次の任地
突然ですがここで問題です。
王都シロンスクで、8ヶ月ぶりに出会った友人兼剣術の師範であるサラ・マリノフスカに子供が出来たと知った時の俺の気持ちを140字以内で答えなさい。
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時は休戦発効から2週間程が経過し、6月28日までに遡る。
その日、シレジア王国軍総合作戦本部高等参事官エミリア・シレジア少佐を筆頭に、エミリアの侍従武官であるマヤ・クラクフスカ中尉、近衛師団第3騎兵連隊所属のサラ・マリノフスカ大尉、補給参謀補ラスドワフ・ノヴァク中尉などの一部の士官は、一足先に王都シロンスクに帰還した。
暫くは王都でゆっくりと戦場の垢を落とし、そしてそれが終われば各員は戦後処理に追われた。
そしてそれも一段落したのは7月7日、この日オストマルク駐在武官ユゼフ・ワレサに対する召還命令が出されたが、それと時を同じくして軍務省内において今回の戦争における論功行賞が行われた。
軍務省庁舎外でエミリアら4人は、かつて士官学校卒業直後の時のようにその人事を見せ合った。ただし、ユゼフはいないが。
だがそれに先立って、エミリアは陰鬱な顔で大きなため息を吐いていた。
「どうしたの、エミリア?」
「いえ、それが……」
エミリアはおずおずと言った感じで、先ほど人事局から手渡された辞令をサラに見せた。
「えーっと……。大佐に昇進……? え、あの、エミリア大佐になったの!?」
大佐。
通常であれば40歳手前でやっとこの階級になる。最速でも30歳手前なのだが、エミリアはなんと16歳で大佐となってしまった。
確かにエミリアは今回の戦争において多くの作戦を立案し、そしてシレジアに勝利をもたらした立役者とも言える存在だった。だがそれ以上に、王族と言う彼女の独特の立場によるものであるところが大きいだろう。それでも、16歳の少女に大佐は些かやり過ぎ感はある。
大佐ともなれば、率いる部隊は1個連隊約3000が通例である。後方勤務であっても、参事官職や各部局長級の身分が与えられるだろう。
だが、エミリアの悩みの種はそれだけではなかった。
「問題は次の役職なのですが……」
「役職……? えーっと……軍事査閲官? 勤務地はクラクフ……ってどっかで聞いたことあるような……」
「サラさん。マヤの姓は覚えてますか?」
「……ヴァルタ?」
サラの冗談としか思えないその発言に、マヤは慌ててツッコミを入れる。
「それは偽名の方だ。本名はマヤ・クラクフスカと言う」
「あぁ……なるほど。そう言えば名前に『クラクフ』って入ってるわね。それで身に覚えがあったのね」
地名が名字となることは、シレジアにおいては別に珍しい話ではない。何しろ料理名が名字になる国である。
だがマヤ・クラクフスカの場合、通常のそれとは些か事情が異なる。
「クラクフという都市名の由来は、クラクフスキから来ている」
「え? ってことは……」
「そう。クラクフという街は、クラクフスキ公爵領の領都だ」
クラクフスキ公爵領。
シレジア南部に位置し、領都クラクフは王国において一、二を争う経済力を持っている。そしてさらに、クラクフと同規模の都市であるカトヴィッツを擁しているため、全体で見れば王都シロンスクを凌駕している。
「……つまりエミリアはクラクフスキ公爵領勤務ってことね。でも軍事査閲官ってなにをする役職なの?」
その問いに答えたのは、クラクフスキ公爵令嬢で、将来においてその身分になるかもしれないマヤであった。
「軍事査閲官は、クラクフスキ公爵領の領主、つまり私の兄であるヴィトルト・クラクフスキを軍事面において補佐し、時に業務を委任される。クラクフスキ公爵領は人口と経済力が多大なだけに、仕事量も多いからな」
つまるところ、クラクフスキ公爵領軍事査閲官とは、当地限定の軍務尚書であると言い換えても良い。その職権はクラクフスキ公爵領における軍政全般に及ぶ。
「でも、王都の総合作戦本部勤務だったのにな。なんか左遷にも見える」
そう指摘したのはラデックだった。確かに、軍事査閲官の地位は相当高いものだが、総合作戦本部高等参事官という職に比べたら、果たしてどちらが良いかということになる。
「だからこそ、エミリア殿下を大佐に特進させてお茶を濁したのだろうな」
「ふーん……」
サラとラデックはそれで納得したが、当事者であるエミリアは違う見解を示していた。
「いえ、恐らくこれはお父様の意向が多分に含まれていると思われます」
「え、つまりまた国王陛下が人事に介入したと?」
「はい。証拠はありませんが」
「どういうことよ?」
「今回、私は高等参事官として最前線にまで行きました。実際に敵と剣を交えることはありませんでしたが、お父様はそれを憂慮したのでしょう」
エミリアは、自ら前線に立って国民を率いることを使命に士官学校に入り、そして軍に入った。だが国王陛下であり彼女の父親であるフランツ・シレジアは、娘に身の危険が及ばないよう、そして監視がしやすい王都勤務とした。
だが戦争によって彼女は前線に立った。それが彼女が望んだ結果にせよ、国王がはいそうですかと黙っているわけにはいかない。
オストマルクが友好国となった現在、クラクフスキ公爵領の軍事的重要性は下がりつつあり、そしてまた懇意にしている貴族の下であれば監視も効く。そして、彼女が自由に戦場に立つことがないように、その職権をクラクフスキ公爵領に限定させた軍事査閲官と言う職を与えたのである。
「はぁ……まぁ、人事には従いましょう。着任日まで、早急に仕事を片付けねばなりませんね」
そして、このエミリアの人事によって、他の2人の女性士官の次の配属先も決定された。
「エミリアがクラクフに行くなら、私もクラクフに行くのね」
サラ・マリノフスカは少佐に昇進した。これは今回の戦争において多大な武勲を立てたからであり、その功績が正当に評価された結果である。
エミリアが16歳で大佐となったため、この人事は影が薄いようにも見える。だが、一般の士官が見ればこの人事も十分に異常である。18歳で少佐というのは、大貴族の血統を持つ者でもない限りあり得ない話だからだ。それを、無名の騎士の娘でしかないサラがなってしまったのである。
そして彼女の次の役職は、近衛師団第3騎兵連隊第3科長である。これは連隊内において連隊長、副連隊長に次ぐ地位である。それと同時に、副連隊長は第1大隊隊長、第3科長は第2大隊隊長も兼任することになっている。
また近衛師団第3騎兵連隊という部隊は、本来は有事におけるエミリア王女の護衛専門の部隊である。今回の戦争においては、実戦部隊にして精鋭の部隊としての活躍が目立っていたが、通常の業務は護衛である。
そのため、エミリアがクラクフに異動となれば、必然的にサラもクラクフへ転属となる。
「また3人が同じ勤務地とは、いやはや嬉しいね」
そして当然、エミリア王女の侍従武官であるマヤ・クラクフスカもエミリアに同行することになる。彼女も大尉に昇進しているが、役職は変わっていない。
問題は残る1人、ラスドワフ・ノヴァクの辞令である。
「ラデックくんはどうだったんだい? 昇進出来たのかい?」
「えぇ。おかげさまで大尉に昇進ですよ」
ラデックも、今回の戦争において事務を滞らせることなく補給業務を円滑に行ったことが評価され大尉へと昇進した。それに伴い、新たな役職が提供された。
「次の役職は、クラクフ駐屯地補給参謀補ですよ」
「ラデックも!?」
こうして、4人は同じクラクフスキ公爵領勤務となったわけである。
これが偶然ではなく、ある人物が意図して行ったことだと言うことは、この時点では誰も気づいてはおらず、各人は昇進と異動・転属に伴う残務処理と業務引き継ぎ作業に没頭した。




