元共和国
文官の領分に武官がしゃしゃり出てはいけない。
そのことを今回の交渉とも言えない商談で身を持って知ることとなったが、その商談が終わる間際にリゼルさんから気になる情報を聞いた。
「カールスバートが最近妙な動きをしているのですが、ご存知ですか?」
カールスバート共和国。
シレジア王国の南西に位置する共和制国家……いや、元共和政国家だ。5年前の政変で軍事独裁政権が誕生、そしてシレジアに攻め込んできた国だ。
その国がまた妙な動きをしている、という情報は聞き捨てならない。
「……何があったんです?」
「いえ何があった、というのは詳しくはわかりません。ただそのカールスバート共和国軍の一部から我が商会に、極秘に武器購入の依頼があったのです」
「共和国軍の、『一部』ですって?」
「えぇ」
共和国軍が正式なルートで武器を購入するならまだしも、極秘で一商会から武器を調達するってどういう……?
リゼルさんは今、結構重要な情報を俺にもたらそうとしている。しかも無料で。たぶんシレジアの安全保障、そして商会がこれから持とうとしているシレジアの権益を守るための情報となるのだろう。
「それで、その依頼は受けたのですか?」
「まさか。東大陸帝国の息がかかった国に武器輸出するなど、外務省に何を言われるかわかりませんよ」
「そうですか……」
そりゃ何も情報がないとそうなるわな。あえて少量の武器を輸出して、その武器がどこに行くのか、誰が使うのかを追うことが出来れば、共和国の内情を知ることができたかもしれないが……。
まぁ、過ぎたことはどうでもいい。
「にしても、軍の『一部』が武器調達ですか……。安易に判断することはできませんがもしかすると……」
「私もユゼフさんと同意見です。今は油を撒いている最中、と言ったところでしょうか。後は誰がどのようにして火花を散らすか……」
そして燃え上ったら、こちらとしては介入する絶好の機会を得ることになる。しかもクラクフスキ公爵領にほど近いカールスバート、兵站の心配も少ないとなると……うん。いい感じだね。
「ユゼフさん、悪い顔をしていますよ」
……しまった、つい思わず。
「ヤダナー、ワタシゼンゼンワルイコトナンテカンガエテマセンヨー、ホントダヨー」
「お手本にしたいくらいの棒読みですね」
「お褒め戴き光栄です」
そう言うと、リゼルさんは呆れたのかちょっと間を空けてしまった。勝った。
「…………まぁ、それはさておくとして、今後も隣国の情勢は注視すべきでしょう。私達の予想通りの情勢が推移するのか、もしくは鎮火するのか」
「そうですね。とりあえず在共和国シレジア大使館に連絡して情報を集めますかね。後はこちらからも諜報員を派遣しましょうか」
「それがよろしいでしょう。我が商会の方でも既に人員を派遣して情報収集に当たらせています。帝国外務省にも一応通報しておいたので、早ければ数日中には子細な情報が得られるでしょう」
「随分熱心なんですね?」
「えぇ。我が商会にまで延焼しそうになったらさっさと逃げませんと、損害がバカにできませんから」
今度は俺が呆ける番だった。強かだなぁ……。
そんな俺の情けない顔を見た彼女は満足そうな表情で紅茶を飲み干すと、綺麗な動きで立ち上がった。ここら辺は育ちの良さが垣間見える。
「本日は良い『交渉』が出来て大変嬉しく思います。またお会いしましょう」
なんか「交渉」の部分を強調してくるのは、俺を慰めていてくれてるのか、それとも皮肉で言っているのか。うん、深く考えるのはよそう。
「こちらこそ重要な情報を戴き感謝しています。……情報料をお支払いした方が良かったですかね?」
冗談で言ってみたのだが、彼女は一瞬迷うふりをした。その行動を見て「言わなきゃよかった」と肝を冷やしたが、そんな俺の気持ちを感じ取って満足したのか、こんなことを言った。
「いえ、先ほどの『交渉』だけでも十分に料金は戴きましたよ。それに今日はこの後ラデックさんと逢引の予定があって私は大変気分が良いです。今回は無料で良いですよ」
「それはよかった」
またしてもラデックのモテ男っぷりに助けられてしまった……。
イケメンで事務仕事では右に出るものはいない、しかも美人で有能な社長令嬢の婚約者がいるラデックさん。なんて羨ましい人生を送っているのだろうか。それに比べて俺は……あ、だめだ悲しくて涙が出てくる。違うんや、これは目にゴミが入っただけなんや。
そんなやり取りがありつつも、一応重要な顧客と言うことで総督府の入り口まで案内する。その短い間にも俺はリゼルさんから「今日のラデックとの逢引行程」を聞くことになった。幸せそうでなによりですが、リゼルさんから「既成事実」とか「危険日」だとかの単語が出てきたので話を右から左に流すだけに留めておいた。
うん、まぁ、その、なんだ。
両親どっちに似ても顔つきが良くて賢い子が産まれると思いますよ。




