名付け親
7月28日。
軍務省の出頭命令に従って王都を歩いていたらサラに久しぶりに会った。
声を掛けようかと思ったら、彼女は子連れだった。
な、何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何が何だか全然わからん。
「……え、えーっと、久しぶりねユゼフ」
サラも凄い気まずそうな顔をしている。
こういう時ってどういう風に言えばいいの? 普通におめでとうって言えばいいの?
そして考え抜いたあげく、俺が言った言葉はこんなのだ。
「……お幸せに」
「何の話!?」
何の話って、文字通りの意味だけど。
うんうん。サラさん結局あのナルシスト子爵と結婚して早くも子供を作ったんだ。なら友人としては祝ってあげないとね。うん。
と思った矢先殴られた。久しぶりに味わうこの痛み。この痛みが、サラが子連れであることが現実であると教えてくれていた。顔と心が痛い。
「なんか勘違いしてるような気がするんだけど、よく見なさい!」
そう言うと彼女は、ひょいとその子供を持ち上げた。
ふむふむ。外見年齢は6歳前後でたぶん女の子。服はボロボロだが、お風呂に入った直後なのだろうか身体や髪は綺麗である。その髪は白色だ。……白色?
「ハッ! 髪が赤色じゃない!? と言うことはサラさんの子供じゃないな!」
「理由が間違ってるのに結論が当たってるのがムカつくし第一さん付けすんじゃないわよ!!」
この後滅茶苦茶殴られた。
数分後。
肩で息をしながらようやく俺をサンドバックするのをやめてくれた彼女に対して俺は土下座をしながら言い訳をする。王都のど真ん中で。
「いや、わかってたんだよ? サラが18歳で6歳くらいの子供を持つはずがないし、もし仮に出来ていたとしてもそんなボロボロの服を着させるようなサラじゃないって」
「わかればいいのよ」
ようやく許してくれたらしいので、俺は土下座体勢を終了させて立ち上がる。周囲の目と王都の地面は冷たかったですハイ。
「それで、この子どうしたの?」
「拾ったのよ」
いやそんな犬猫を拾ったみたいに言うなよ。
「拾ってどうするの?」
「育てるわ!」
だから犬猫みたいに以下略。
「どうやって育てるつもり?」
「一緒に官舎に住めばいいのよ!」
だから……あぁ、もういいや。突っ込むだけ無駄だ。
「って、今官舎って言った?」
「言ったけど?」
そう言うとサラは何かに気付いたようで、ここぞとばかりにドヤ顔で階級章を見せびらかしてきた。見ると、そこには王国軍少佐を意味する階級章がある。
……うん。なんとなく想像ついたけどさ、出世はやくない?
官舎は基本的に佐官以上の者に与えられ、尉官以下の者は兵舎に住むことになる。どう違うかと言えば、官舎の方が豪華で兵舎は詰め込み式ってことだな。
確かに官舎なら広さもそれなりにあるから子供1人を育てられる余裕もあるし、少佐なら給料も良いからその辺も問題ないか。
……あれ? もしかしてコレ止められないっぽい?
「……ちなみにどこで拾ったの? だいたい想像つくけど」
「貧民街よ!」
ですよね。
うーん、褒められた事ではないんだよなぁ……。いや、素晴らしい事ではあるかもしれないけど。
「ねぇ、もしかしてまだ拾う気ある?」
「……ないわ。今の所はね」
最後の一言は引っ掛かるけど、それなら良い。孤児院を開く勢いで子供を拾い集める程経済力はないし。
「じゃ、それが最後だからね?」
「……わかってる」
「よし」
サラは物凄くむすーっとした顔をしている。うん、その犬猫を拾ったような感覚はやめようか。
でも言質は取った。サラに言質が有効かはわからないが。
「そんなことより!」
え? 子供を拾ったことが「そんなこと」扱いなの? おかしくない?
「ユゼフ、この子の名付け親になってあげて!」
「はい?」
「この子、名前がないのよ!」
「あ、そうなの?」
と言うことは捨て子かな。名字もないってことだろうか。
「って、サラが名付け親になれば良くない?」
「マリノフスキ家では女の子が生まれたら父親が名付けするのが決まりなのよ」
「へー」
じゃあサラという名前も、父親としては赤点な騎士様が名付けしたってことね。
「って、俺はいつからマリノフスキ家になったんだ」
「いいから」
「いや、いいからって……あ、わかったから、その肩を掴むのやめて?」
えーっと、名前ね。名前。俺の肩が砕ける前に考えないとダメだな。
単純に考えよう。サラも犬猫理論で子供拾ったから、俺も犬猫の名付けみたいに外見的特徴から名付けしようかな。
とりあえずその少女を眺めてみ……ってあれ? どこ行った?
「サラ? あの子は?」
「ん? 私の後ろに居るわよ?」
そう言う彼女の後ろを見てみる。確かにサラの後ろで彼女の服を掴みながらちょっと涙目でぷるぷるしてる。やだ、かわいい。……ってこれ怯えられてる?
「ねぇ。なんで俺怯えられてるわけ?」
「知らないわよ。あんた私の知らないところで悪さしたんじゃないでしょうね?」
「いや、してな……って痛いよ! 力入れないで!?」
俺の肩を掴むサラの握力が3割増しになった気がする。アカン。本当に肩の骨が砕ける。
少女は明らかに俺を避けるかのような動きをする。そのためその白い髪の毛以外を見ることはできない。
仕方ない。じゃあその髪の毛由来の名前を付けよう。
「じゃあ名前は『シロ』で」
「今度は首ね」
「待って冗談だから首はやめて死んじゃう」
流石にふざけ過ぎた。安直過ぎだし犬の名前だし。
白、白と言えば……。
と、そこで思い出したのが、次席補佐官してた時によく行った喫茶店の名前である。あの花も白色だった。そんでシレジア人女性風に、名前の最後の音を「A」にする。サラもエミリア殿下もマヤさんも、非実在彼女フィーナさんもみんな「A」で終わってるし。それにちょっと日本人女性名風になるし、如何にも俺が名付けたっぽい名前になる。
うん、これに決定。
「えーっと、『ユリア』ってのはどうだろうか」
「……ゆりあ?」
真っ先に反応したのはその少女だった。サラに隠れながら顔を半分だけひょっこり出してる。かわいい。ハイエースしたい。
おっといかん、邪心が……。
「そう。ユリは花の名前さ」
「……」
気に入ってくれただろうか? ちなみにシレジアでは百合の花の事をリリアと呼ぶ。だからリリアでも良かったけど、日本語要素入れたくてね。ユリアって名前も珍しいってわけじゃないし。
「サラおねーちゃん」
「ん? 何?」
「はなしてあげて」
「わかったわ」
ふぅ。やっと解放された。どうやら彼女は気に入ってくれたらしい。
って、サラお姉ちゃんって呼ばせてるんだな。まぁサラおばちゃまとかよりはずっといいけど。
「ま、この子……ユリアも気に入ってるようだから、それを採用するわ」
よし。首の皮一枚繋がったな。比喩じゃなくて本当の意味で繋がったわ。
「じゃあ、貴女の名前は今日からユリア・マリノフスカ=ワレサね!」
「おいちょっと待て」
その後、数分間にわたる交渉とボクシングにより、この少女はユリア・ジェリニスカという名前になった。
法律上の保護者はサラ・マリノフスカ。サラは俺も保護者にしようとしたが、それは丁重にお断りしといた。




