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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
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遠慮

「……ごめんなさい」

「サラさん、謝る相手が違いますよ?」

「うぅ……」


 フィーネさんが退室してから暫く、ようやく落ち着きを取り戻したサラさんにエミリア殿下が「客人の前で喧嘩を始めるとは非常識極まります!」という至極真っ当なことを叱っている。まぁ客人(フィーネさん)自体は気にしてない様子だったので軽い譴責(けんせき)処分ということになった。

 ……友人同士の場合でも譴責処分になるのかどうかは不明。


「ゆ、ユゼフ……」

「何?」

「……ごめんなさい」

「ん、大丈夫」


 まぁ、殴られたことに関してはもう慣れたからある程度許せる。それに今更殴られたことを気にし始めたらサラに会ってからのこの6年間は一体なんだったんだという話になる。


「じゃあ、サラさんは始末書を後日私に提出してください。いいですね?」

「……はい」

「では、退室してよろしいです」


 そこは手加減してあげないんですね。友人とは言えミスとか不手際とかは公正に、ってことだろうか。それはそれで重要な事だろうけど……。

 サラさんはしょぼくれて、尚且つたどたどしく歩いた。あまりにも不安定な歩き方だったので、マヤさんが介抱しながら応接室から退室させる。俺はその様子を確認した後、エミリア殿下に話しかける。


「まぁ、必要なことだとは思いますけどあまり責めないでくださいね。あれでいて結構純粋ですから」

「……あの騒ぎを起こした原因の一端がそれを言うのは変です」

「え、あの、いや。まさか私も譴責処分なんです……?」


 そう俺が問うと、エミリア殿下はにっこりと笑った。うん、これは悪魔の笑みとか怒る前兆とかそういう笑いですわ。


「昔の人はいいことを言いましたね。『喧嘩両成敗』だと」

「…………」


 始末書 書き方 [検索]


 って、無理やん。グー○ル先生がこの世界にログインしてないせいで検索できないやん。始末書ってどう書けばいいの? まさかエミリア殿下に聞かなきゃダメ?

 と思ったらさすがに冗談だったようで、エミリア殿下は可笑しそうに笑っていた。


「まぁ、今回の場合の責任はサラさん自身に帰するべき点が多いように思われます。今回は口頭注意くらいにしておきましょう」

「……ご宥恕、ありがとうございます」

「では本題に入りますが、ユゼフさんはなぜサラさんが怒ったのかわかりますか?」

「えー……と」


 サラが怒った理由ね、うん。わかるよ。…………うん、本当に。


「フィーネさんのことを黙ってたから?」

「25点」


 エミリア殿下はやたらリアルな点数を即行で弾きだした。25点って……俺の最盛期の弓術の点数が5点だったことを考えると結構良い数字に違いない。5倍ですよ、5倍!


「ユゼフさん?」

「あ、すみません。考え事をしてました」

「……まぁ良いでしょう。今言いましたが、ユゼフさんは原因の4分の1しかわかっていないのです」

「はぁ」

「『はぁ』ではありません! 毎回こんなことをされては何も進展しないではないですか!」

「も、申し訳ありません!」


 なんだろう、結局サラさんの譴責の時より怒られてる気がする。


「まぁいいです。赤点のユゼフさんにもせめて50点は取れるよう、わかりやすく説明しましょう。残りの10点は自分で考えてください」

「お願いします」


 するとエミリア殿下は口元に手を当ててなにやら考えている。もしかして俺がバカだから結構頑張ってわかりやすく説明しようとしているのだろうか。うん、出来の悪い生徒でごめんなさい。


「……そうですね。わかりやすく例え話をしましょうか」

「例え話ですか」

「えぇ。例えば、ユゼフさんがオストマルク帝国で必死になって情報収集をしてる時、あるいは旧シレジア領で調査に当たっているとき、ユゼフさんは大変な思いをしたでしょう?」

「……いえ、あの程度なら殿下らに比べたら」

「謙遜は不要ですよ。ともかく、ユゼフさんは頑張りました。そして私達はユゼフさんの成果を基盤にして戦いました。ここまでは実際にあった話ですね?」

「はい」

「で、ここからが仮の話です。もしユゼフさんが頑張って情報を集めている間、私たちの誰か――例えば、ラデックさん――が任務そっちのけで、もしくは右手で任務をこなし左手で女性を抱き、数日おきに休暇と称して複数の女性と遊んでいた、という事実があったらユゼフさんどうします?」

「ラデック殺す」


 あの野郎、あんなイケメンでしかも愛が溢れすぎてる婚約者を持っていながら自分は現地妻と愛人、恋人を複数持っていたなんて万死に値する。この世の苦しみと痛みというものを全て経験させてから生きたまま火山の中に放り込んでやりたいくらいだ。


「ユゼフさん。顔が怖いです。あくまでこれは例えですよ」

「……失礼しました」


 そうだった。危うく我を忘れて醜い嫉妬心をラデックにぶつけてしまう所だったが、ラデック自体は純情で純潔な奴だ。たぶんリゼルさんの手によって童貞は卒業してるだろうが、それでも士官学校在学中は誰とも付き合わず童貞貫いてた奴だからな。うん、ごめんよラデック。


「今回のサラさんの事件は、それと同じようなものだと思ってください」

「……そうなのですか?」

「えぇ。無論、少し違う部分もありますが、自分が最前線で戦ってる時に親友が異国の地で女性と婚約話をするくらい親密なことをした。そう考えると、誰しも多少の怒りは覚えるでしょう。ユゼフさん、良かったですね? 殺されずに済んで」

「……」


 まぁ、確かにエミリア殿下とマヤさんがサラを止めてなければ半殺しくらいにはさせられただろう。

 いやでも、その場合俺は何をすれば良かったんですかね……。今さらだけど。


「過ぎてしまったことは仕方ありません。あとは今後どうするかです」

「今後、ですか。どうすればいいんでしょうかね……」

「それは自分で考えてください」


 ちょっと語尾キツめに言われた。くすん。

 仕方ないか。いつでもなんでも教えてもらうばかりじゃダメだもんね。


「わかりました。とりあえずじっくり考えてみることにします」

「それがよろしいと思います」


 とりあえず話が終わったので執務を再開しようとしたが、エミリア殿下は手元に残っている紅茶を飲むのに専念するようでその場に座り続けていた。そして何かを思い出したかのように、右手の人差し指で天を指した。


「……あ、それとあと1つだけ」

「なんでしょう?」

「サラさんに殴られること、嫌だとハッキリ言った方が良いですよ。でないと一生あのままになる可能性がありますから」


 うーむ……。「君が『嫌だ』と言うまで殴るのをやめない」って考えてみれば可笑しな話である。普通は言わなくてもわかりそうなもんだけどね。サラらしいと言えばサラらしいが。


「ご忠告ありがとうございます……ですが」

「ですが?」

「嫌じゃないので」

「…………」


 俺の返答に対しエミリア殿下は呆れて物が言えない、みたいな感じで右手で顔を覆った。この「マゾヒズム! 変態!」って思われてるかな。でも激しい鳩尾の痛みさえなんとか我慢できれば苦じゃない。むしろご褒美です。

 いや、さすがにそれは冗談だけど。


「どうにも説明がしにくいんですけど、アレは私と彼女だけの特殊な友人関係を象徴する行為だと思っていますので。まぁ痛いのは確かに嫌ですけどね」

「……はぁ」


 エミリア殿下は微妙な顔をしていた。ピンと来てないのかな。それは仕方ない、俺もよくわからんしな。なんだこの台詞。カッコがつかないし……。あ、やばいちょっと恥ずかしくなってきた。

 このままだと殿下に俺がちょっと赤面してることがばれそうなので、さっさと退室して職務に励むことにする。サラのことはその後考えよう、うん。




---




 ユゼフが応接室から退室した後も、エミリアはその場を動かず茶を愉しんでいた。しかし、従卒のサヴィツキ上等兵が入れてくれた紅茶は既に少なく、おかわりを頼む気力もない。それでも彼女が動かないのは、先ほどから考え事をしているからだろう。

 ユゼフ退室から暫くした後、サラを介抱するため一旦外に出ていたマヤが紅茶ポッドを携えて応接室に戻ってきた。


「……ありがとう、マヤ」

「いえいえ。主君の為に紅茶を入れるのも副官の務めですから」

「それは少し違うと思いますが……」


 そう言いつつ、エミリアはマヤの淹れてくれた熱い紅茶の香りを楽しむ。従卒のサヴィツキ程ではないが、マヤも紅茶を淹れるのが上手い方だ。


「それで、どうでした? ユゼフくんとサラ殿の方は」

「……よくわかりません」


 それは彼女の正直な感想だった。士官学校時代からの長い付き合いとはいえ、友人たちの中でも奇特な性格と雰囲気を醸し出しているこの2人の内心を、エミリアは完全に掌握し切れていない。特にユゼフの方は深刻で、彼の妙なところでの秘密主義によってその内心を窺い知ることは容易ならざるものだった。


 だが2人の心の内がわからなくとも、親友であるエミリアには結論が見出せた。


「これだけは言えます。あの2人は遠慮せずに思いの内を晒せばいいんです。これでスパッと解決です」

「そうですね。3人が正直に言えば良いと思います」


 マヤは、「3」という数字を強調して、なおかつエミリアの目を見て言った。さもその3人の中にエミリアが含まれているかのように。

 それを聞いたエミリアは、少し意外な顔をした後すぐに目を伏せた。


「何のことか、見当もつきませんね」

「そうですか?」

「えぇ」


 そう答えると、彼女は手元の紅茶を一口飲む。紅茶特有の香りと味が熱を伴って喉元を通り過ぎる間隔が、エミリアが紅茶を好む理由である。

 だが、この時はなぜかその独特の感覚を掴むことはできなかった。


「例えマヤの想像が正しいとしても、それは互いに不幸を呼び寄せるだけですから」


 彼女はそう冷淡に言い放った後、無味乾燥なものとなってしまった紅茶を飲み続けることに終始し、結局その日は上記以外の感想らしい感想を言うことは二度となかった。







 こうして、クラクフの人間関係に微妙な変化が生じていたとき、隣国カールスバート共和国では大きな変化に見舞われていた。


 大陸暦637年10月27日、カールスバート共和国暫定大統領エドヴァルト・ハーハ大将暗殺未遂事件がそれである。

前話投稿後、感想が一気に60件以上来てビビりました。みなさん本当にありがとうございます。

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