帝国の思惑
会議室から出て「さてこれからどうしたものか」と考えながら廊下を歩いていたとき、後ろからフィーネさんに呼び掛けられた。
「ユゼフ少佐、少しよろしいですか」
「良いですよ。ただ時間が惜しいので歩きながらで良いですかね」
「大丈夫です。すぐに終わらせます」
許可を得たので俺はフィーネさんの速度に合わせながら手元の資料を見る。エミリア殿下にああ言われてしまったからつい安請け合いしてしまったものの、これほどの大規模な作戦を考えるのは初めてだからね。どうも大変なんだ。
ちなみにそのエミリア殿下とマヤさんは、会議の結果を総督に伝えるために総督執務室に行っている。つまり会議室から軍事査閲官執務室までの廊下を歩くのは俺とフィーネさんだけで……って、あれ?
「ベルクソンはどうしました?」
「彼には先に帰らせました。少佐に聞きたいことがあったので」
マジか。久しぶりに彼と話もしたかったが……。まぁ仕方ない、彼も忙しいだろう。武官じゃないから会議中は発言を控えていたようだが、彼には彼の仕事がある。
それよりもフィーネさんが俺に聞きたいことってのが気になる。まさかまた結婚の話とか夕食の話とかじゃないだろうな。もう爆弾ぶん投げるのやめてほしいのだが……。
でも俺の横を歩くフィーネさんは、そんなこと知ったこっちゃないと言った感じで俺に問いかける。
「先ほどの会議、少佐は何か思う所があったのではないですか?」
そう言われて、つい歩くのをやめてしまった。
さすが情報科首席卒業の才媛と言ったところかな。そう思いながらもう一度歩き出す。
「よく気づきましたね」
「伊達に少佐と8ヶ月も共に行動していませんから、それくらいはわかります」
簡単に言うけど、俺は6年間付き合いになるサラさんが何考えてるか未だにわからないよ? それともこれは俺が鈍感すぎるだけなのかしら。
「共和派を支持しない理由、他にもあるとお見受けしましたが」
「……オストマルクの士官学校では人の心を読む術も習うのですか?」
「いえ、単に推測してみただけです」
「なるほど、さすがですね」
リンツ伯爵の遺伝子を確実に受け継いでいるようだ。情報のスペシャリストになる器があるね。シレジアに来てシレジア版CIAでも作ってくれないかしら。
「そういう反応をするということは、私の推測が当たっていたということでしょうか?」
「そうですね。正解です。ではついでに、私が考えた他の理由についても推測してみては?」
「無理ですね」
「理由は?」
「先ほどから考えていますが、理由がわかりませんので」
だから直接聞いてきた、ってことね。
まぁ良い。ここまでバレといてなお隠し続けても無駄なことだ。
「わかりました。ただこのことは他言無用で」
「大丈夫です」
「では正解発表。答えは『シレジア王国内向けの理由があるから』です」
すると今度はフィーネさんが歩みを止める番だった。そんなにこの答えが意外だったのか、それとも他に理由があるかはわからない。
「……具体的に教えていただけますか?」
そう言ってフィーネさんは、先ほどよりも少し速度を上げて歩みを再開させる。おかげでフィーネさんが前に出る格好になったが、別段すごく早いというわけじゃないのですぐに追いついた。
「具体的に言うと、『共和制なんて貴族の敵だから』ですね」
「……というと?」
「共和制というのは、言い換えると『国民すべてが貴族階級』になります。それを標榜する共和派をエミリア王女が支援すると聞いたら、大公派の大貴族はどう思うことやら……」
「なるほど。逆に言えば王権派の支援をするということであれば『旧来の秩序と権益を守るための戦いである』と大公派に言い訳できるということですね」
「そういうことです」
おそらくカールスバートの民衆のためには共和制が一番いいかもしれないと思う。そうすれば民衆に政治的な権利は戻ってくるし、自由も保障される。
でもその考えがシレジアにまで入り込んだらどうするのか、シレジア革命が起きてシレジア共和国が誕生するのではないか。それを危惧する貴族も多いだろう。
だからその危険の芽を潰す意味で、俺は共和制をぶっ潰す。
「でも少佐は農民階級出身のはずですよね?」
「そうですね」
「貴族はお嫌いでは?」
「嫌いですね」
「でも、貴族特権を守るために共和制と戦うと少佐は仰ります。それは矛盾していませんか?」
「少し違いますね。私はエミリア王女のために共和制と戦うのですよ」
別に俺は民主主義だの共和主義だのが嫌いなわけじゃない。むしろ平均的日本人らしく、君主制だらけのこの大陸に凄い馴染めないでいるのだ。平民にもっと権利を与えろ、とも思っている。
でもだからと言って急進的な政治改革を行うのは、今のシレジアでは得策とは言えない。なまじ革命なんて起きたら、周辺国に介入の口実を与えるだけだ。それこそ、リヴォニア統一戦争のような血みどろの戦いになるかもしれない。
農民階級の俺が貴族の特権を守るために共和主義と戦う。
後世の歴史の教科書には「平民の敵」として書かれるかもしれないな。
「納得しましたか?」
「まぁ、だいたいは」
よかった。理解してくれたらしい。これ以上説明するのも心苦しくなるだけだったしね。
「あぁ、そうだフィーネさん。オストマルク帝国政府は今回の内戦、誰に味方するつもりなのですか?」
「王権派です。理由は、少佐の意見とほぼ同じです」
俺の意見と一緒。つまり王権派に大きな貸しを押し付けつつ強権的な体制が出来て欲しいということか。
「どのような支援をするのかは決まっていますか?」
「……そうですね。軍の派遣は行わず、情報や補給物資の供出と言った間接的な支援に終始することになると思います」
「なるほど。国内政治向けの賢明な判断だと思います」
「……気付いてましたか」
「えぇ。伊達にフィーネさんと8ヶ月も共に行動していませんから、それくらいはわかりますよ」
オストマルクとカールスバートは、その建国の歴史のせいか因縁が深い。
帝国内に多くいる少数民族の独立運動を抑えつつ、カールスバートの内戦を自国有利にしたい。だとすると、下手に軍隊は出せない。
だから実戦に関してはシレジアと王権派に任せ、帝国政府は高見の見物ということか。まぁ、補給物資の支援を受けられるだけ貧乏なシレジアにとってありがたい話ではあるが……。
そうこうしてるうちに、俺とフィーネさんは軍事査閲官執務室前に到着した。
「少佐の仰る通り、我が帝国は自らの国益のために火中の栗をシレジアに拾わせることになります。そして復活するであろうカールスバート王国を自国の影響下に置きたいのです」
フィーネさんは、別れの挨拶の代わりと言わんばかりにそれを言った。わかっていたことだが、やはりあの国は大国なのだなと思うよ。リンツ伯爵かそれともクーデンホーフ侯爵の考えも、段々読めてきた。
それを、俺は執務室の扉を開けながらフィーネさんにぶつけてみる。
「そして将来的にはオストマルクはカールスバートと同君連合を組みたい、ですかね?」
「…………」
フィーネさんからの反応はなかった。ただ、少し目を丸くしただけだ。
「冗談ですよ」
俺は別れの挨拶の代わりにそんなことを言って、執務室の扉を閉じた。




