塞は混乱の極致にあった。バレシュ少将率いる1個師団との連絡が、11月26日を境に途絶えたのである。

 内戦中であることを考慮すれば、連絡が途絶えた時点では敵と接触し戦闘中なのではとすぐに推測できる。だがそれから5日間も連絡がないとなると、残される可能性は1つ。即ち、バレシュ師団が全滅したということである。

 だがその推論を、オルミュッツ要塞司令官のヴァルトル・クドラーチェク少将は認められずにいた。共和国最年少という将来を嘱望されていたバレシュ少将が、国内最弱勢力である王権派ごときに、連絡員を送る余裕もなく全滅に憂き目に遭うなどあり得ないと考えたのである。


「司令官閣下、第17騎兵偵察隊より報告です。『フラニッツェにて大量の死体と放棄された装備を発見』とのことです」

「我らと敵と、どちらの被害が大きかったかわかるか?」

「……いえ。我らと敵の軍服が同じだったようで、判別は不可能だと」

「バレシュ少将の行方は?」

「それも不明です。ですが、現場に遺体はなかった模様です」

「そうか……」


 クドラーチェクとしては、まさに思案のしどころだった。

 要塞に駐留するのは1個師団およそ1万と、相当な戦力を有している。だが戦況がわからぬ以上、無闇に要塞を離れることはできない。だがもしバレシュがまだ生きて、そして何処かでまだ戦っているのだとしたらすぐに増援を出さなければならない。


 バレシュは、この国の元首であるエドヴァルト・ハーハから信頼されている将帥の1人である。そのような人物を見捨てた、ともしハーハ大将に言われてしまったら、自分の身はどうなるか。

 いや自分の身だけならばまだ良い。首都に置いてきた、否、首都に人質として置かれている自分の家族がどうなるかがわからない。裏切り者としてハーハから弾劾されれば、家族は先日起きた「魔女裁判」と同じ目に遭うのではないか。

 その恐怖が、クドラーチェクを迷わせていた。


 結局クドラーチェクは決断できず、さらなる偵察部隊を編成して情報収集に努めることに専念した。




 そして翌12月2日。


 クドラーチェクが待ち望んでいた情報が入った。


「バレシュ師団に所属していた兵が数名、戻ってきました」

「数名……?」

「はい。かなり衰弱していましたが、なんとか意識は回復したので情報を得ることが出来ました。彼らが所属していたのは副司令官トレイバル准将指揮する旅団でしたが、旅団は敵に包囲され降伏した模様です。彼らは降伏し、敵に身柄を拘束されそうになったところをギリギリで脱出し、ここまで戻ってきたようです」

「……そうか。それで、バレシュの方は?」

「叛乱軍から脱走した兵達が聞いた話によると、現在フラニッツェ北のバレノフ山中において敵3個師団に包囲されているとか」

「なるほど……その者たちには感謝せねばならんな」

「閣下、いかがなさいますか?」

「……すぐ近くで苦戦している味方がいるのだ、放っておくわけにも行くまい。すぐに増援を出さねばならんだろう」


 クドラーチェクが下したこの判断は、戦術や戦略と言ったものからは程遠いものだったかもしれない。彼の置かれた状況を鑑みれば、それは致し方ないことではあるが。


「わかりました。ではどれほどの部隊を出撃させますか? あまり多く出すと、要塞が手薄になりますが……」

「そうだな。だが多く残す必要はない。敵は3個師団だということだったな?」

「はい」

「王権派を名乗る反動主義者共は多くの戦力を有しているわけではない。確かに3個師団は予想外だったが、それ以上の軍人を養うのはカルビナの経済力だけでは不可能だろう」

「となると敵には予備戦力は殆どない、ということですね」

「そういうことだ。今敵は恐らくバレシュ師団を叩くのに全力を費やしている。まぁ、1個大隊もいれば十分守りきれるだろう。留守は……そうだな、ハルバーチェク大佐に任せる。そう伝えてくれ」

「了解です」


 こうして、12月2日の13時45分にオルミュッツ要塞から守備隊9000がクドラーチェク少将の指揮の下出撃した。3個師団相手に1個師団で立ち向かうのは無理なことだが、敵軍を奇襲し、それによって包囲を解いてバレシュを救い出すだけならば可能であると、彼は考えたのである。


 だが彼は、バレシュを助けることに夢中で重要なことを忘れていたかもしれない。逃げ出した部下が持っていた情報を精査するということを、である。

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