孤児と名付け親
エミリア殿下はどうにか立ち直ったようで、16時30分の段階では、とりあえず見た感じではいつもの殿下に戻っていた。そして殿下も、マヤさんや俺と同じような結論に至ったらしく、次の事を述べた。
「ユゼフさん。今回の事件についての調査をお願いします」
つまり、自分が王族として、そして軍事査閲官として不用意に動くのはまずいと考えたのである。
事件はまだ始まったばかりだ。切り札はそれが有効になる時まで待たなければならない。
「必ず、エミリア大佐の御期待に添えるよう努力いたします。それまで、しばしお待ちください」
「……頼みます」
殿下のその懇願するかのような言葉は、とても力強くて、そして儚いものだった。
軍事参事官ユゼフ・ワレサ大尉。
次席補佐官の時とは違って、俺には特権はおろか権限も何もない。
そしてエミリア殿下の援護射撃も期待はできない。
さらに、時間もない。
やれやれ。こんな仕事を連続でする羽目になるとはね。諜報科にでも入っておくんだった。
さて、直属の上司たるエミリア殿下からの命令を受けたことだし、早速サラの行方を追おう。と言いたいところだがまずにやらねばならないことがある。ユリアの事だ。
今日はサラが忙しい日だったから、マヤさんの家、もといクラクフスキ公爵邸にいるはずだ。
サラが逃亡中の間、ユリアの世話を誰かがやらなければならない。
「マヤさん。暫くユリアの面倒を見てもらってもいいですかね?」
サラの官舎は当然使えないし、俺は未だ大尉で詰め込み式の兵舎に住んでいる。となるとエミリア殿下かマヤさんかになるだろうが、ユリアは暫く公爵邸に住むことになるだろうからマヤさんの方が良いだろう。
と思って提案したのだが、マヤさんは即答しなかった。10秒程の沈黙の後、彼女はようやく答えた。
「……いや、それは君が見るべきだろう」
「えっ?」
意外だった。マヤさんならすぐに答えてくれるだろうと思っていただけに、ちょっと面食らう。
対応に困ったのでエミリア殿下に目を向けてみる。殿下に説得しようとしてもらおうと思ったんだけど、殿下は首を横に振った。
「ユリアちゃんの世話は、ユゼフさんがするのが良いと思います」
「……なぜです? 私は彼女に怯えられているので、難しいと思いますが」
「なぜ怯えられているかはわかりません。でもサラさんは、ユゼフさんの下に預けたいと思います。名付け親ですし、それにこういう時に言うのもなんですが、誤解を解いて、ユリアちゃんのことを知るいい機会かと思います」
「私もエミリア殿下の言葉に同意する。付け加えるならば、私と殿下はユリア殿のことをあまり知らないし、彼女も私たちの事は知らないのだ。それよりかは……」
確かに。ユリアとはこの間買い物に行ったばかりだしな。サラの次にユリアと面識があるのは俺しかいないわけか。
これも名付け親の責任ってことかな。さすがに親に二度捨てられるのは酷だろうし
「分かりました。私が世話を見ます。その間、私は公爵邸に出入りすることになりますが……」
「その点は構わない。必要であれば、公爵邸で寝泊まりすればいい。少なくとも君のいる兵舎よりはマシなはずだ」
「……ありがとうございます」
自分の事を怯えている幼女の世話か、結構難しそうだな。
いや、物は考えようか。16歳と240ヶ月の俺が6歳の子供を持っているのは普通のことだ。うん、そう言うことにしておこう。
公爵邸にある一室、なんか矢鱈豪華な客室にユリアはいるらしい。考えてみれば、貧民街の孤児だった幼女が偶然軍の士官に助けられて公爵邸で寝泊まりすることが多いって下手な少女漫画よりシンデレラストーリーしてる気がする。
道中、どうやってユリアと接すればいいのかウンウン唸って考えたが、結局良い打開策を思いつくことができずに部屋まで来てしまった。まぁいいや。会ったら考えよう。
ドアをノックしても反応がなかったのでそのまま開けてみる。
するとユリアは着替え中で……なんてラノベみたいな展開はない。ただ彼女は、その体の大きさに似合わない程の大きさのソファで寝ていた。サラに買ってもらったのか、公爵邸の誰かが気を利かせたのかは知らないが、ユリアと同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみを抱えてそれを抱き枕にしてるようだ。
うむ。結構かわいい。写真撮りたい。
にしても、ちゃんとベッドあるのになんでソファで寝てるんだろうか。しかもみんなの憧れ天蓋付きベッド。って、天蓋付きベッドって実在するのか。てっきりファンタジー限定かと。
ベッド以外の部分も観察してみる。子供に与える部屋としては過剰な設備とも言えるが、公爵令嬢の友人にして軍士官の子供に与える部屋と考えればそうでもないのかもしれない。でもそれを使用している形跡はない。たぶんユリアも使い方わかってないのだろう。
……と、そこで視線を感じた。振り返ってみると、ユリアが起きていたのだ。どうやら無遠慮に部屋を観察しすぎたせいで起きてしまったのだろう。貧民街で路上生活するときは寝てる最中に追剥に遭う可能性あるから、寝てる時でも気が緩めない。ユリアもその辺の能力が高いのだろう。悲しいことに。
そしてさらに悲しいことに、ユリアは俺を確認した途端びくびくし出した。身体を縮めて、まるで本物のクマか泥棒が入ってきたときのような目をしている。分かり易く言うと「くっ、殺せ」とか言い出しそうな感じ。違うか。
「……えーっと、とりあえず俺はユリアに危害を加えるつもりはないよ?」
「……」
ユリアの目は変わらない。それもそうか。こんなんで信じてくれるほど世の中甘くないしな。第一、幼女に話しかける男と言う時点で色々アウトだ。
なんでや、名付け親なんやぞ! もうちょっとなんかあったってええやろ!
仕方ない。対幼女用決戦兵器を投入しよう。
こんなこともあろうかと、先ほど公爵邸の料理室を借りて自作したキャラメルのような別の何か。
いや、だって遥か昔、たぶん小学生くらいの時に作ったきりだったからさ。その記憶を掘り当てながらどうにかこうにかして作ったんだけども、どうも細部があやふやでね。その、うん。ほんとごめん。付き合ってくれた料理人さんありがとう。面識ないのに。
材料は、砂糖と牛乳とバター、あと適当にフレーバー入れて、熱して溶かして型とって冷やしただけのお手軽お菓子です。ただしキャラメルみたいな粘りはない。た、食べられるし、それなりに美味しいから問題ない。はず。
それはともかく、俺はユリアの目の前で、このいろんな意味で未知なるお菓子をチラつかせる。
「ほーら、美味しそうなお菓子があるぞー?」
…………あ、これ完全に不審者だわ。幼女誘拐の時によくある手口だわ。
でもユリアはこのキャラメルもどきのお菓子に釣られたのか、とことこと近づいてくる。よし来い、そのまま来い。そして俺と親睦を深めるんだ!
と思ったのも束の間。ユリアは俺の鳩尾を思い切り殴った。幼女の腕力なんてたかが知れてるが、それでも痛いものは痛い。一方のユリアは、俺を殴るだけでは飽き足らず、俺が持っていたキャラメルもどきをひったくってそのまま口に入れた。
表情から見るに、ユリアは満足してる様子。それがキャラメルもどきの味が良かったのか、それとも俺を殴り抜いたことによる快感なのかはわからない。
って、この流れ妙な既視感があるぞ?
「ユリア、もしかしてサラからこうしろって教わったのか?」
ユリアは何も言わず、ただコクリと一回頷いただけだった。あいつユリアになんてことを教えてやがる……。いや、不審者に対する行動と見れば普通かもしれないけど。
とりあえずサラをなんとしてでも捕まえて、その暴力主義な教育方針を直させよう。
【お知らせ】
『大陸英雄戦記』がアース・スターノベル様(http://www.es-novel.jp/)より書籍化されることが決定しました。
これも読者の方々の応援のおかげです。本当にありがとうございます。
具体的な内容については追々活動報告、もしくは作者Twitter(@waru_ichi)で行うつもりです。
これからもよろしくお願いします。
 




