買い物
ユリアの服を買いに市場へ行こう、と言ったのはサラである。
「なんで?」
「忙しくてなかなか買えなかったのよ……」
サラがこんなにも仕事の鬼だとは知らなかった。
そう言えば、サラは第3騎兵連隊で3番目の地位にいるんだっけか。新任少佐なのに。異例の、そして異常な出世の速さだ。いくらサラが武勲を立てまくったと言っても限度はあるだろうに。それともエミリア殿下の覚え目出度いからだろうか。
「普通は中佐か最先任少佐がやるのが普通なのに、なぜか私がやる羽目になったのよ!」
サラは若干帝国語がおかしくなるくらい怒っていた。昇進した者だけが持つ悩みと言う気がしなくもないが、それを言うと嫌味ったらしくなってしまう。そして最終的にはまた拳が飛んでくる。
「まぁ、サラの教え方は上手だからね。そこら辺が評価されたんだと思うよ」
実際上手い。剣に振り回されたり弓術の点数が5点だった俺が士官学校を卒業できたのは偏に彼女のおかげである。サラ大明神様って呼びたいくらいだ。
「あんたは下手だけどね」
「ごめんなさい」
いやアレでも結構頑張った方なんだけどね。みんなが割と優秀だから下手な授業でも理解してくれたんだろうけど。ちょっとタイムマシン開発して授業やり直したい気分だ。今なら上手くやれ……る気がしない。同じ結果になりそう。
「で、話は戻るけど一緒に買い物に付き合ってくれない?」
あぁ、そういえばそんな話してたね。
聞けば、忙しくてユリアの服のバリエーションが少ないらしい。「ユリアも女の子なんだから1ヶ月分服が欲しい! もちろん日替わりでね!」とかなんとか。いやいやいや30着はどう考えても買い過ぎでしょう。
……え? それが普通なの? 本当に? 俺なんて3日で1ループするよ?
まぁ春夏秋冬で着分けるとしたら1シーズン当たり7、8着ということになるからそれなら普通……ってことだよね? まさか本当に一気に30着も買わないよね?
それともユリアが体の良い着せ替え人形になってる可能性が……。いや、これ以上は考えるのはよそう。なんか怖くなってきた。
「……まぁ別に行っても良いけど、俺が行くとユリアが怯えるぞ?」
「それは今回の買い物で誤解? を解けばいいでしょ」
解ければいいけどね、解ける気がしないんだけど。そもそもどう誤解されてるかわからないんじゃ、手の打ちようがない。
「まぁ、そこも今回の買い物で見つければいいのよ」
「行き当たりばったりすぎない?」
「いいから」
あ、もうだめだこれ。サラが「いいから」って言ったらもうそれは「決定」って意味だし。これ以上無用な抵抗をすれば肩が砕けるか胃が破裂するかのどちらかが俺を待っている。
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年頃の女の子と一緒に買い物。前世ならばそれだけでご飯3杯はいけるのだが、相手が相手なだけに素直に喜べないのが悲しいところである。
現在、サラとユリアは市場を歩きながらウィンドウショッピングに勤しんでいる。服を買いに来たはずなのになぜか宝飾店の展示物を眺めたり、あるいは本屋でユリアに何を読ませたら良いだろうかと悩んでたりしている。
その間俺は蚊帳の外である。例えるならば修学旅行の時に班行動を強制されたけどクラスに友達がいないために2、3歩後ろに下がってついてくるだけの奴になった気分だ。決して俺の実話じゃないぞ、本当だぞ。
まぁそんな異世界の話などどうでもよい。問題は今のサラの行動である。買い物でテンション上がりまくってる彼女の言動はどう見てもオカンにしか見えない。サラさんが本当に子供作ったらあんな風な感じになるのかね。そもそもサラさんが結婚してる情景がどうも思いつかないけどさ。
1時間程寄り道したものの、ようやく本来の目的である服屋に到着。これからが本番なのに凄い疲れた。もう帰りたい。
「ねぇ、ユゼフ! どっちが良いかしら!」
ようやくサラは俺のことを思い出したのか、ようやく話しかけてくれた。荷物持ち扱いだと思ったらちゃんと勘定に入ってたのね。
で、彼女は今女性向けの服を2つ持っている。いわゆるこれは、原宿で頭の弱そうなカップルが「ねぇ、どっちが良いと思う?」「うーん、右かな」「えー、私左が良いなー」っていう状況になっているな。だったら最初から聞くんじゃねーよ。
「どっちもユリアに大きさが合わないと思うけど?」
「……知ってるわよ! そんなの!」
サラは逆ギレしつつ商品であるはずの服を乱暴に棚に戻す。迷惑だからやめてあげなさい。
その後は彼女は普通にユリアの服を見繕っている。どうやら30着一気に購入は嘘だったようで、夏服と秋服を数着だけ買うようだ。まぁ、そんなに手に持てないしね。
んー、本当に着せ替え人形にしか見えない。サラが結構楽しんでるし、ユリアは若干引き顔だし。
そしてサラと離れると俺の居場所がない。婦人服店だから不審者にしか見えないだろう。ちょっと店員さん、そこでヒソヒソするのやめてください。俺みたいな人間がこんなところに居るのおかしいって本人が一番知ってるから。
なんや、買えばええんか! 俺がなんか買えば満足か! 男が婦人服店で女性物の服買ったろうか!?
「ユゼフ、何してんの?」
「見ての通り買い物です」
見てろ店員共め。俺だってこんなオシャレな服屋でも服買えるんだぞ。し○むらだけじゃなくユ○クロにも行けるんだからな!
「……女装趣味あるの?」
「うーん……興味はあるけど、今は別にいいかな」
「興味はあるのね……」
まぁ、女装に憧れる男性諸氏は多いと思う。そして女に生まれ変わりたいって男も多い。
でも俺はなぜか二度目の男人生だ。別にいいけど。
「女装趣味云々はともかく、買いたいなら買えばいいじゃない」
「いや、買わないって。第一お金がないし」
「えっ? そうなの?」
「うん。オストマルクの物価が高くてさ、予想外に給料が消えるの早かったんだよね」
「ふーん……」
まぁ本当は結構貯金はあったんだけどね。2年くらい大使館にいるつもりでいたのに8ヶ月でシレジアに帰ってきたもんだから貯蓄をする意味がなくなった。
そして残ってたオストマルク通貨でフィーネさんに贈り物をしから財布はスッカラカンだ。
無論こんなことサラには言えない。なぜか俺の脳みそがそう言っている。それを言ったら漏れなく拳が飛んでくるぞ、と。
さて、妙なところで勘が良いサラを誤魔化すために、サッサとこの話題を終わらせよう。
「それで、ユリアの服は決まったの?」
「だいたいはね。たくさん買えるほど気に入ったものがなかったし」
そう言ってるサラの足元には確かに大きな袋が鎮座している。30着とは言わないまでも10着くらいは入ってるだろう。
「まさかユリアのと称して自分の買ってないよね?」
「私は軍服と最低限の普段着があれば大丈夫だから」
最低限の普段着があのミ○トさんか。来客があった時とかどうするんだろうね。
「じゃ、次の店に行きましょうか!」
「え、まだ買うの!?」
「当然よ。何のためにユゼフは腕が2本もあるのよ!」
やはり俺は荷物持ちとして呼ばれたらしい。結局サラとユリアは夕刻までに当初宣言通り30着ほどの服を買ったようだ。それ以外にも夕食の準備だなんだで食材も買い漁り、俺の腕にかかる負担が半端ない。
でも金銭的な負担は全部サラだ。さっきも言ったように金がないのと、それに両手が塞がってるから財布が取り出せないし。それにサラの方が給料良いしね!
そしてほぼ日が沈みかけた頃、ようやく官舎に戻る。疲れた。あと腕が早くも筋肉痛で悲鳴を上げている気がする。早く帰りたい。
「じゃ、また買い物に付き合ってね!」
「えー……」
ハッキリ言えば嫌だが、俺の心境を察したのかサラの語気が若干強くなった。
「付き合ってくれるわよね?」
「是非お供をさせてください」
自分でも感心するほど深々と上司にお辞儀するとサラは満足したようで、別れの挨拶もそこそこに扉を閉めた。これもパワハラになるんだろうか。
……あれ? そう言えばなんで俺ってサラの家に来たんだっけ?




