置手紙
ユリアの事が気になったのは、別に世話の話だけではない。
犬猫のように孤児を拾ったサラだが、なんだかんだと言って責任感は人一倍ある奴だ。ユリアを捨てて自分一人で逃げるような奴ではないだろう。一緒に逃げる、ということはしなくても何かしら伝言はしただろうという考えだ。
その伝言がもしかしたら、サラを捕まえる足掛かりとなるのでは……まぁ確証があるわけではない。
「……」
問題はこの黙りこくってるユリアにどうやって聞き出すかだ。
現在俺は先ほどまでユリアが寝ていたソファに腰掛けている。
一方のユリアは部屋の角に居座って、先ほど俺から強奪したキャラメルもどきを食べている。結構たくさん作ってしまったからまだ彼女の手元には大量のお菓子があるため口以外を動かしていない。
俺とユリアの距離は目測で……そうだな。シャトルランが出来るくらい離れてる。
角に居るから簡単に追い詰められるけど、それやると完全に小児性愛者の変態である。
「あのー、ユリアー?」
「…………」
そしてこの頑とした態度である。とてもつらい。
手持無沙汰になってしまったので、傍らに1人寂しく座っているクマのぬいぐるみを持ち上げる。改めて見ると結構デカいが、手作り感もある。
前世みたいな高度なミシンがあるわけでもないし、ぬいぐるみって結構作るの大変だしね。手縫いで、しかもこの大きさともなれば雑な仕事になるのも仕方ない。実際このぬいぐるみの背中なんて解れが……? って、これってよくあるアレかな?
何も考えずに、ぬいぐるみに開いている穴に手を突っ込む。見た目はアレだが質の良い綿を使ってるようで結構気持ちいい。でも高級なのか庶民的なのかよくわからないぬいぐるみだな。たぶん高いだろうけど。
ちなみに俺がぬいぐるみに手を突っ込んだ瞬間、ユリアが再び泣きそうな顔になった。うん、ごめんな。でもおかげで目的の物を見つけたぞい。
「ユリア、サラさんから手紙だぞ」
「……!」
俺がそう言うとユリアは食べるのと泣くのを中断してとことこと近づいてきた。ごめん嘘。食べるのは中断してなかった。そんなに気に入ったのならまた作るぞ? あとちゃんと歯を磨けよ。
「手紙があることは知ってたの?」
ユリアはコクリと1回頷く。
「でもどこにあるのかは知らなかった、と」
今度は2回。
相変わらず喋らないが、また泣きそうな顔になる。
このやりとりで、サラとユリアがどういう会話をしたかだいたい想像がついた。
サラが何をきっかけに捜査の手が自分に伸びているのがわかったのは知らないが、自分が捕まることによってユリアに危険が及ぶかもしれないと思ったのだろう。
ユリアや俺らに伝えたいことは多くある。だがユリアに直接手紙を預けることはリスクが高い。そこで手紙の存在だけを教え、ユリアを通じて俺に手紙を探させようとしたのだろう。
結局、ユリアは怯えっぱなしで、俺が勝手に見つけてしまったのだが。まぁいい。結果オーライだ。
しばし考えていると、ユリアが「その手紙を早く読め」と言わんばかりに袖を引っ張ってくる。かわいい。
手紙は酷く簡素で1枚しかない。文字数も多くないが、字だけは綺麗である。いろんな意味でサラさんらしい手紙だろう。
「ん、じゃあ読むよ」
---
『この手紙を読んでるのは、多分ユゼフかエミリアだと思う。
ユリアはまだ文字が読めないし。当たってるかしら?
まぁいいわ。あまり時間がないから、用件だけ伝えるわね。
まず、自分の置かれた状況と、エミリアが置かれた状況はわかってるつもり。
誰が何をした結果なのかは知らないけど、たぶんユゼフならすぐわかったと思う。
だから伝えることはひとつ。
私が捕まっても、何もしないで。
そして私がどうなろうと、何も思わないで。
私なんかのために、自分が犠牲になろうとは思わないで。
それだけ。
追伸。
ユリアのこと、お願いね。』
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「と、サラさんは言ってるけど、ユリアはどう思う?」
「……」
ぷるぷるしてる。若干涙目だが、これは悲しいと言うより怒っているのだろう。ユリアは俺に対しては無口なだけで、本当は6歳らしい感情の起伏がある様だ。慣れると何考えてるかわかるようになる。
「そうか。ま、俺もユリアとだいたい同じ気持ちさ」
冗談が嫌いなサラのことだろうから、たぶんこれは全部本音なのだろう。
が、それでも性質の悪い本音である事は確かだ。
「サラさんには後60年くらい生きてもらわないと困る。ユリアもそう思うだろう?」
ユリアは何度も何度も、力強く首を縦に振る。意志の固さはわかったが、あまりやると頭がぐわんぐわんするからやめた方が良いと思う。
ていうかアホだな。俺らがこんな手紙で止められると思ってるのなら、サラには再教育が必要だろう。
でも、手紙には手掛かりはなかった。おそらくクラクフ市内に入ると思うが、それでも南シレジア最大都市であるクラクフを端から端まで探すことはできない。
人海戦術が一番だが、捜索に当たれるのは俺だけだ。警務局に先を越されるだろう。だから、ピンポイントで探すしかない。
「ユリア、サラさんを探すの手伝ってくれるか?」
ユリアが、唯一の手掛かりだ。
ユリアもそれがわかっているのか、それとも単純にサラを探したいのか、彼女は再び大きく頷いた。
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