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大陸英雄戦記  作者: 悪一
クラクフ
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召還命令

 大陸暦637年7月7日。


 シレジア王国宰相府の主は、一通の報告書を眺めていた。

 差出人は、オストマルク帝国在勤シレジア大使館附武官ルーカス・スターンバック准将。

 報告書を読み終えた彼は特に何も言うこともなく、ただ立ち上がって執務室の窓の外を眺めた。見えるのは王都の街並み、綺麗に区画割りされた行政区画。そして視点を絞ると、そこには軍務省庁舎があった。



 その日、ユゼフ・ワレサに対する王都召還が軍務省より発布された。




---




 オストマルク帝国外務省がシレジア王国に対して謝意を表明するどころか、王国に侵略する東大陸帝国に非難声明を突き付けたことは、当然オストマルク国内の世論を大きく動かしたことは間違いない。

 そして俺の上司であるスターンバック准将や、シレジア大使へのパーティーの招待状が一気に増えた。政府主催の公式パーティーが3割、残りの7割は貴族主催の私事のパーティーだった。どうやら帝国貴族は、今後シレジアとオストマルクの関係が改善し経済交流その他が増えるだろうから今のうちにコネをこねこねしよう、とか思ってるのだろう。


 でも残念ながらシレジア一番乗りのオストマルク企業はグリルパルツァー商会って決めてるから。おめーらの席準備してねーから!

 そのグリルパルツァー商会は今回の戦争でたぶん一番の利益を上げたところになるだろう。国債の売買だけでも相当な利益だったらしい。リゼルさん、恐ろしい子……。


 まぁ、それはさておく。

 非難声明発表からこの1ヶ月と少し、俺とダムロッシュ少佐は大使館業務でてんやわんや。休日返上で仕事するなんてもう俺社畜の鑑だね。そろそろ男爵位くらい貰えてもいいくらい。いらないけど。


 そんな日々が続いて、ようやくパーティーラッシュが終わった7月12日に、ダムロッシュ少佐に呼び出された。なんだと思って少佐の下に行くと、1枚の紙を貰った。えーと、軍務尚書アルバート・シュナーベル侯爵の名前があるな……。え? どういうこと?


「軍務省から貴官に王都召還命令が来ている。よって、貴官は7月22日を以って次席補佐官から解任し、王都に帰ってもらう。新しい辞令については、軍務省に出頭後その指示に従うこと。何か質問は?」


 ……えーっとちょっと待ってね。今頭混乱してるから。

 ふむふむ。早い話がクビってことかな? え? マジで? いや落着け俺。次席補佐官職を解任されただけで軍から解任された訳じゃない。だから俺はまだ大尉で、大尉相当の給料は貰えるはずだ。……貰えるよね?

 でも俺去年の11月に着任したばっかだよ? 8ヶ月で解任って早くない? オストマルク外務省が裏切って俺を外交官待遇拒否(ペルソナ・ノン・グラータ)したって話聞いてないし。


「えっと、理由をお聞きしても良いですかね?」

「……聞きたいか?」


 ダムロッシュ少佐の声が少し低くなった。怒ってらっしゃる。「お前そんなこともわかんねーのかよあぁん?」って感じだ。


「あ、やっぱりいいです。大丈夫です命令に従います」


 自分で考えるしかないな。

 えーっと。召還理由は時期的に考えて間違いなく、今回の非難声明関連だよな。シレジアとオストマルクとの関係改善、それどころか同盟の可能性がでてきた。それに不満を持つシレジア政府首脳部による圧力ということか。

 ……大公派か。もしかするとカロル大公自身の手によるものかもしれない。軍務尚書は中立らしいけど、宰相でもある大公の圧力の前には強く言えないだろう。


 大公が用意してある脚本ではオストマルクが敵か味方かはわからない。でも、この大使館内の人間が末端に至るまで大公派で占められているということは、彼の脚本ではオストマルクも重要な役者ってことだろうな。

 そこに1人、王女派の人間が入り込み、そして大公の脚本をグチャグチャにした。だから召還、と。


 筋は通ってるな。たぶんあってると思う。いやもしかしたら単に「お前の独断専行し過ぎてるからクビ」って可能性もあるけど。


「あー、もう1つよろしいですか?」

「なんだ?」

「後任はいつ来ますか? 業務の引き継ぎをしなければなりませんので……」

「あぁ、そうだな。後任は4日後、7月16日に着任する予定だ。それまでに終わらせておくべき仕事は終わらせるように」

「わかりました。……あぁ、ちなみに、その後任の名は?」

「気になるか?」

「気になりますね」


 王女派だから召還されたってことだし、今更俺が旗色を誤魔化したところで何も変わらん。政敵らしく探り合いをしよう。別に4日経って本人の口から聞いても大差ないし。

 少佐は執務机の引出をごそごそやっていた。名前を忘れた、っていう手前でやってるけどパーティー会場で帝国政府の重鎮や貴族、各国大使の名前を漏らさず記憶している少佐が、後任の次席補佐官の名前なんて憶えてないはずがない。たぶん、資料を探すふりをして教えるべきか教えないべきかを考えてるのだろう。


 そして30秒後。少佐は1束の資料を取り出すと、そこに書かれていたであろう後任の次席補佐官の名前を告げた。




---




「と言うわけで、私は7月22日にココを去ります」


 翌7月13日。久々の休日を与えられた俺は、早速東大陸帝国弁務官府前の喫茶店「百合座(リリウム)」に行った。てか、思えばここも久しぶりだ。開戦前に行ったきりだし。

 そこでフィーネさんと会って、俺の王都召還命令の事などを話した。俺がオストマルクを離れるという情報に際してフィーネさんはどんな顔をするのだろうかと期待したが、無反応だった。相変わらずですね。


「それで、後任の次席補佐官の名前は?」

「ロッテ・クランスキー大尉という美味しそうな名前の人です。年齢は俺より10個上ですね」

「美味しそうな名前っていうのがよくわからないのですが……」


 ちなみに俺はやっと16歳になった。つまりクランスキー大尉は26歳だ。俺が16歳で大尉ってこともあってか感覚が鈍ってるけど、26歳で大尉もなかなかのものだと思う。たぶん。


「クランスキーですか。確か子爵家でしたね」

「え? そうなんですか?」

「なんで大尉が知らないんですか……」


 いや貴族家なんて数多すぎて覚えてないから。公爵家と閣僚名簿を全部覚えただけでもう諦めてる。オストマルク皇帝なんてフルネームも覚えてないし。


「クランスキー子爵は大公派です。なのでシレジア大使館は大公派の巣窟に戻ることになりますね」


 あぁ、それも当たり前と言えば当たり前だな。

 王女派を追い出して新たに王女派を入れるわけないし、元々あそこは大公派の家だし。


「しかし問題は、今後両国の情報交換がしにくくなったことですね」


 元々オストマルクとシレジアの情報共有と関係調整のために、王女の命を受けて俺が着任しに来たのだ。だから俺がいなくなった後も、それが続けられるようにしないといけない。


「そうですね。どうすればいいと思いますか大尉?」

「……言っても良いですけど、フィーネさんはもう代案は用意してあるのでしょう?」

「あら、ばれましたか」


 そりゃあね。8ヶ月も一緒にいると慣れるよ。


「ジェンドリン男爵には既に話は通してあります。あとはその任に誰が就くのかというだけです」

「わかりました。帰国したら王女殿下に伝えておきます」


 さて、この店のコーヒーを味わえるのも、あと1回くらいかな。

新章突入。ですが、今後の展開全然考えてないので場合によっては更新遅めになります。(プロット用意してなかった……いつものことだけど)



追記


ブックマーク数が10,000の大台を越えました。みなさん本当にありがとうございます!

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