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大陸英雄戦記  作者: 悪一
春の目覚め
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流血なき戦い

 王国軍騎兵が4時間でどれほどまで帝国領奥深くまで浸透できるかが、この越境作戦の鍵となる。

 もしここがシレジア国内であれば、補給を受けつつ、馬を乗り換え、休みなく走れば1日に80km以上は走り抜けることが可能だ。そしてそれは実際に、レギエルからシレジア=ラスキノ国境地帯までの行程で行われている。


 だが、ここは既に帝国領。当然替えの馬もなく、補給も馬に背負わせている物資のみ。この状態では、ゆっくり走るしか他にない。だがあまりゆっくりし過ぎれば、帝国軍国境警備隊に発見される恐れがある。その絶妙な均衡の中、ミーゼル騎兵隊は少しずつ、確実に帝国領への浸透を進めていた。




 日付が変わり、6月11日午前0時20分。

 数少ない女性士官であるサラ大尉があるものに気が付いた。


「ミーゼル中佐。右前方に正体不明の集団です。距離不明」

「……なんだと?」


 ミーゼルは報告された方向を見たが、何も見つけることはできなかった。彼女の見間違いではないのかという疑問が湧きあがったが、彼がそう思ったのも無理はない。サラは、月明かりがあるとはいえかなり遠くにいる集団を発見したのであるから。


「大尉。それは本当かね?」

「私は嘘を吐くのが嫌いなので」

「……そうか」


 彼女の言う通り、もしここに何らかの集団がいるとすればそれは十中八九帝国軍である。それが哨戒部隊なのか増援部隊なのか、それともそれ以外なのかは不明だが、これを放置することはできない。


「全員、一旦停止。様子を見るぞ」


 ミーゼルは旗下の部隊にそう命令すると、一度下馬をして、再度右前方を眺める。今度は単眼望遠鏡を使ってである。

 そしてその望遠鏡の透鏡(レンズ)に映ったのは、篝火と、それに照らされる帝国軍兵。あまりにも遠いため星と見分けがつかなかったが、それは確かに人工的な火だった。

 サラが見つけたのは、帝国軍部隊が一時の休息としている野営地である。


「地平線ギリギリに居るとすれば、距離はおよそ4000か」


 ミーゼルはサラの視力に感嘆せざるを得なかった。夜で視界が悪いにもかかわらず、昼間と同じだけの観察力を持っていたからである。


「良く見えたな大尉」

「いえ、見えませんでした。ただ何かあると思って望遠鏡を覗いたら、そこに帝国軍がいたのです」

「……どうして何かあると思った?」

「カンです」


 ミーゼルは絶句した。一方彼女の部下であるコヴァルスキ曹長は「またか」といった表情をしている。


「はぁ。ともかく、マリノフスカ大尉のおかげで帝国軍を発見できた。恐らく敵はこちらに気付いていないだろう。少し北に進路転換してこれを避ける。今敵に発見されるのはまずいからな」



 だが、午前1時丁度。北東方向に進路転換したミーゼル騎兵隊が、今度は正面に移動中の小規模集団を発見した。この集団は主に幌馬車で構成され、篝火を掲げつつ街道沿いを南下している。そして少しずつミーゼル騎兵隊に近づいていた。このままでは発見されてしまう恐れがある。


 ミーゼル中佐は再び隊の行軍を停止させた。その間、どう行動すべきかを探る。


 彼が思いついた選択肢は二つ。

 一つは、西に、つまりラスキノ国境方面に転進して集団と距離を取る。

 もう一つは、その集団を襲撃して目撃者を消すことである。


 だがどちらを取っても欠点はある。

 前者の選択をした場合、敵に発見される可能性が極めて低くなる代わりに、時間と距離が余計にかかってしまう。帝国領に長く居るわけにはいかないミーゼル騎兵隊にとって、別の危険性が高まるのだ。

 では後者を選択した場合はどうだろうか。その場合、集団を全滅させたとしても遺体や馬車が残る。それを発見されたら、我々がここにいることを敵に悟られてしまう。南には帝国軍の野営地があったため、発見される時間は早いだろう。


 二つの策を比べた場合、敵に察知される危険性が低いのはやはり前者である。

 ミーゼルはそう結論付けると、部隊を一度西に進路転換して距離を取ろうとした。だが、そこでサラが三つ目の案を彼に提示した。


「中佐。このまま街道沿いを北上しましょう」

「……何?」


 ミーゼルが彼女の発言に疑問に思ったのは、今夜で二度目である。

 このまま北上すれば敵に見つかる。それはこの集団を見つけた張本人であるサラ自身が良く知っていたはずである。それでも彼女は、北上を進言した。

 ミーゼルはこれまでのサラの活躍ぶりから、彼女が無能ではないことを知っていた。だからこそ彼は、彼女の提案の真意を問い質した。


「ここは帝国領です。敵にとっても、私たちがここに居ることは予想外のはず。もし所属不明の騎兵隊を見つけたとしても、きっと味方だと思って不審に思うことはないと思います。無論、ばれないように最低限の距離を保ちましょう。馬の藁沓(わらぐつ)を脱がせてあからさまに音を立てれば、なおのこと味方だと誤認するかもしれません」

「ふむ……」


 もしこれが成功すれば敵にばれず、なおかつ帝国領深く浸透することができる。失敗したとしても、その時はミーゼルが考えた二つ目の策、つまり襲撃を行うということもできる。彼はそう考えると、サラの意見を採用し、あえて帝国軍にばれるように迂闊な行動をした。

 その結果、


「隊長、右前方に騎兵隊らしきものが見えますが?」

「んー? あぁ、どうせ味方だろう。敵がこんなところに居るわけないし、居たとしてもあんな音を立てて『俺たちがここにいるぞ!』と宣言するような行動を取るものか。きっとアレは、ヴァラヴィリエに向かう伝令の騎兵とかそんなんだろうな。気にせず馬車の運転に気を遣っとけ」

「りょーかい」



 こうして、ミーゼル騎兵隊は深夜の4時間の浸透行軍によって敵中深くにまで侵入することが出来た。空が少しずつ明るくなり始めた午前3時頃には、騎兵隊は国境とヴァラヴィリエの中間地点にある林の中に仮拠点を作ることに成功した。

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