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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
202/496

出動

 11月16日。


 首都ソコロフから共和派を一掃し曲がりなりにも治安の回復に成功した国粋派は、首都以外の反政府勢力の鎮圧に動くことが決定された。


 第一目標は、首都から東北東の方向に100kmの地点にあるチェルニロフという地方都市。ここは共和派が占拠し、かつ首都から近いこともあって優先的に叩く必要があった。だが共和派は、先のレトナ国立公園の殲滅戦によって主要構成員と幹部が死亡したため統制が失われつつある。統制を失った集団など烏合の衆でしかなく、国粋派の敵とはなり得ない。


 となると、チェルニロフの次に落とすべき地点は自ずと決まる。国粋派のトップであるハーハ大将は、部下に命じた。


「カルビナを、不当な反動主義者共の手から解放する」


 王権派を叩き潰せば、国内にまとまった戦力を持つ敵は居なくなる。あとはじっくりと犯罪者を逮捕すればよい。そしてハーハは、信頼できる部下の1人であるノルベルト・バレシュ少将に、カルビナ攻略を命じた。

 彼が指揮する国粋派1個師団が首都ソコロフを発ったのは、11月18日10時20分のことである。




---




 11月20日。フィーネさんが国粋派に関する情報を持ってきてくれた。


「この状況下でよくわかりましたね」

「どうやら、かなりえぐい方法で共和派を弾圧してるようで国粋派から人心が離れているようです。おかげで情報提供者の数が増えました」


 フィーネさんが持ってきてくれた情報によると、11月15日に首都ソコロフの共和派一斉蜂起はほぼ全て鎮圧されたそうだ。だけど、共和派一掃の代わりに多くの市民が敵対とまでは言わないまでも、国粋派に対する不信感を募らせているようだ。

 まぁ、元々軍部独裁の恐怖政治で国を纏めてるから、今さら人心が離れても問題ないと判断したのかもしれない。内戦が早く終われば、反抗的な連中をゆっくり減らすことも出来るしね。


 つまり俺らがやることはハーハ大統領の向う脛に思い切り蹴りを入れて、市民蜂起を促し泥沼化させることだ。いくらド外道の国粋派と言えど、そう簡単に民衆虐殺をするわけにはいかないからな。


「それともうひとつ。国粋派の軍隊およそ1万が11月18日に首都を出発、カルビナに向け行軍している模様です。首都からカルビナまでの距離と国粋派の行軍速度からすると、12月1日までにはカルビナに到着する計算ですね」

「いよいよですか」


 俺らは共和派の蜂起と国粋派の長距離行軍のおかげで、王権派には合計1ヶ月の準備期間が与えられた。その間にカルビナ周辺の地形などの情報もだいぶ集まったし、なにより兵の士気も高まっている。

 さて。エミリア殿下に相談して、迎撃作戦を練りますかな。




 そして同日14時10分。

 王権派が司令部を設けているカルビナの初等学校に、エミリア師団の幹部及び王権派司令部の面々が集まって会議を始めた。ちなみに初等学校の窓は割れてないのはちゃんと確認したよ。


「敵が動いた、となればこれを迎撃することについては皆異存はないと思う。問題はどう戦うかだ。それを決定するために、今回の会議を開くこととなった。皆それぞれ立場は違うが、遠慮せずに発言してほしい」


 とのカレル陛下の言葉によって会議が始まる。

 これに続いたのは、王権派幹部の1人で共和国軍少佐のシュラーメクだった。


「進軍してくるのはたった1個師団だと言う。それに比べ我が王国軍は3個師団、シレジア王国からの援軍を含めれば4個師団! 恐れるに足らず! 全力で出撃し、国粋派の連中にどちらに正義があるかを教えてやろうぞ!」


 シュラーメクがそう言うと、彼の傍に居た他の王権派幹部も便乗して「そうだ!」「少佐の仰る通りだ!」とか言い出した。うん、なんだこの野蛮な連中。頭が痛くなる。シュラーメクもよくそれで少佐になれたな。


「シュラーメク少佐の意見は机上の空論です。全軍で出撃すれば、このカルビナが空になります。それを国粋派が黙って見ているとお思いですか?」


 俺がそう言うと、シュラーメクは気まずい表情をした後その場でストンと座った。ちょっと面白い。


「これだからシレジア人は……」


 うん、今それ関係ないよね。でもシュラーメクを始めとした王権派幹部達は俺たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で悪口を言い合う。


「どうせ負けそうになったら逃げるに決まってる」

「自国の話じゃないから真剣味に欠ける」

「所詮は外国人だ」


 あー、懐かしいな。こういうの。確かラスキノ独立戦争の時にも似たようなことはあった。国は違っても考えることは一緒なのかね。

 なんだかもう「こんな奴の為に俺ら戦わなければならないのか」って思うと戦意が下がる。いや俺の戦意が下がるだけならまだしも、下級兵士たちまでそう思われたらまずいなぁ。

 だけど彼らは悪口をやめない。むしろ声量を徐々に上げていき、公然と俺らを非難するような形になっている。


「しかもなんだ、あの女。16歳で大佐だと?」

「どうせ王族だなんだで優遇されてるだけのへっぽこだろ」

「それにリヴォニア人までいやがる。俺らを迫害していたリヴォニアの貴族様らしいじゃないか」


 彼らの悪口がエミリア殿下やフィーネさんに対する個人的なものに移った瞬間、俺の右隣に座っていたサラさんが机の下で拳を握った。たぶんこのままだと、数秒で机に拳を叩きつけて彼らを怒鳴り散らすだろう。

 でもそんなことをしても不和を広げるだけだ。ここは自制してもらわないと。

 そう思い、俺は彼らに悟られないようそっとサラの拳を握る。すると彼女はこっちを向いて、そして怒りで頬を赤らめながらも何かを悟ったかのように落ち着きを取り戻した。よしよし。サラもようやく自制心というのをわかってきたね。


 一方、悪口を言われたはずのエミリア殿下とフィーネさんは表情を崩さない。まるで「私その言葉聞こえてません」というような態度だ。それも彼ら王権派幹部にとっても癇に障る行為だったかもしれないが、それを彼らが追及する前に、この場で最も高位な人物が怒りを顕わにした。


「何をやっとるか、貴様ら!」


 カレル陛下のその怒号は、初等学校のガラスをビリビリと振るわせるほどの破壊力があった。やめて、窓割れちゃう。心がぞんぞんしちゃう。


「彼女らシレジア人兵たちは我らの要請でここに来ている。であれば客人として遇するのが礼儀であろう! にもかかわらず、客人を公然と罵倒するとはどういう了見か!」

「も、申し訳ありません!」


 シュラーメクら幹部は口々に謝罪を始めたが、カレル陛下の怒りは暫く収まらない。そんな陛下に対して、シュラーメクらの悪口に便乗しなかった見た目穏健的な共和国軍士官がとりなしを試みた。


「で、ですが陛下。彼ら外国軍に対して一部の将兵が不審を抱いているのもまた事実。特にそこにられるリヴォニア人貴族がそうなのです。彼らはかつて我々ラキア人を、それがどんな人間であろうとお構いなく迫害致しました。それ故、また同じことが起きるのではないかという危惧があるのです」

「ほう、可笑しな論理だな。リヴォニア貴族が誰彼構わずラキア人を迫害するのはダメで、我らラキア人がリヴォニア貴族を誰彼構わず罵倒するのは仕方がないと申すのか」

「い、いえ、それは……」


 ……ふーむ。王権派に味方するときにずっと気になっていた「次期国王がもし暴君だったら」という懸念は心配する必要もなさそうだ。カレル陛下は賢君や名君でないにしても、少なくとも暗君や暴君と呼ばれる人間ではないと思う。

 カレル陛下は今、暴走する幹部をその口先だけで抑えることに成功した。もしかしたらカレル陛下は優秀な人間かもしれない。


「……数々の非礼を詫びる。この通りだ」


 そう言うと、カレル陛下は迷いもなく俺らに頭を下げた。一国の王となるかもしれない男が、あっさりと頭を下げたのだ。そんな光景を見て、さすがにエミリア殿下も戸惑った。


「い、いえ。気にしていませんので……」


 エミリア殿下の返答を聞いたカレル陛下は頭を上げると、少し笑みを浮かべていた。

 嫌な顔せず、悪いことだと思ったら素直に頭を下げる王、か。結構良い人かもしれない。




 一連の謝罪劇が終わると、会議は元の話題に戻る。進撃してくる国粋派1個師団、これを如何にして止めるかが今回の議題だったが、それに関してエミリア殿下がこんなことを言った。


「カレル陛下。此度の戦い、我が王国軍にお任せください」

「……貴国の軍隊、1個師団だけで迎撃すると?」

「はい、そうです」


 エミリア殿下は毅然と言った。

 たぶん、エミリア殿下が意図することは先ほどの王権派幹部の悪口にも関連することだろう。つまり「シレジア人が信頼できる人物だと証明するために、先陣を切る」ということだ。

 そんな事情を汲み取ってくれたのか、カレル陛下はエミリア殿下の提案を聞き入れてくれた。


「わかった。そちらに任せよう。必要とあらば、こちらから人員も貸し出す」

「ありがとうございます、陛下」


 こうして迎撃作戦案は決まった。と言っても、エミリア師団が迎撃の任に入るということだけだ。具体的な作戦案はこれから、つまり俺が考えるということになるだろう。

 そうだな、とりあえずこの辺の地理に詳しい人を貸してくれるようカレル陛下にお願いして……。

 と俺が作戦を考えていた時、右隣から声がした。


「ねぇ、ユゼフ」

「ん? あぁ、サラ。どうした?」

「い、いや、あの、大したことないんだけどさ……」


 彼女は頬を赤らめつつ俯いている。そしていつもの彼女らしくない小さな声で、俺に言った。


「あの、そろそろ手離してくれると嬉しいんだけど……」

「……あっ」


 王権派幹部の陰口が始まった時にサラを抑えるために彼女の拳を握った。そして、どうやら俺はカレル陛下の謝罪を受け場が静まった後、そのことを忘れてしまったのだ。サラの方も会議中に俺に掴みかかるようなことは、先日のこともあって自重した。そのため会議が終わるまで指摘できなかった、と。うん。


 俺は急に恥ずかしくなって慌てて手を離し、暫くの間サラの顔を見ることができなかった。


 かくして、11月20日の会議は終了した。




 そして11月22日。

 俺の立案した作戦計画に則り、エミリア師団が国粋派1個師団を迎撃の任を帯びてカルビナを離れた。


 これが国粋派と王権派が、初めて戦場にて対峙する戦いになるだろう。

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