クラクフへ
サラとユリアと一緒に軍務省庁舎に向かう途中、ラデックと再会した。彼はユリアのことを見た瞬間
「お、お前らいつの間に子供なんて……」
全てを言い終わる前にラデックはサラの拳によって数m程吹っ飛んだ。残念ながら当然。
そしてエミリア殿下とマヤさんとも再会。やはりと言うかなんと言うか、この2人も
「つ、ついに2人が!」
「おめでとう……!」
勿論、王女様に拳を突き付けるサラではなかったが「どうしてみんなしてそうなるのよ!」と顔を真っ赤にしつつ、俺が脇から事情をみんなに説明した。
うん。どうやら俺の思考は正常だったらしい。良かった。
軍務省人事局に出頭し、新たな辞令を受け取りさっさと退室。軍務省の空気は大使館で事務処理を延々としていた時のトラウマが思い起こされるので長居は無用である。
「で、どうだったの?」
庁舎から出ると、そこにはいつものメンバーが待機していた。一応みんな現役の軍人なのに、なんでみんなして暇そうにしてるの? 一斉休暇なの?
「えーっとね。クラクフスキ公爵領だって。役職名は公爵領の軍事参事官……って、もしかしてまた事務仕事じゃ……」
なんだろう。大使館と言い今回と言い。事務仕事はそんなに得意じゃないんだけど。戦術研究科を卒業した意味とはいったいなんなんだ?
が、その人事を聞いた面々は不思議な顔をしていた。
「……ユゼフさんも?」
「……『も』?」
聞けば、エミリア殿下を筆頭にみんな昇進の上クラクフスキ公爵領へ転任らしい。なにそれ怖い。絶対誰か人事に介入しただろ!
「って、皆昇進してるんだね」
「え? ユゼフ昇進してないの!?」
「そうみたい」
大使館で結構頑張って情報収集したのに、昇進は見送られた。理由は人事局長曰く「独断専行が過ぎると報告書があった。確かに功績は大きいが、軍隊という組織で独断専行は許されない。だから、功績と失敗を相殺して昇進はなしになった」らしい。
まぁ農民出身である俺がそんなにホイホイ出世できるわけでもないから、それで無理矢理納得できたけど、どうやらエミリア殿下やサラは納得できないらしい。
特にサラが。
「ユゼフ。ユリアを頼むわ。ちょっと人事局長に会ってくる」
「やめなさい」
「なんでよ! 会いに行くだけよ!?」
「絶対会いに行くだけじゃ済まないからだよ!」
たぶんこのままじゃ数発殴るだろう。
とりあえずサラを羽交い絞めにして止める。ついでにイケメンラデックが何やらユリアに吹き込んでいたようで、10秒後ユリアが通せんぼをしたおかげでサラの暴走は止まった。
ふむ。どうやらユリアは良いブレーキ役として成長してくれそうだ。
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7月31日。
エミリア王女を筆頭に、約3000名のシレジア人が一斉に民族大移動を始める。目的地はクラクフスキ公爵領クラクフ。
当地の軍事査閲官として赴任する予定のエミリア大佐と、その副官であるマヤ大尉は王族専用の馬車に乗り、俺とラデックとユリアは荷馬車に便乗。サラは第3騎兵連隊第2大隊長なので普通に馬に乗って馬車の護衛をする。
道中暇だったので、俺とラデックは積もる話をしていた。ちなみにユリアは爆睡中。
「んで、ユゼフはオストマルクで何やってたんだ?」
「んー……外交?」
「具体的に」
「そうだなー……。リゼルさんに会って、リゼルさんと一緒に仕事したり、リゼルさんと一緒に馬車に乗ったり、リゼルさんと一緒に食事したり、リゼルさんと一緒に買い物したり、リゼルさんと一緒に結婚式場を見繕ったりしてたかな」
「おいちょっと待てそれのどこが外交だ。ってかお前人の婚約者と何を」
「あとついでに、ラデックから送られてきた惚気満載の手紙をリゼルさんに渡しておいた」
「本当にお前は何をやってるんだ!?」
「静かに。ユリアが起きる」
「ぐっ……」
こう言っちゃなんだけど、子供って便利だな。傍に居るだけで相手の怒りを鎮めることができる。
にしても、リゼルさんの事を話した途端ラデックの顔が赤くなっている。それが怒っているからなのか、それとも恥ずかしがってるのかはわからない。でも見てて楽しいので今後もこれをネタに彼をからかってみることにしよう。
なに、気にすることはない。飽きたらやめるから。飽きる予定ないけどね。
「ラデックの方はどうなんだ?」
「ん? 別に何もない。ただ書類と格闘してただけだ」
「それは……大変だっただろうね」
「まぁなー。って、お前もそれで苦労した口か」
「うん」
大使館内での仕事は事務ばっかだったし、そして俺の事務処理能力が低いせいか結構滞らせてしまっていた。挙句の果てには情報収集と称して上司に仕事を丸投げしていた日々……。てへ。
……ダムロッシュ少佐ごめんなさい。あと後任のクランスキーさんも頑張ってね。
「てか、なんでまた俺ら一緒の勤務地なんだ? あり得ないだろ?」
「確かにね……5年くらい会えないと覚悟してたのに」
まったくもう、去年の11月、軍務省庁舎前で円陣を組んでた時はこんなことになるとは思いもしなかった。恥ずかしい台詞みんな言ってたのに……。
うん、これはみんなのためにも言わない方が良いな。黒歴史だ。
「ユゼフ、なんでだと思う?」
「そうだな……まぁ、順当に考えると国王陛下の御恩情だな」
と言っても確証があるわけでもない。エミリア殿下も直接陛下に真意を問い質したわけじゃないみたいだし。
そして別の可能性もある。これも確証があるわけではないが、カロル大公が指示した可能性だ。政敵であるエミリア王女とその仲間たちを一網打尽にするために一ヶ所に集めたのではないか、というもの。俺が王都召還されたのも恐らくカロル大公の圧力のせいだから、その後の人事も彼が操作している可能性がある。
でも考え過ぎかな。それに推測の上に推測を立てたものだから、本当かどうかはかなり怪しい。
単純に偶然の結果かもしれないし、あるいはもっと強大な存在による操作かもしれない。
そして馬車に揺られること数日。8月3日の昼に、俺らはマヤさんの故郷であり、そして王国で一、二を争う大都市であるクラクフスキ公爵領の領都クラクフに到着した。
今日から俺は、この地の軍事参事官となる。
……で、軍事参事官って結局何やるわけ?




