上官として
エミリアは作戦案を司令部に上申すると言ったが、最初に渡した相手は総司令官キシール元帥ではなく、近衛師団長サピア中将だった。
サピア中将はこの突然の来訪者に驚いた。エミリアはサピアの直接の部下ではない。彼女は総合作戦本部所属で、サピア中将は近衛師団。エミリアが作戦を提案するというのならば、今までと同じようにキシール元帥にする方が良い。
無論、エミリアには理由はある。
ひとつは、サピア中将の許可済みとなれば作戦案に箔がつき、作戦承認がされやすくなる。
ふたつ目は、この作戦が実行された場合、実行部隊として選ばれるのは間違いなく近衛師団の騎兵隊であるため。
そして最後に、友人であるサラ・マリノフスカ大尉の所属する第15小隊を、この作戦から外すよう要請するためである。
サピアは作戦書を一通り読むと、この提案に賛成の意を示しつつ、彼女に聞いた。
「エミリア少佐。この作戦を実行する部隊がどこが適任だと思うかね?」
「……それは、近衛騎兵が最適かと」
エミリアは一瞬悩みつつも、最適解を導き出した。
その悩みを目敏く見抜いたサピアは、作戦実行部隊の選定に移った。
「そうだな。貴官の言う通りだろう。では、第3騎兵連隊の……そうだな第1中隊あたりが良いだろう」
「それは……」
「何か問題かね?」
「……」
問題はない。第3騎兵連隊第1中隊は、連隊の中でもっとも武勲を立てている部隊だ。第3騎兵連隊からどれかひとつの中隊を選べと言われれば、第1中隊が選ばれるのは当然だった。
だがエミリアにとって問題にしているのは、第1中隊には第15小隊が含まれているという点にある。つまり、サラをこの危険な作戦に参加させると彼は言っているのだ。
サピアは、エミリアが何を悩んでいるのか正確に読み取った。数少ない親友を、危険な戦地に送り出すことに迷っているのだと気付いた。
「エミリア少佐。君はこの先もっと出世するだろう。恐らく、10代の内に『閣下』と呼ばれるくらいにはな」
「……」
彼女は否定しなかった。王族の彼女は出世も早い。それにエミリアは軍事的才覚にも恵まれているため、数年以内に1個師団を率いることになってもおかしくはない。既に軍の一部においても「マレク・シレジアの再来」と評されている彼女である。
「少佐。出世するということは、多くの部下を持つことだ。そして、上官は部下を1人でも多く生還させる義務と責任が生じる」
「……存じております」
これは士官学校1年の時に学ぶ基本的なことである。階級が上に行くたびに権限は大きくなるが、それに伴う部下の生命に対する責任も重くなる。それはとてつもなく精神を削るもので、それに耐えきれず昇進を拒む者までいる。
一部の無責任な貴族士官を除いて、多くの指揮官はこの責任を背負っている。
「だが、時には我々は部下に『死ね』と命令しなくてはならない。それが、大多数の人間を救うための手段であるのなら」
戦争において、このような「死ね」という命令を下さなければならない場面と言うのは往々にしてある。それは直接的な命令として下す時もあれば、間接的に下す時もある。
前者としては、例えば「死守命令」がそれにあたる。「死んでも拠点を守れ」という命令は、つい先日も下されていた。
後者には、例えば「包囲下に置かれている友軍を見捨てる」という命令がある。包囲下の部隊の全滅は時間の問題で、そしてそれを救出することは困難を極める。100の友軍を助けるために1000の兵を死なせてしまっては意味がない。
多くの者を守るために、少数を見捨てなければならない。たとえその少数に、手塩にかけて育てた部下がいたとしてもである。
「そういう時、我々にはできることは少ない。なんだかわかるかね?」
「……わかりません」
エミリアは正直に答えた。あえて言うのなら援軍を呼ぶことだけだが、今回の作戦の場合は援軍は呼べないから答えから除外した。
「信じることさ。部下や同僚をな」
答えとしてはありきたりなものだっただろう。だがその言葉は、エミリアの心に深く突き刺さった。
そのわずかな心境変化に気付いたサピアは、この時初めて作戦書の感想を彼女に伝えた。
「この作戦を立案したのはエミリア少佐ではないな。……いや、それだと些か語弊があるか。この作戦を最初に立案したのは少佐ではない、と言うべきかな」
「……ご存知でしたか」
「いや、知らなかったよ。だが、読めばわかる。作戦の根幹を考えたのは、マリノフスカ大尉だな?」
「……はい」
「ならば、一層信じたまえ。同期だろう?」
サピアはそう言ったが、彼は別の視点からマリノフスカ大尉の作戦を信用していた。
彼女は、今回の戦争において度々サピアに意見具申をしていたからである。作戦案を上申した数は合計で8回。だがどれも穴があり、採用されたのはただ1回だけだった。
「レギエル会戦の時、彼女は「第3騎兵連隊のみで帝国軍左翼師団を叩くべし」と上申してきた。おかげで我々は前衛3個師団の後背を突くことにも成功したのだ。彼女の騎兵としての才覚は本物だ」
「……そんなことが」
このことを知らないのは無理もない。サラは周囲にこの功績を誇ることはなかったからである。彼女の部下も、そして友人にも知らせていなかった。エミリアの作戦の方が優れているのに、そこで小さな功を主張することはできないという、サラの矜持がそうさせた。
思えばエミリアは、親友のことを何も知らなかったのかもしれない。そして、このような配慮をされて喜ぶサラではないことも気付いた。
エミリアはそこまで考えると、ついに決断した。
「では、もう一度聞こう少佐。この作戦、どの部隊が適任だと思うか?」
エミリアの返答は、明瞭にして適確だった。
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