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大陸英雄戦記  作者: 悪一
クラクフ
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道行く少女

 サラがどこに居るかなんてわかるわけがない。

 おそらく彼女がおおよそどこにいるかがわかるのは、今俺の目の前を歩いている元孤児の幼女だけだ。

 だから俺は、ユリアに対して「サラさんを探して」と言った以外は特に何も指示をしていない。


 ユリアはクラクフの街を歩いている。そして俺はその後ろをついていく。案外、ユリアは何の策もなしに歩いているのかもしれないが、それをどうこう言うつもりはない。たぶん俺以上に真剣にサラを探してるだろうし。


 てかユリアの動きがすばしっこい。人が混み合う市場をするすると抜けていき、そして唐突に右に曲がったり左に曲がったり、肩幅しかほどない路地を通ったり。適当に歩いてるのかそうじゃないのかの判断がつきにくいな……。


 1時間ほど市街を歩き、そして17時40分にクラクフの貧民街に俺とユリアは到着した。


 予想外だった、とは思わなかった。

 貧民街に指名手配犯が逃げ込むのは、創作物ではよくある話だ。

 本当に予想外だったのは、ユリアが最短経路で、最短の効率で、公爵邸からこの貧民街まで辿りついたことだ。


 これは最初からユリアは確信していたことは間違いない。そしてユリアは、この広いクラクフの街の道という道をすべて覚えていることも間違いない。それはサラの教育の成果なのか、それともユリアの生まれ持った才能なのか。

 恐ろしい話である。

 あぁ、俺の周りに普通の人間がいない。みんな有能過ぎて泣ける。


 それはともかく、ユリアが「サラ神は貧民街にいるから探せ」と仰る(当然無言だが)ので、適当に探……そうとしたのだが、やはり敵も同じことを思っている様子だ。


 貧民街の入り口に数人の警務局の人間がいた。ここに数人ってことは、街全体では1個中隊は居そうだな。

 もしサラがここに本当に居るとしたら、時間はない。それこそ彼らが虱潰しに探したら近いうちに見つかる可能性がある。


「サラさんが具体的にどこに居るかわかるかい?」


 ユリアにそう聞いてみたが、彼女はふるふると首を横に振る。まぁ、さすがにわからんよな。

 でも、ローラー作戦をするほど時間も人員もない。


 ……ふむ。まずはあの警務局の人間がどの程度捜査を進めてるのか聞いてみよう。写真がないこの世界、まさか俺の顔と素性を警務局の末端の人間が知っているわけでもない。

 事情を知らなそうな下っ端に声をかけて、一軍人、一大尉として偉そうに話しかければ恐らく洗いざらい喋ってくれるだろう。


 と言うわけで如何にも下っ端雰囲気を醸し出しているメガネの男に話しかける。階級は伍長で、歳は20そこそこって感じかな。


「何があった?」

「……こ、これは大尉殿!」


 俺が後ろから話しかけると、俺の階級章を確認した伍長くんは慌てて敬礼する。階級6個も上だし、しかも明らかに年下の顔つきだから驚きもするだろう。

 でも「ユゼフ・ワレサとかいうクソガキ」に注意しろとか言われてるかもしれないから、自己紹介はしない。階級章を見れば、俺が紛う事なき若き王国軍士官であることは明白だからだ。


「で、何があったのだ?」

「はい! 実は、叛乱を企図した女性士官が、この貧民街に逃げ込んだという情報を入手しまして、その捜査をしているのであります!」


 ほうほう。つまりユリアの勘、もしくは判断は正しかったと言うことか。まずは満足すべき結果かな。

 問題は、サラが今もここに居るかだけど。


「それで、その凶悪犯とやらは見つかったのか?」

「い、いえ。お恥ずかしながらまだ……」

「いや、謝る必要はない。じっくり、確実にやってくれ」


 じっくりやって、そして確実に取り逃してください。


「捜査はどの程度まで終わったのだ?」

「はい。えー、第3地区は終了しております。現在第1地区を捜索中です」


 クラクフ貧民街は、王都シロンスクの貧民街と違ってそれなりに区画整理がされている。と言うのも、何もなかった場所に貧民が家を建てたのがシロンスク貧民街で、元々中産階級市民の街に貧民が住み始めたのがクラクフ貧民街だから、らしい。

 北が第1地区、西が第2地区、そして東が第3地区。伍長くん曰く、警務局は貧民街の入り口を全て封鎖し、第3地区から反時計回りに捜査をしている。建物を1棟ずつ、それこそ虱潰しに。第1地区の捜査終了も結構時間がかかるだろう。


 俺は適当なところで伍長を返して、さてどうするかと考え込む。


「どうすべきだと思う?」


 俺は無言のままのユリアに話しかける。当然彼女は何も喋らないが、俺は喋るのをやめない。人に話すと考えが纏まるっていうのは事実だ。どこぞの名探偵も推理中によく喋るし。


「俺の考えとしては、このまま放っておくべきだと思う」


 そう言うと、ユリアの目が若干きつくなった。見捨てるつもりか、という目だ。

 無論、見捨てるつもりはないがね。


「現場指揮を執っているのが誰だか知らないけど、たぶん警務局の人間はサラさんを見つけられないだろう」


 今度は「なぜ?」という感じの顔だ。

 てか、この前より表情が豊かになったな。これは俺に心を開いてくれる証左だろうか。


「警務局の動きが遅すぎる。1棟1棟順番に探しているせいだ。警務局が1棟調べるたびにサラさんは1棟分移動する。そしていつまでも警務局とサラさんが反時計回りに追い掛け逃げる状態が続くと思うよ」


 警務局が本当にサラを捜し出したいなら、追い詰めるように調べなければいい。例えば第1地区と第3地区を制圧して、そこから第2地区に向かって歩を進めればいい。そうすればサラは自然と逃げ場がなくなる。


 これじゃ「遅拙」だな。たぶん数時間もすれば警務局の人間は貧民街からは既に逃げてるのではないかと判断して、封鎖を解くだろう。


「俺とユリアは、ただここで待っていればいい。警務局が疲れ果てて、完全に撤収するまでね」


 そう言うとユリアは納得したのか、それとも諦めたのか、俺を睨むのをやめて、ただ俺の軍服の裾を掴んだ。


「とりあえず立ったまま待つのは疲れるから、適当な場所でお茶でもしようか」




 貧民街の入り口近くにある喫茶店「(ドロヴァール)」でコーヒーを飲んでいたが非常に気まずかった。

 ユリアは全然コーヒーを口にせず、ただ貧民街の方向を眺めていただけだし、なによりそのコーヒーが不味い。味音痴の俺にもわかるほどコーヒーが不味い。砂糖とミルクで誤魔化したけど、多分砂糖牛乳飲んだ方が美味しい。

 そして微妙に価格設定が高い。多分この店は近いうちに潰れるだろう。ていうか潰れろ。


 19時30分。

 だいぶ日が陰ってきた。警務局の人間もサラを見つけることができず、日没後の捜査を打ち切り三々五々帰途についていた。

 そのまま30分ほど待ち、20時を過ぎた段階では既に貧民街には警務局員はいなかった。


「じゃ、俺らの仕事をしよう」


 ユリアはコクリと1回頷く。

 この数時間、俺とユリアはただ黙って泥水(コーヒー)を啜っていたわけではない。サラさんを見つけるための作戦を考えていたのだ。


 そして結論は出た。


「あの野生児……じゃぁなかった。あの騎兵精神溢れる少佐殿を捕まえることができるほど、俺とユリアは身体能力は高くない。だから捕まえるのは諦めようか」


 春戦争時の戦闘詳報を軽く見てみたが、サラの武勲が凄まじい。

 ザレシエ会戦で敵右翼を撃滅させ、カレンネの森の戦いで敵陽動部隊も打ち砕いた。そしてアテニでは少数騎兵による迂回奇襲作戦を立案、自ら実行しこれを成功させた。

 それだけでなく、教官としての能力も高い。近衛師団を王国最強の部隊にした張本人だし。


 そんな人間を、実質俺1人で捕まえろって? 無茶を言わないでくれ。


「捕まえることはできない。なら発想を逆転させよう。サラさんを捕まえるんじゃなくて、サラさんが捕まえればいい」


 これを言った時、ユリアはポカンとしていた。

 ユリアにわかるように作戦を説明し、そしてこうも伝える。


「この作戦を成功させるためには、ユリアの協力が必要だ。頼めるかな?」


 ユリアは暫し悩み、そして大きく首を縦に振った。


 よし、これで算段はついた。



 …………これでこの作戦が失敗したら、ユリアからは永遠に軽蔑されるだろうなぁ。

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