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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
201/496

共和国最悪の日

 大陸暦632年に勃発したシレジア=カールスバート戦争。その戦争における主戦場は2ヶ所で、ひとつはシレジア南西部国境付近にあるコバリの町。

 激戦の地であるコバリは戦闘の影響で町が消滅し、かつ両軍合わせて2万の将兵がその地を墓に選んだ。いや、正確に表現すれば「選ばされた」と言った方が良い。彼ら自身の自由意思で自らの墓穴を掘ったわけではないのだから。


 そしてもう1ヶ所が、カールスバート共和国領北東部に位置する国境の町カルビナである。

 ここは、コバリと比べて戦闘が小規模だった。侵攻する側である共和国軍に不利になる地形で、それに両国の首都から離れていたために戦略上軽視された町だった。そのため、両軍の死者はたった(・・・)3,000人足らずで、町も辛うじてその姿を保っている。


 コバリの惨劇がクローズアップされる度、カルビナは人々の記憶から消え去っていく。今やその記憶を語り継ぐ者は、町の入口近く、目立たない場所にひっそりと、誰が建てたかわからぬ小さな慰霊碑のみである。


 そんな町に、カールスバート王権派の拠点がある。




---




 11月15日。エミリア師団がカルビナに到着した。


 エミリア殿下を始めとした俺ら士官は小さな慰霊碑に黙祷を捧げた後、カルビナにある王権派司令部に向かう。

 そのついでにカルビナの町の様子も観察していた。カールスバートは内戦中。首都から離れた国境の町と言えど、廃墟が多くて道行く人々は陰鬱な表情をしているのではないか……という懸念はあっさりと打ち砕かれた。


「思いの外活気がありますね」


 と、エミリア殿下が一言。マヤさんもそれに同調した。


「確かに。とても内戦中だとは思えません。行きかう人々には笑顔も見えます」


 マヤさんの言う通り、カルビナには陰惨な雰囲気はない。首都ソコロフでは共和派の一斉蜂起があってかなり悲惨なことになっていると聞いていたから、流石にこの町の雰囲気に鼻白んだ。

 一方、俺らを先導し司令部に案内してくれている、もしくは監視している王権派の幹部であるアレシュ・シュラーメク共和国軍少佐は胸を張って高らかに声を上げる。


「これも、カレル陛下の統治の賜物です!」


 シュラーメク少佐はカレル陛下の政治手腕やら政策の妥当性を強調し、その手腕が共和国全体に及べばカールスバートに更なる繁栄と栄華をもたらすだろう、とか何とか言ってた。

 だが、クラクフスキ公爵領をずっと俯瞰的な視点で見てきたウチの補給参謀の意見はどうやら違うようで、傍に居た俺とフィーネさんにだけ聞こえるような声で呟いた。


「……シレジアと国境接してるからだと思うけどな」


 つまるところ、カルビナは町の規模が小さいクラクフスキ公爵領だということだ。シレジア王国と国境を接して交易の拠点として発展している。それがこの活気の良さの証拠だという。

 そしてエミリア師団に情報を提供する立場にあるフィーネさんが、このラデックの説を更に後押しする情報をくれた。


「我が帝国大使館から送られてきた情報によりますと、どうやらカルビナ以外の国境の町は国粋派が牛耳っているようです。そして国粋派は、他国が内戦に介入して来るのを嫌い、全ての国境を封鎖しているようです」


 つまり、カールスバートに残された最後の交易拠点、それがカルビナになってしまったのである。なるほど。カールスバートからクラクフスキ公爵領に亡命してくる人が多かった理由は、他に行き先がなかったからなのか。

 しかし、国粋派以外が唯一持っている国境の町か……。


「となると、この町は危険だ」


 俺がそう言うと、ラデックとフィーネさんが強く頷いた。


 国粋派から見れば、最後の国境の町である。ここを潰せば王権派と共和派は外国からの支援を受けることが出来なくなり、遠からず飢えて死ぬ羽目になる。そんな町を、国粋派が無視するはずがない。今はソコロフの一斉蜂起直後で手が回らないだろうが、いずれこの町に軍隊を派遣して来るだろう。


 とりあえず王権派司令部と協力して、この町の防衛計画策定と国粋派の情報収集をするか。




---




 ユゼフらがカルビナに到着した11月15日、その日は共和派にとって最悪の日として人々の記憶に残る日となろう。


 去る10月29日。共和派は首都ソコロフで一斉に蜂起した。その日だけで市内の78ヶ所から火の手が上がり、混乱した国粋派に対してゲリラ的な戦いを挑んだ。10月29日から11月7日までの7日間で国粋派の戦死は1万超え、一方の共和派の被害は500弱だった。

 だが11月8日、国粋派で暫定大統領エドヴァルト・ハーハ大将の腹心として知られる共和国軍少将ヘルベルト・リーバルが直接指揮を執るようになると、次第に共和派は劣勢に立たされていった。


 リーバルは、まず首都以外の地域から兵力を引き抜いて首都の共和派を全力で叩き潰すことから始めた。そして集めた兵力を使って、市内各所で立て籠もる共和派の拠点をひとつひとつ丁寧に潰して行った。

 しかしそれだけでは不十分だと、リーバル少将はわかっていた。


「共和派はシラミの親戚だ。潰しても潰しても、またすぐに湧いてくる。共和派シラミを絶滅させるためには、ひとつひとつ個別に潰していては非効率極まる」


 と言うのは、リーバルが彼の参謀に放った言葉とされる。

 共和派がソコロフ市内に何ヶ所の拠点を持っているのかについては、治安機構の殆どを掌握している国粋派と言えどすべて網羅しているわけではなかった。市内78ヶ所から火の手が上がったこと、そしてリーバル少将が言ったように共和派は市内各所からシラミのように湧いてくることから考えると、それは相当な規模になるに違いなかった。


 そこでリーバルはまず、3ヶ所の拠点を大規模な魔術攻勢によって区画ごと破壊した。当然、共和派はこの魔術攻勢の非人道性と残虐性を声高に叫んだが、リーバルはそれを意に介さず、次の手を打った。


 11月9日。3ヶ所の魔術攻勢時に捕虜となった共和派構成員に、こんなことを言ったのだ。


「私に協力すれば、お前の罪は問わない。家族や恋人にも手は出さない。それどころか、今後の生活と安全を永遠に保障してやっても良い」


 無論このような甘言に乗るような人間は、最初から国粋派に楯突こうなどとは思わない。それができない者は皆口を閉ざし、無言の内に国粋派に協力しているのである。

 だが共和派の全ての人間が、あらゆる精神攻撃に耐えられる勇者であるはずがなかった。


 リーバルは、共和派のシェラークという男にこんな与太話をした。


「そう言えば、レフカーという女性を知っているか? ソコロフで1、2を争う美人だそうだ。だが残念なことに、首都に火を放った者の恋人であるらしい。レフカーも何らかの形で関わっていることだろう。逮捕しなければならないな。最悪の場合、処刑されるかもしれない」


 それは古典的な論法だったかもしれない。「恋人の命を助けたければ、協力しろ」と言うものである。だが、これだけで落ちるならば苦労はしない。シェラークという男も、蜂起前にレフカーと言う名の恋人に「君にも危険が及ぶ可能性がある」ことは伝えてあった。そしてレフカーもそれを承知し、「自分の身に構うな」と言ってくれた。

 世が世なら、それは美談として語り継がれることになるだろう。だが、現実ではそれが悲劇の幕開けとなる。


「……あぁ、そうだ。思い出した。名前は忘れたが、つい先ほど女が逮捕されたそうだ。興味あるか?」

「…………」


 その女の名前がレフカーであると、自分の恋人であると、シェラークでも理解できた。


 リーバルに連れられ、拘置所があった首都防衛司令部の屋上に出る眼下には首都の街並みが見えるが、それよりも目を惹く物が防衛司令部の中庭にあった。

 ロの字型の防衛司令部は、外部から見えない中庭がある。その中庭は100名以上の共和国軍兵士と、手足に枷を付けられ身動きが取れない数十名の女性の姿があった。

 リーバルはご丁寧にもシェラークに単眼鏡を差し出して、その集団を見るように促す。


 そしてシェラークは、その集団の中にレフカーが居るのを確認した。


 シェラークは、混乱に陥る。あれはなんだ、何をする気なのか、と。

 彼の混乱を観察していたリーバルは、懐から時計を取り出す。ヘルヴェティアの時計職人が丹精込めて作った、高精度懐中時計である。

 そんな懐中時計を見ながら、リーバルは笑顔で言う。


「あと15分程で、判決が下る」

「……判決、だと?」

「あぁ」


 シェラークは全身に猛烈な鳥肌を立てていた。悪い予感が、彼の全身を貫く。

 そして一方のリーバルは笑顔を保ったまま、またしても与太話に興じる。


「そう言えばシェラーク君、こんな話を知っているかね。大陸帝国初代皇帝ボリス・ロマノフが大陸統一を成し遂げる前、魔術師は奇怪な目で見られたという。ある者は神と崇められ国を支配したが、別の国では悪魔の使いと見られて迫害された。その最たる例が『魔女裁判』なのだが、君は知っているかな?」


 長々と与太話をするリーバルを余所に、シェラークは単眼鏡で恋人のレフカーを見続けていた。よく見ると顔には痣のようなものがあり、酷く衰弱していた。

 そして周りを取り囲む共和国軍兵士たちは、興奮しているようで落ち着きがない。まるで早く判決が下るように祈っているかのように。


「『魔女裁判』で有罪になった女性たちは大変な目にあったらしい。主な刑は焚刑、溺死刑、そして……」


 リーバルは少し溜めた後、恋人を見続けるシェラークの耳元で囁くように言い放った。


「姦刑、だ」


 それを聞いたシェラークは、あの中庭で起きるであろうことを全て悟った。

 彼は目を見開いて、リーバルの顔を見る。そして相変わらずリーバルの笑みは崩れない。


「あぁ、そこにいるハゲ男が見えるかね? あれは私の士官学校時代の後輩でね。彼には色々と貸しがあるのだが、まだ返してもらっていないのだ。……今回はどうやらあの裁判の裁判長を務めるようだね。さて」


 そう言ってリーバルはようやくシェラークの目を見た。リーバルが見たシェラークの目には、猛烈な怒りが見て取れた。


「先ほどの提案、検討して戴けるかな?」


 この提案を蹴ることができる人間は、この大陸に何人いるだろうか。

 だが少なくとも、このソコロフ防衛司令部の屋上には1人もいなかったことは確かである。


 こうしてリーバルは、同様の手法で38名の協力者を得ることができた。




 38名の協力者を得たリーバルは、その協力者を使って共和派に情報を流した。人質を取られている協力者は必死に、かつリーバルの思い通りに動いてくれた。

 流した情報は、こんな感じだ。


「大変だ。国粋派の奴ら、今度はここの拠点に魔術攻勢をかけるつもりだ」

「すぐにこの拠点は引き払った方が良い。あそこの拠点なら、まだ国粋派にバレてないから安全だ」

「レトナ国立公園に人を集めて、国粋派の連中に一撃を加えよう。共和派の力を見せつけてやれ」


 このような情報を各所に流す。

 同じ共和派で知り合いの人間が流した情報を疑う者などそう多くはない。さらに言えば、魔術攻勢で区画ごと破壊されるという恐怖感が、情報の説得力を上げていた。


 こうして11月15日、首都ソコロフ各所に立て籠もっていた数千名の共和派が、郊外のレトナ国立公園に集結した。

 市内数十ヶ所の拠点に散らばり、鎮圧に回る国粋派の戦力を分散させるのが共和派の戦略であったはずなのに、共和派は集まってしまったのである。

 当然それは、国粋派の軍隊を呼び寄せる結果を生んだ。


 同日15時30分。


 レトナ国立公園を国粋派が包囲。まずは大規模な魔術攻撃により共和派の半数が焼死し、辛うじて逃げ延びた共和派に対して容赦ない包囲殲滅戦が行われた。

 公園には死体の山が築かれ、そしてその死体の山の中には38名の協力者の死体もあったという。


 またこの攻勢と前後して、数十名の女性共和派の「処刑」も執り行われ、首都ソコロフにおける共和派はほぼ一掃されるに至った。

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