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大陸英雄戦記  作者: 悪一
クラクフ
188/496

事件の裏側

 サラが突然「長く部屋に閉じこもってたから体が鈍ったわね。ちょっと訓練付き合って」と言い出したためにボコボコにされたり、国家警務局長の懲戒処分が通達されたり、リゼルさんから手紙で「当然、私たちの働きぶりにたいする対価は用意されていますよね?」と要求されたり、ベルクソンさんと情報交換をしたり、軍事査閲官エミリア大佐の手伝いをしていたらいつの間にか9月9日になっていた。


 だいぶ疲れて自室でへばっていた時、マヤさんから呼び出された。寝たいから後日にしてほしかったが「軍務省から通達が来てる」と言われてしまっては従わざるを得ない。

 休暇にもかかわらず軍服を着て、軍事査閲官執務室へ出頭する。エミリア殿下とマヤさんが部屋にいるのは当然として、なぜかサラとラデックも部屋にいて俺の到着を待っていたようだ。なにこれ。


「……なんでみんな揃ってるの?」

「あぁ、それは軍務省からの通達が非常に重要だからさ」

「はぁ……」


 サラとラデックを呼ぶほどの重要な通達ね。戦争でも起きたんだろうか。カロル大公が死んだとか言うんだったら大喜びなんだけどな。


「とりあえず読もう。『ユゼフ・ワレサ。右の者、王国軍少佐に任命する』。以上だ」

「……はい?」

「というわけで、ユゼフさん。昇進おめでとうございます」


 ……えっ?


「なに素っ頓狂な顔してんのよ」

「え、いや、あの、昇進の名目がない気がするんだけど……」


 佐官昇任試験を受けたわけでもない、戦争で武勲を立てたわけでもない。じゃあ次席補佐官時代の功績が認められたのか、と思ったがアレは昇進見送りどころか減俸処分を受ける所だったらしいし。

 なにがあった。

 そんな疑問を答えてくれたのは目の前にいる仲間たちではなく、背後から現れた人物である。


「国王陛下からの直々のお達しらしいよー!」

「って、えっ、イリアさん!? なんでここに!?」


 王都の様子を手紙で教えてくれたイリア・ランドフスカがそこにいた。彼女は内務尚書ランドフスキ男爵の娘で、軍務省魔術研究局所属の研究員だ。例の部分はマヤさんよりは小さいが、それでも伯爵級である。

 って、そんなことは重要じゃない。

 そしてさらにイリアさん後ろからヘンリクさんがヌッと現れた。怖い。


 このメンバーが揃うのは10ヶ月ぶりだな。前回は王都にあるクラクフスキ公爵邸で、そして今回はクラクフスキ公爵領総督府。公爵家関係の建物で会わなければならない縛りでもあるのだろうか。


「私がここにいるのは、クラクフにあるヨガイラ大学応用魔術学科の視察だよ。名目上はね」

「名目上ってことは……?」

「本当の理由はユゼフくんと飲むため」


 おいおい。冗談だろ? 冗談って言ってください。


「まぁまぁ、そんな顔しないで。大丈夫、ここに居る全員適当な理由つけてココにいるらしいから」

「え、そうなの?」


 集団でサボり? しかも軍事査閲官執務室で酒盛りでも始めるつもりなの? なぜかイリアさんは酒瓶持ってるし、マヤさんもどこに隠してあったのか執務机から蒸留酒(ウォッカ)取り出してるし。


「まぁそれはともかく。ユゼフくんが昇進したのは国王陛下、つまりエミリア殿下のお父上が軍務省に口添えした結果らしいよ。私のお父さん、つまり内務尚書ランドフスキ男爵がそう言ってた」

「えっ……と、エミリア殿下が何かをしたってことですか?」

「いえ、私は何も……」


 エミリア殿下経由の話でもないとすると、どういうことだ?


「それに関しては私が答えよう」


 と言ったのはヘンリクさん。ヘンリクさんが知っていると言う時点で、ちょっと陰謀の香りがするんですが。


「そもそも今回の、エミリア殿下一行の人事は、宰相カロル大公の差金らしい」

「え、そうだったのですか!?」


 エミリア殿下は目を丸くしていた。というか、たぶんこの部屋に居た全員が似たような顔をしていたと思う。


「これはパデレフスキ少尉から聞いた話だが、エミリア殿下をクラクフスキ公爵領に送る。すると自動的に副官であるマヤ殿と近衛騎兵のマリノフスカ殿も異動となる。そしてマリノフスカ殿を冤罪によって逮捕せしめた後、エミリア殿下とマヤ殿が軽挙妄動に出ることを期待したのだ」


 サラを捕まえればエミリア殿下とマヤさんが動く。親友を助けるために、下手を打ってそこを糾弾する。そこまでは俺も予想したが、大公はさらなる野望を持っていたらしい。


「クラクフスキ公爵領で反乱事件が起きて、そしてその犯人たるマリノフスカ殿を釈放するために軍事査閲官とその副官が軽挙に出れば、当然それを監督する立場にあるクラクフスキ公爵領の総督、つまりヴィトルト・クラクフスキの責任も問われることになる。もしそうなれば……」

「なるほど。叔父様はクラクフスキ公爵領そのものの弱体化を狙ったのですね。総督の責任を追及し、領土の一部を大公派貴族に分け与える。そんなところでしょうか」

「殿下の仰る通りだと思います。もっとも、これはパデレフスキ少尉と私の推測が含まれているのですが……」


 そこまで考えて冤罪事件を仕組んだとなると、大公も結構侮れないな。サラが逮捕されて、警務局によって身柄が拘束されていたら、事態はどうなっていたことやら……。


「サラは、なんで警務局が自分を狙ってるってわかったの?」

「女の勘」


 サラの勘怖すぎるでしょう。


「……話を戻しますけど、それが俺の昇進とどう関係するんです?」


 国王陛下の話と繋がってないような気がするのだが。


「あぁ、それについても説明しよう。これは俺の同期の奴から聞いた話だが、国王陛下は今回の大公の動きを、どの段階からかは不明だが、察知したらしい。その対策として、打てる手を打ったのだろう」

「……まさか」

「そうだ。ユゼフ・ワレサの王都召還命令と、クラクフへの転任は国王陛下が軍務省に圧力をかけたからだ」


 ……マジかよ。


「で、でもどうして俺が?」

「国王陛下は、君の事を知っていたのさ。士官学校時代のマヤ殿の報告書と、そして次席補佐官としての功績をね。そしてこうも思ったのだろう。『ユゼフ・ワレサという人間をエミリアの傍に置けば、なんとかするのではないか』とね」


 それはその、なんというか、名誉なことで……。

 いやいやいやいやいやいや。怖いって、なんで陛下がそんなこと知ってるんですかね!


「それで、なんとかできてしまったから、お父様は軍務省に働きかけてユゼフさんを昇進させたのでしょうか?」

「恐らくは」


 今更かもしれないけどさ、俺を貴族社会の荒波に巻き込むのやめてくれますかね……。



 暫くの間、俺はショックでサラの介抱なしでは立ってられなかった。




 数分後、ようやく立ち直ったら、既に場は酒宴の準備に取り掛かっていた。

 そう言えば、イリアさんが「この場に居る人は全員適当な理由つけてる」とか言ってたけど本当だろうか。とりあえず順番に聞いてみよう。もしかしたらイリアさんの間違いって可能性が微粒子レベルで存在しているかもしれない。いや、もうないだろうけど。


「……エミリア殿下はなぜここに?」

「名目上は、査閲官として事務処理をするために」


 そういう殿下の執務机の上には書類の類は一切なく、代わりに俺と柄がお揃いのカップがあるだけだ。名目上って言ってるし、あの殿下もサボる気満々なのか……。


「あの、仕事の方は良いんですか?」

「大丈夫です。急ぎの案件はありませんし、もしあったとしても問題が無いよう、私はお酒は飲みませんので」


 これは高度なサボりと見るべきか、それとも酒が弱いエミリア殿下が体よく飲酒を拒否したと取るべきなのか。どっちもか。どっちもだな。


「マヤさんは……別にいいか」

「いや、なんで聞かないのだ?」

「だって『主君の行動に従うのが副官としての役目』とか仰るんでしょう?」

「……その通りだが」


 やっぱりな。これも忠誠心の表れと見ていいのだろうか。いや、ダメか。


「サラは?」

「私は至極真っ当に連隊長から休暇の許可は貰ったわ。ユリアも連れてこうかと思ったけど、酒盛りするとなると、ちょっと教育上よろしくないでしょ?」


 確かに。サラさんが酔って大泣きする姿をユリアに見せたらダメな気がする。

 ……いや、いっそそういう場面を見せてサラに対する崇拝心を削いでおくのもいいかもしれない。隙を見てユリアも呼び出そう。


「ラデックは?」

「俺も至極真っ当に基地司令の許可は貰ってあるよ」

「なんだ、なら良かっ……」

「休暇の許可じゃねーけどな」

「おいどういうことだ」

「『軍事査閲官殿のサインが必要な書類があるから諸々の用事を済ませるついでに総督府に行っても良いか』というのに対しては許可はとってある」

「それで、諸々の用事ってのは、まさか酒盛りのことじゃないだろうな?」

「お、よくわかったな!」


 ラデックの元気のいい声を聞いてガックリ来た。そりゃわかるよ。ほとんど答え言ってたじゃん。


「……一応、最後に聞いておきますけど、ヘンリクさんは?」

「サボりだ」

「そんな予感はしてました……」


 曰く、「30分で終わる仕事を6時間かかるフリをして、余った5時間30分でここに来た」という。

 ……なんかもう、なんだろうこれ。嫌だもう帰る。


 と、いうわけにもいかないのが世の中の辛いところである。


「と言うわけで、それぞれの上司にばれない程度に飲むよ! ユゼフくんの昇進祝いに、かんぱーい!」



 イリアさんの乾杯の音頭でなし崩し的に始まった酒宴は、従卒のサヴィツキ上等兵を巻き込んだり、サラの泣き顔を見せようとユリアを呼んだり、エミリア殿下が飲んでいた紅茶にこっそり葡萄蒸留酒(ブランデー)を入れて殿下がほろ酔い状態になるなど、前回以上の騒ぎになった。


 重要な案件が飛び込んでこなくてよかったな、と思いつつ俺は素面のまま目の前にある殿下とお揃いのコーヒーカップに注がれたコーヒーを飲み続けた。


「あ、ゆれふのカップがエミリアとおそろいじゃーん! わたしもほしー!」

「あ、ちょ、そんなに乱暴に扱ったら落とすよ!」




 この数日後、俺はサラのために同じカップを買う羽目になったのだが、


 それはまた別の話である。

とりあえず今回でクラクフ編は終了です。


次章は、士官学校を卒業したある人物が再登場する予定です。

が、番組は私のモチベ次第で予告なく変更される場合があります。



追記1:7月8日頃に累計PV数が10,000,000を超えました。読んでくださった皆様本当にありがとございます。これからもユゼフくんの外道にお付き合いください。

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