エミリア師団
11月11日。
部隊の編成、作戦計画の立案及び補給計画の策定をほぼ終えた。
公爵軍と近衛師団第3騎兵連隊、さらには王国軍正規兵部隊から人員を借りたことにより、エミリア殿下の指揮に入る軍隊の総数は1個師団約1万人。
これに補給等の後方支援を担う輜重兵を含めると1万3000人となる。補給物資の方はオストマルク帝国から支援されることが決まっていたのだが、それだけでなくカールスバートからの亡命してきた資本家にも支援要請をした。シレジア王国が彼らの生命と財産の保護を約束する代わりに、内戦介入のための金銭や物資の供出を頼んだのである。現在これは民政長官を中心に交渉が進められているが、7割方賛同を得ているそうだ。
これを補給担当のラデックに言ったら、
「それを早く言えよ!」
とキレられた。ついでに手に持ってた書類の束を俺に投げつけた。
投げつけられた書類の一部を見てみたが、どうやら貧乏なシレジア王国でどう補給物資と戦費を捻出しようかと頭を悩ませ3日3晩徹夜で補給計画を練っていたらしい。
で、俺の一言で無駄になったということである。
うん、その、なんだ。
本当にごめん。
報告・連絡・相談の三原則は大事であると改めて認識したところで、その日の夕食はラデックに少し高い飯を奢って適当にお茶を濁した。
そして、翌11月12日10時30分。
ここでちょっとした問題が起きた。と言うより、この問題に今まで気付かなかった。
「階級が足りません」
との、エミリア殿下の言である。執務中での唐突な発言だったため、マヤさんも俺も最初は意味を掴み兼ねていた。
「階級ですか?」
「はい。今回私は1個師団を指揮することになりましたが、私の階級はまだ『大佐』です」
「……あっ」
1個師団を指揮するのは通常は少将である。准将が1個旅団、大佐は1個連隊。つまりエミリア殿下の階級が2つ程足りないのである。
大佐が1個師団を指揮するなんてありえないし、それを無理矢理やったら反発も招く。部下たちに「大佐ごときが命令するんじゃねー!」って言われては烏合の衆になってしまう。
「……何か方法はないのですか?」
「なくはないですが……」
エミリア殿下は凄い言い辛そうな顔をしていたが、その方法とやらを教えてくれた。それが「野戦任官」である。
「なんですかそれ?」
「戦時において、指揮官が足りなくなった時に行うものですね。わかりやすい例は『戦死』です」
例えば、1個師団を指揮するA少将と副司令官のB准将がいたとする。だが何を間違ったのかA少将は戦死してしまい、その師団が指揮官不在となってしまった。その時に発動するのが「野戦任官」で、B准将が一時的な措置としてに少将に昇進しその師団を指揮し続ける、というもの。
そしてB准将も戦死して師団内に将官が居なくなった場合、C大佐が少将に昇進することもあるそうだ。
あくまで一時的な措置であるため、戦争が終わったり、あるいは代わりの人間が赴任してきたりするとその昇進はなかったことにされる。即ちBさんの場合は准将に、Cさんの場合は大佐に戻る。
「その権限は誰にあるのですか?」
「……上官です」
上官ね。まぁそれもそうか。
……で、エミリア殿下の上官って誰? 確か軍事査閲官って公爵領の軍事部門のトップだよね?
公爵領に居る上官と言えばクラクフ駐屯地の基地司令で、確か階級は准将だった。でも公爵領軍事査閲官と王国正規軍准将じゃ別系統だしなぁ……。
公爵領総督府の中で見ると上司はヴィトルト・クラクフスキ総督閣下だけど、あの人は文官だし……。
え、本当に誰? まさか軍務省? そこまで行くと野戦任官とか必要なくない? 正式な手順踏めばいいし、そこまで時間に余裕があるわけでもない。ぐずぐずしてると国粋派が勢力を広げるだけだしな。
どうやらエミリア殿下もまさにそのことで悩んでいるようで、先ほどから唸っている。いくら殿下が優秀だと言っても王国軍の人事規則を全て諳んじているわけではない。
でも適当にやってしまうわけにはいかない。そこら辺はキッチリしないと後々が面倒になる。一番無難なのは適当な将官を引っ張り出して指揮を執ってもらうことだが、でも今から信頼できる将官を連れてくるなんて無理な話だ。
……この際は仕方ない。あの手で行こう。
同日13時40分。
俺とエミリア殿下とマヤさんは、ある人物と会った。「カールスバート王国」の元首、国王カレル・ツー・リヒノフ陛下である。
彼には既に、シレジアが王権派に味方することは伝えてある。でもその前にこの階級問題を解決しなければならず、それに関するちょっとしたお願いをしに来たのである。
「問題は承知した。それで、我に何をしろと言うのだ?」
それに答えたのは、エミリア殿下ではなく発案者である俺だ。
「そう難しい話ではありません、陛下。我が公爵軍1万3000の兵をカールスバート王国軍に貸し、その指揮下に入ることを承知してほしいのです」
つまり名目上の指揮権をカールスバート王国軍、つまり王権派に与えるのである。そうすれば形だけ見ればエミリア殿下はカレル陛下の部下になり、そこで野戦任官だか戦時任官を使ってエミリア殿下を一時的に将官に昇進させ、戦場でエミリア少将に実質的な指揮を執らせるということである。
やや迂遠な方法だが、これならば合法的かつ反発も少ないやり方である。やってることはラスキノ戦争のときの義勇軍とあんまり変わらないしね。
カレル陛下は暫し俯いて考えたが、すぐにこう回答した。
「良いだろう。公爵軍1万3000を内戦終結まで受け入れ、エミリア・シレジア殿を少将待遇で迎い入れよう」
こうして、ようやく全ての準備が整った。
俺らの名目上の所属はカールスバート王国軍第7臨時師団、あるいはシレジア王国軍第32特設師団。
そして非公式な名称として「エミリア師団」の名がカレル陛下から付与された。
司令官はエミリア・シレジア大佐(少将待遇)。エミリア殿下は副官にマヤ・クラクフスカ大尉を、補給参謀にラスドワフ・ノヴァク大尉を任命した。
また今回の作戦にはサラ・マリノフスカ少佐が王国最強の第3騎兵連隊の第3科長として参戦する。それに加え、フィーネさんが観戦武官としてエミリア殿下に同行し、情報面での補佐をしてくれることになった。
ちなみにベルクソンは文官なので領事館でお留守番、後方から間接的な支援をしてくれるらしい。ありがたい。
そして俺、ユゼフ・ワレサ少佐は作戦参謀兼参謀長に……って、参謀長!?
「ダメですか?」
「い、いや、あの恐れ多くて……。それに私は卒業後初の実戦ですし……」
「それは無用な心配です。ユゼフさんならできます」
……これ、失敗したらエミリア殿下からの信頼が地に落ちそうだな。あかん、必死に頑張らないと……!
11月13日。
カレル陛下、そしてエミリア殿下率いる部隊はクラクフを離れ、一路カールスバートへ向かった。
200話到達です。
この調子で書き続けたら1000話とか余裕で超えそうなんですけど大丈夫なんですかね……




