表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
203/496

フラニッツェ会戦

 王権派の拠点であるカルビナを攻略せんと動く国粋派1個師団、これを指揮するのはこの年29歳になるノルベルト・バレシュ少将である。

 16歳で大佐や少佐の身分となっているシレジア王国の若手士官と比べると見劣りするものの、それでもなお29歳で少将は異例の出世の早さと言って良い。事実、彼は共和国軍の中でもかなり若い将官であり、将来を嘱望されている共和国期待の英雄である。


 そんな彼の下に王権派の軍隊が動いたとの情報がもたらされたのは11月24日、部隊が共和国東部最大の軍事拠点であるオルミュッツ要塞に到着した時のことである。


「オルミュッツ要塞から東南東に2日の距離にあるフラニッツェに王権派が布陣してる模様です。数およそ5000」


 この報告を聞いたバレシュは勝利を確信しても良かったかもしれない。なぜなら彼が指揮する部隊の合計は1万で数に勝っている。普通ならば負けはしない。しかしだからこそ、バレシュは疑問に感じただろう。


「なぜこんなにも数が少ないのだ? 我々の進軍を予想しての布陣ならば、せめて同数を用意するのが順当だろうに」


 このバレシュの疑問にすぐに答えられる者はいなかった。なぜならば、王権派は内戦において最弱の勢力で、それ故に戦力の出し惜しみをしているのではないかと考えていたからである。

 バレシュは暫く考え込んだ。偵察部隊からの情報によれば、王権派が布陣する地点には川があるため防御のし易さで言えば確かに迎撃に適した地点である。だが、それを考慮しても数5000は余りにも少なすぎる。王権派は何か罠を仕掛けているのではないか、と彼は考えた。

 不自然な事態に疑問符を浮かべ、かつ慎重に考えるバレシュだからこそ、共和国期待の英雄と呼ばれるようになるのである。


 翌11月25日、彼の疑問を解決する助けとなる情報が偵察部隊よりもたらされた。


「王権派は2000の部隊を戦場北側の丘陵地帯に待機させている模様です」

「なるほど……そういうことか」


 バレシュは、王権派の意図するところを見出した。つまり5000の王権派本隊がバレシュ師団を抑えている間に2000の支隊が自軍の後背に回り込み挟撃する、という作戦を取ったのだと考えたのである。


「こちらの偵察隊は発見されたか?」


 バレシュは報告しに来た偵察部隊の隊長に尋ねた。それに対し偵察隊長の返事は明瞭で、即ち「いいえ」だった。つまりバレシュは敵に気付かれることなく、敵の作戦の要となる奇襲部隊を発見したのである。


「伏兵の存在が事前にバレてしまった以上、王権派に勝ち目はない。奴らはただでさえ少ない戦力をさらに分散させるという愚をおかしたのだ」


 そしてバレシュは作戦を立案した。

 部隊を5000ずつに分ける。1隊が敵本隊5000の動きを封じる間に、もう1隊が敵支隊2000を奇襲攻撃。しかる後に敵本隊の後背に出て挟撃する。

 このバレシュの作戦が成功すれば、味方の損害を少ないままに王権派の迎撃部隊を撃滅できるだろう。


「敵本隊を食い止める部隊は私が直接指揮する。敵支隊を攻撃する隊は副司令官トレイバル准将に任せよう。全ての偵察部隊が回収出来次第、出撃する」


 同日13時丁度、バレシュ師団は部隊を2つに分けて東に進軍を始めた。


 だがそれこそがユゼフの仕掛けた罠であることを、この若き共和国の英雄は身を持って知ることになる。




 11月26日10時30分。


 フラニッツェで国粋派を迎撃すべく布陣していたエミリア師団、その司令部に立つ作戦参謀兼参謀長ユゼフ・ワレサ少佐は半ば勝利を確信していた。だがそこで焦燥や慢心が禁物であることも彼はわかっていた。


 国粋派はユゼフの仕掛けた罠にまんまと引っ掛かった。

 偵察隊に気付かないふりをしていた支隊2000は既に場所を変え、事前に用意していた防御陣地に引き篭っている。ここらの地形に詳しい王権派幹部である人物から最も複雑な地形を有する場所に現在、支隊2000が布陣している。これであれば、勝てはしないまでも敵の奇襲部隊に対して長い間持ちこたえることができるだろう。


 そして支隊が時間稼ぎをしている間、敵に見つからないようさらに後方で待機していた第3騎兵連隊と合流した本隊8000が、敵本隊を撃滅する。


 ユゼフはエミリアに半ば作戦が成功したことを伝える。するとエミリアは


「さすが戦術の先生です」


 とユゼフを褒めた。

 彼自身は先生と言われるほど凄いことを考えたわけでもないと思っていた。エミリアも春戦争の時に有効な作戦を数多く立案し、そして東大陸帝国軍を追い出したことを考慮すると、そう思ってしまうのも無理ない事である。

 だがそんなユゼフの考えを余所に、エミリアは次の段階に移るために命令を飛ばす。

 そしてサラを始めとした第3騎兵連隊が本隊と合流した直後、偵察部隊より報告があった。


「敵影、発見!」


 途端、司令部に緊張が走る。そして一番早く口を開いたのはマヤで、彼女は威勢の良い声をこの場にいる全ての味方に伝える。


「総員、戦闘配置につけ!」


 マヤの号令と共に、味方は慌ただしく、しかし事前に言っていた通りの動きをする。その間にも司令部に続々と情報が入ってくる。


「敵は、フラニッツェの街道に沿って東に進軍中。距離8000、数およそ5000!」

「予想通りですね」


 エミリアは思わず笑みを浮かべた。何もかもがこちらの思い通りに事態が推移していたが、それは頼りになる味方に囲まれているからこそだと納得していた。一方の作戦立案者は思い通りに行きすぎて逆に不安がっていたようではあるが。


 間もなくして、エミリアらがいる司令部からも国粋派のバレシュの部隊が見えるようになる。


 この時、バレシュ少将は油断していた。それもそのはずで、事前に彼の下にもたらされた敵本隊の位置は、現在地より東に半日の距離にあるのだから。

 そのためバレシュ隊は街道を無防備に東進し、戦列が長く伸び切っていた。敵地でなければ問題とはならなかっただろうが、残念ながらここは既に戦場だった。


「総員、攻撃準備完了。いつでも行けます!」

「魔術兵隊に連絡。上級魔術の詠唱開始。詠唱終了後、敵陣形の中央部に向け一斉に集中攻撃してください。敵を前後に分断します!」

「ハッ!」


 エミリアがそう部下に素早く命令する中、ユゼフの隣に立って単眼鏡で国粋派の様子を見ていたフィーネが何かに気付いた。


「あれは……」


 フィーネはそう呟くと、鞄の中に入っていたひとつの資料を取り出す。彼女は手際よくページをめくり、そしてお目当ての物を見つけ出した。


「フィーネさん、どうしました?」

「ユゼフ少佐、これを見てください」


 そう言ってフィーネは、ユゼフに身体をくっつける形を取ってその資料を見せる。無論これは計算した動きであるのだが、戦場でそんなことに現を抜かす余裕があることが、既にこの戦いの趨勢が決まっていたことの証左であろう。

 もっとも、そのことについてはユゼフは気づいていない。そしてさらに言えば、彼の後ろに立って不貞腐れてるサラの存在にも気づいては居なかった。


 それはともかく、フィーネがユゼフに見せた資料には、あらゆる絵が描かれていた。ユゼフが不思議に思っていると、フィーネが単眼鏡を彼に渡し敵を見るように促す。


「敵が掲げている隊旗が見えますか?」

「えぇ。……そこに描いているのと同じ模様が見えますね。ということは……」

「はい。共和国軍少将ノルベルト・バレシュの部隊です」


 フィーネは、ユゼフから単眼鏡を返してもらいつつ、自分が知っている、いや正確に言えばオストマルク帝国が調べ上げた情報を彼に伝えた。


「ノルベルト・バレシュは共和国最年少の少将です。ハーハ大将と親交も深いようです。ですがそれを考慮しても、29歳で少将となると余程優秀なのでしょう」

「なら、そんな若き将軍に敬意を表して、共和国最年少の大将にしてあげましょうか。サラ!」

「な、なに!」


 突然呼ばれたサラは一瞬狼狽えたが、ユゼフはそんなこともお構いなしにサラに伝える。


「上級魔術発動後、薄くなった敵中央部に騎兵突撃をしてバレシュ隊を前後に分断してほしい」

「わかったわ!」

「頼むよ」


 ユゼフがそう言った瞬間、エミリア師団の上空が輝き出した。上級魔術発動直前特有の発光現象である。

 その光は当然、バレシュ隊も確認した。


「か、閣下! 上級魔術発動光を確認! 右翼です!」

「何!?」


 バレシュがその方角を見ると、既にそこには発動光はなく、代わりに自らの部隊に向かって突進してくる火系上級魔術「火神弾プロメテウス」があった。

 上級魔術の集中攻撃を浴びたバレシュ隊は一時的な混乱に陥った。バレシュはなんとかして態勢を整えさせ反撃しようとしたが、その前にシレジア王国最強の近衛師団第3騎兵連隊が勇猛果敢に突撃してきたのである。


「全騎突撃!」


 第3騎兵連隊連隊長ミーゼル大佐の掛け声と共に、近衛騎兵3000が突撃する。その圧倒的な破壊力を前に混乱したバレシュ隊が対抗できるはずもなく中央を突破されてしまった。

 前後に分断されたバレシュ隊は指揮命令系統にさならなる混乱をきたしていた。これでは組織的な抵抗など最早不可能で、分断された前半分の部隊に至っては戦列も何もなく潰走状態にあった。そこを第3騎兵連隊は容赦ない追撃を掛けたのである。


 その頃エミリアは、やや憮然とした顔をしていた。


「ユゼフさん」

「どうしました、殿下?」

「指揮官は私です。勝手に命令しないでください」

「あ、申し訳ありません。つい」


 ユゼフはあくまで参謀であり、命令権はない。にも拘らず、彼は勝手に第3騎兵連隊に突撃命令を掛けたのである。

 だがエミリアは憮然とした顔をすぐにやめて笑みを戻した。


「でも、ユゼフさんのことは信頼していますから。大丈夫ですよ」


 エミリアはそう言いつつ、バレシュ隊を追い詰めるべく次の命令を下した。


 11時15分。


 バレシュ隊の分断された前衛部隊およそ2000は、その半分を第3騎兵連隊によって打ち倒され、残りの半分は散り散りになって何処かへと逃げてしまった。

 一方バレシュが直接指揮する後衛3000は、エミリアが直接指揮する5000の部隊に後方を遮断されていたため逃げることができなかった。


 だがこの時バレシュは部隊の指揮命令系統の再編をほぼ終えており、部隊を密集させてエミリア隊の中央を突破し脱出を図ったのである。


「あと少し、あと少しで敵陣を突破できるぞ! 突撃だ!」


 バレシュが突撃命令を飛ばすこと4回、その度に鋭く巧妙な攻撃によってエミリア隊に対して強かに出血を強いた。エミリアはこれに対して、陣形を固めつつ少しずつ後退し敵の攻撃を受け流し、第3騎兵連隊の来援があるまで時間を稼ぐことに専念した。

 だがそれも、ノルベルト・バレシュという共和国最年少の少将にして期待の英雄の名に恥じない果敢な突撃の前に、ついにエミリア隊の戦列に亀裂が生まれた。このままバレシュが突撃すれば、撤退に成功しただろう。


 だがこれは、バレシュ隊の左側背に現れた部隊によって阻止された。

 エミリアの副官であり剣術の達人であるマヤ・クラクフスカ大尉が指揮する歩兵隊300名が、バレシュ隊に切り込んできたのである。


「エミリア殿下をお守りしろ!」


 マヤ率いる歩兵隊は戦場を迂回してバレシュ隊の後方に回り込み、そこで剣兵による切り込みを仕掛けて荒らし回った。その結果バレシュ隊に対し華々しい戦果を挙げるに至り、かつその動きを止めることに成功した。その間にエミリア隊はバレシュ隊によって開かれた亀裂を塞ぐことに成功したのである。


 これらは作戦参謀たるユゼフの献策によるものだったが、彼自体は「これはマヤさんが頑張った結果だから」と自らを過小評価していたようである。


 だがそのおかげでバレシュ隊の行き足は完全に止まり、そしてついには駆け付けた第3騎兵連隊に後方を襲われ、エミリア隊に完全に包囲されてしまったのである。

 そして11時55分。

 共和国軍最年少の少将は、ユゼフの宣告通り最年少の大将になってしまった。



 バレシュ隊を撃滅したエミリア隊は直ちに陣形と部隊の再編を行い、支隊2000を救うべく部隊を動かした。


 12時20分。


 分厚い防御陣を築いたシレジア王国軍支隊2000を前に攻めあぐねていたトレイバル准将指揮する国粋派5000は、エミリア率いる本隊8000に後方を襲われ包囲されてしまった。

 この時トレイバルは自らの敗北を認め、無駄な犠牲を出すことはできないとしてエミリア師団に降伏の意思を伝えた、トレイバルも負傷しながらも生きながらえ捕虜となった。


 こうして、王権派と国粋派の最初の会戦は、王権派の圧勝によって幕を閉じたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ