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大陸英雄戦記  作者: 悪一
共和国炎上
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帝都の夜明け

 大陸暦637年9月1日6時丁度。


 オストマルク帝国の帝都エスターブルグは、太陽がその身を帝国の土から這い上がってから間もなく通りを行きかう人も少ない。だがそこは「芸術の都」とも称される街だけあり、初秋の夜明けならではの芸術的美しさに街全体が包まれていた。


 そんな帝都の街並みから少し郊外に出た場所に、とある貴族家が住む邸宅が存在する。

 その貴族は伯爵位を持ち、高級官僚にして高級軍人、そして外務省大臣の義父を持つと言う、帝国の中でも一際異彩を放つ存在である。だが現在この邸宅にはその伯爵はいない。公務で帝都を離れているためである。

 では伯爵邸には誰もいないのかと言えば、そうではない。伯爵の妻、そして夫婦の間に生まれた4人目の子供、そしてその人物たちの世話をする執事や近侍が邸宅内にいる。

 一部の執事と近侍は、静かな帝都の様子とは逆に忙しなく動いていた。理由は明瞭。伯爵の4人目の子供が、時計のように正確に、下手をすれば並の時計よりも正確に6時に起床するためである。

 そして今日も、昨日と同じ6時丁度に彼女は目を開けた。おそらく彼女は明日も6時丁度に目を覚ますだろう。


 彼女が起床後にやることは、やはりいつも同じである。

 まずはカーテンと窓を開け、陽の光を体に浴び体を完全な起床状態にする。

 次に、寝衣を丁寧に脱ぎ、そして軍服に着替える。彼女がまだ初等学校の生徒だった頃は近侍に着替えを手伝って貰っていた。だが、今は面倒な貴族衣装を着る機会がなくなったため1人で着替えている。

 着替えが終わると彼女の寝具(ベッド)脇に飾ってある、彼女にとって大切な人から贈られた懐中時計を手に取る。その時計の針が正常に動いていることを確認し、それを身に着ける。


 その一連の作業を終えた後、彼女はやや広い自室の外へ出る。そして扉を開けるとそこには、伯爵家に仕える執事と彼女の近侍達が数名がいつもと同じように深く礼をして待っていた。


「おはようございます、お嬢様。ご朝食の準備が出来ております」


 こうして、彼女の1日は昨日と同じように始まる。

 だが昨日までの彼女と、今日からの彼女は身分がやや異なっていた。


 今日、大陸暦637年9月1日から彼女は正式にオストマルク帝国軍少尉に任官するのである。


「……はぁ」


 執事と近侍以外誰もいない食堂で、彼女は今日何度目かの溜め息を吐いた。

 彼女の性格から考えれば、溜め息を吐くこと自体が珍しい。なぜ彼女がそんなに溜め息を吐くのかと言えば、それは先月彼女に手渡された辞令に理由がある。


 今更彼女は軍人になることについて不安を覚えたりはしない。

 なぜならば帝国の士官学校で研修制度を利用して、ほぼ1年間要人警護と父の仕事の手伝いをしたからである。その時の経験は彼女にとってとても大きく、だからこそ自信を持って軍役に就けるはずだった。


 だが、士官学校で彼女に手渡された軍務省からの辞令には、他の者とは大きく異なる内容が書かれていた。曰く、


『右の者、情報省第一部への配属を命ず』


 である。

 情報省というのは、オストマルク帝国内務省高等警察局、外務省調査局、軍務省諜報局の一部機能を統合した対外・対内情報機関……となる予定のものである。情報省は、まだその存在を認められていない。にも関わらず、彼女の手元には情報省配属を命じる辞令が届いたのである。

 これは少なくとも軍務省内においては設立が認められ、近いうちに情報省が正式に設置される、そして今のうちにコネクションとなり得る人材を選定しておこう、とそういう意向が軍上層部において見出されたことは彼女にも理解できた。

 なぜなら彼女は、外務省調査局長にして情報省大臣筆頭候補の娘であるから。


「……問題は、第一部が何をする部局なのか、ですかね。……私の立場、軍人としての私、外務省官僚の娘としての私と考えると、やはり対外諜報が妥当でしょうか」


 彼女が不安を覚えたのは、まさに「対外諜報」という点にあった。

 この時彼女は、つい数ヶ月前まで在オストマルク帝国シレジア大使館に勤務していた次席補佐官の男の事を思い出していた。彼はシレジア外交官として情報収集活動を行い、またその過程において彼女の父と祖父が目論む策略の一助となるなど、多大な功績を残した人物である。

 その功績は本国政府においてあまり重要視されていないようだが、彼女はその彼の功績を正当に評価していた。そして評価していたからこそ、彼の存在と言うものがとても大きく映って見えたのである。


「……悩んでいても、仕方ありませんね。他人を過大評価して自らを貶めるような愚は恥ずべき結果を産みます」


 彼女は誰にも気づかれないよう呟いた後、素早く朝食を済ませることにした。


 その後、彼女は手早く支度を始める。その支度の途中何度も懐中時計の動作を確認しては、少し表情を緩めることを繰り返していた。


 7時45分。

 支度を終えた彼女は、執事が用意した私用馬車に乗るべく伯爵邸を出る。ちなみに彼女の母親はまだその身を寝具(ベッド)に預けたままであり、その心は無限の夢の中を彷徨っている。

 彼女は外で待機していた御者に挨拶をした後、彼女の後ろで頭を垂れている執事に伝える。


「落ち着いたら週に1度は戻ってくるとは思いますが、しばらくは軍の女性官舎に住むことになります。その間、母のことを頼みます」

「承知致しました。邸内の事はお気になさらず、どうぞ職務に励んでください。お嬢様」

「えぇ。そうするわ。……それと」


 彼女はそう前置きした後、しばし言葉を詰まらせた。執事が不審に思い顔を上げると、そこには久方ぶりに見る彼女の笑顔があった。


「今まで我が家に仕えてくださり、ありがとうございます。……と言っても、まだまだお世話になる予定ですが」


 彼女が執事にそう伝えると、執事の反応を待たずに馬車に乗り込んだ。一方の執事は呆けた表情を一瞬した後、再び慌てて深く礼をした。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」




 彼女は外務大臣政務官兼調査局長ローマン・フォン・リンツ伯爵の娘、元オストマルク駐在武官ユゼフ・ワレサと共に内務省高等警察局を潰し、その後オストマルク帝国第一士官学校情報科を首席で卒業した女性。

 そして、今日から情報省第一部の職員として働くことになる。


 その人物の名前は、フィーネ・フォン・リンツ。

と言うわけで新章突入です。


「おい主人公戦えや」という読者様からのツッコミと「フィーネさんの出番はよ」という要望にお応えする予定です。が、やはり私のモチベ次第で変わる可能性あります。

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