査閲官と参事官
日付が変わり、8月21日になる。
0時30分頃に、俺とサラとユリアはクラクフスキ公爵邸に戻ってきた。と言っても公爵邸の隣は警務局クラクフ支部であるため、闇夜に紛れて裏口からコッソリ侵入する形となったが。
そして裏口で待っていたのは、我らがエミリア殿下……の副官のマヤさんだった
「ユゼフくんは事務以外の仕事は早いな。今回も想像以上だ」
「ありがとうございます」
サラの身柄は公爵邸で保護することになる。
でも彼女の身が法的に完全に自由となるまで軟禁状態にするしかない。突撃精神溢れる彼女がそれに耐えられるか不安だ……。早いとこ解決してあげた方が良いだろう。俺の身体と精神衛生上。
「……エミリアは?」
「殿下は先ほどまでここでサラ殿を待っていたが、2人……いや、3人が何時戻ってくるかわからなかったし、仕事の関係もある。だから現在は官舎に戻ってお休みされている」
「そう……」
「何か用があるのか?」
「まぁね」
サラがエミリア殿下に会う用?
ふむ。仲の良い女子2人、たった半日とはいえ引き裂かれた間柄。そんな2人が出会ったらもうそれはタワー建設待ったなしである。エミリア殿下が寝ているとあれば、もっと彼女たちを引き合わせるべきだろう。夜這い的な意味で。
「とりあえず、今日はもう遅い。3人とも、ここに泊まりたまえ」
「そうですね。ようやく鳩尾の痛みが和らいだころなんでゆっくり寝たいです」
「鳩尾……?」
混乱するマヤさんとサッと目を逸らすサラを尻目に、用意された豪華な客室で惰眠を貪ることになった。
そして7時30分に起床。
我ら公爵領軍事部門は9時5時の公務員生活を送っている。しかも今日は職場と家が直結してるから通勤時間を考えなくても良い。よし、あと1時間は寝れるな!
と、できないのが悲しいところである。聞けば我らが上司軍事査閲官殿は始業時間と起床時間がほぼ同じだそうだ。マヤさん曰く「これでもまだ週に1日休みを取ってくれるだけマシさ。高等参事官時代は休みなしだったからな」らしい。エミリア殿下が休まないと副官であるマヤさんも休めないわけで、それでもしっかり仕事をこなすマヤさん凄い。
俺? 聞くな、悲しくなる。
それはともかく、同い年の金髪美少女の王女殿下兼上司が既に働いているのに俺だけベッドの上でゴロゴロできるわけがない。だからここ最近は自主早出残業ばかりだし、エミリア殿下に会わせて週1で休日を取る。
エミリア殿下にもっと休めと言ってもたぶん無駄だろうなぁ……。
そんなことを思いながら仕事場、つまり軍事査閲官執務室に到着する。扉を開けるとそこにはエミリア殿下と副官のマヤさん。そして事件当事者であるサラがいた。
「遅刻よ」
開口劈頭、相変わらずサラはそんなことを言う。待ち合わせの約束はなかったはずだが……。
「えーっと、どうしたの? 夜に言ってた、エミリア殿下の用事の話?」
「そうね。それもあるわ」
それもある? つまり本題は違うってことか?
「それよりもユゼフさん。報告はサラさんからある程度聞きましたが、ユゼフさんの言う『策』とやらを聞かせてもらえませんか?」
……なるほど。サラがここに来た本題ってのは、俺の策を聞くためなのね。昨日のアレを引きずっているのだろう。本人を前にしてこの策を言うのは少し憚られるが、言わないと俺の鳩尾がまた悲鳴を上げる結果になるからな。言わないとダメだろう。その上でエミリア殿下らに迷惑が掛からないようにしないとな。
「軍事参事官として、犯人逮捕の為にあらゆる手段を講じます」
「……はい?」
エミリア殿下は意外と素っ頓狂な声を出した。
ちょっと面白かったので、もっと彼女を混乱させるように説明してやろうと意地の悪いことを考えてしまったが、そんな余裕はないしやりすぎるとサラに怒られそうなので普通に説明した。
作戦を順々に説明する。するとエミリア殿下の眉間に皺が寄り始める。うーむ、やっぱりダメかな……。
「ユゼフさん」
「はい」
「それが最良の策ですか?」
「現状では、こちらの被害最小、加害最大の策だと思います」
「……そうですか」
エミリア殿下そっと目を伏せると、しばし考え込むように肘をついた。
30秒ほど経った後、エミリア殿下はようやく口を開く。
「わかりました。軍事査閲官エミリア・シレジア大佐の許可済みということで、作戦の実行を許可します」
「いや、あの、それでは殿下の御立場が……」
「私の立場を考えてくれるのは嬉しいですが、この際はそれは無用です」
「ですが、軍事参事官の独断とすればエミリア殿下の被害も小さくて済みます。それにすべてが終わった後に私の責任を問えば事はそれで済むはずです」
軍事参事官で平民出身の士官の暴走であればみんなに迷惑は掛からない。でも、エミリア殿下の許可済みということは、殿下が共犯になってしまう。それじゃ大公派に反撃できても、エミリア殿下の出世にも響くことだろう。
「ユゼフさん。この件に関しては、私はサラさんと同意見なのですよ」
「……えっ?」
サラの方を見てみると、サラも俺の事をキッと睨みつけていた。
この件、というのは昨日サラが言っていたアレのことか。と言うことはサラがこんな朝早くにエミリア殿下に会ったのはそのことについて? なにそれちょっと恥ずかしいんだけど。
まぁ、恥がどうのこうのはこの際どうでもいい。問題は殿下の事だ。
「殿下の方こそ、私の立場を考えなくても良いのですよ。私はたかだか平民ですし、出世云々も気にしてませんから」
「ダメです。私の名の下に作戦を実行するか、作戦を許可しないか。二者択一です」
「いや、あの、でも……」
おい誰だこれ入れ知恵したの。サラか? もしくはマヤさんか?
いずれにしても他にいい案が思いつかないし、思いついたとしても軍事査閲官殿の許可がないと作戦実行はできない。なんとも悪辣な……。
ここはイエスと答えるしかないじゃないか。
「そうそう、その作戦を実行するに際してはマヤとラデックさんにも協力してもらった方が良いでしょう。マヤ、早速作戦の準備に……」
「いやいやいやいや殿下、待ってください!」
「何ですか?」
「私やエミリア殿下だけでなく、皆も巻き込むつもりなのですか!?」
「大丈夫です。ラデックさんも『何でも協力する』と仰っていましたから」
今なんでもするって。
いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「……そんなことをすれば、出世に響きますよ」
「それも無用な心配です。16歳で大佐と言う時点でやり過ぎと思っていますから、少しは評価を下げて出世速度を落とさないと下級兵の鬱憤が溜まるでしょう」
「いや、そうかもしれませんが……」
どうやって説得したもんか……。いや無理かな。エミリア殿下って変なところで頑固だから、鶏が烏だと主張し始めたら止まらないのだ。
そんなときにマヤさんが左肩をポンと叩いてくれた。おぉ、マヤさんが援護射撃をしてくれるのか! マヤさんが説得したら、エミリア殿下も少しは考えを改めてくれるかもしれない!
「ユゼフくん。君の負けだ。大人しく諦めたまえ」
違ったわ降伏勧告だったわ。
それを横目にエミリア殿下とサラは満面の笑みだった。畜生め。こんな状況じゃなければ「その笑顔可愛いですね!」とでも言えたのだろうが、とてもじゃないがそんな気分ではない。
結局俺はマヤさんからの降伏勧告を受諾し「これで本当にいいのだろうか」という気持ちのまま、作戦の実行をエミリア殿下に委ねることになった。
なんだか、俺カッコ悪いなぁ……。




