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大陸英雄戦記  作者: 悪一
春の目覚め
149/496

ベルクソン事件最終報告書

「こういう事は、二度としないでくださいね大尉」

「はい、ごめんなさい」


 明けて5月8日。


 深夜の激闘を終えて、ジェンドリン男爵邸で一息つこうとした時にフィーネさんから怒られてしまった。


「外交官の不逮捕特権は、派遣国を信頼しているから与えられているものなのです。それを悪用して軍の基地に不法侵入したあげく放火をして、仮にも犯罪者として拘留されている者を拉致し、あまつさえ高等警察局員に魔術を放つなど、言語道断です!」

「いや、その、あの、本当に、反省してます……」


 彼女の言っていることは正論である。確かに非常識極まりない事だと思うし、普通こんなことしたら重大な外交問題になるだろう。今回は帝国外務省にコネがあって半ば身分保障されてるからこんなことができたのだ。


「わかりましたね大尉?」

「はい。二度としません」


 フィーネさんからのお説教は、帝国政府からの正式な抗議がない代わりだと思えばそんなに苦ではない。美少女に怒られてると思えばむしろ快楽すら感じゲフンゲフン。


「よろしいでしょう。今回は祖父に免じて許して差し上げます」

「御寛恕いただき、誠にありがとうございます」


 俺はそう言って深々と頭を下げたが、なぜかフィーネさんは頭に手を当てていた。


「反省しているようには見えないのですが……」


 いやいやいやいや。滅茶苦茶反省してますよ? なんなら靴舐めようか?


「まぁいいです。問題はこれからのことでしょう」

「これからですか……」


 これからね。十中八九ベルクソンさんのことだろう。


「ベルクソンさんの身の安全はどうなのですか?」

「ベルクソン氏はこの館にいる限りは大丈夫でしょう。ジェンドリン男爵は顔が広いですから、下手に捜査権を行使しようとすると出世に響きますからね」

「なるほど。ではアンダさんも?」

「大丈夫です。彼には後で報酬を払わなければなりませんね。意外といい仕事をしてくれましたし」


 確かに。今回のアシスト王はアンダさんだ。ベルクソンさんの発見、マニンさんの進路妨害、そしてベルクソンさん逃亡の補助。アシスト王には相応の賞金を与えねば。


「というわけで大尉。一応表向きとして、ベルクソン氏はシレジア王国大使館の庇護下にありますが、どうなさるおつもりですか?」

「そうですね……。彼は総督府を襲撃したことは認めていました。それに私たちの援護の下に脱獄に成功した。たとえ政治犯でなくとも、通常の刑事犯であることには変わりはありません。このままオストマルクに居座れば、警備隊によって捕まるのは当然です」

「ふむ。それで?」

「可能であるならば、シレジアへの亡命が最良だとは思います。でもその場合、帝国も困りますでしょう?」

「困りますね。いたずらに我が国とシレジアの間に不和をもたらすようなことはしてもらいたくはありません」


 シレジアに亡命すれば、当然帝国法の司法の網は届くはずはない。だが一般刑事犯がシレジアに逃げ込めば、帝国司法省は「おう、その刑事犯うちに寄越せや」とシレジアに要求して来るかもしれない。拒否すれば、シレジアとオスマルクの友好の阻害となるかもしれない。

 だからベルクソンは亡命はできない。


「となると、あとは選択肢は1つだけですね」

「それは?」

「フィーネさんも人が悪いですよ。その方法を教えてくれたのは貴女じゃないですか」

「あら、そうでしたか?」


 彼女は意地悪く小悪魔的な笑みを浮かべると、「その方法」の準備をすべく部屋から退室した。




---




 今回のベルクソン事件が終幕を迎えた5月20日までの出来事をザックリ説明しよう。



 5月9日。


 ジン・ベルクソンに対してジェンドリン男爵率いる外務省の調査団が取調を開始。ベルクソンは供述を拒否せず、調査団が聞いた事を全て話したらしい。


 5月10日。


 ベルクソンの供述と、調査団の独自調査による結果を元にフィーネさんが最終報告書を作成。その後、報告書はエスターブルグのクーデンホーフ侯爵に提出する。

 ほぼ同時に、内務省高等警察局クロスノ支部長オレグ・マニンが外務省に「シレジア大使館駐在武官ユゼフ・ワレサに対して外交官待遇拒否(ペルソナ・ノン・グラータ)を布告せよ」と要請する文書を外務省に送る。


 5月13日。


 アンダ・ヤノーシュさんに対して報酬として銀貨5枚と、ジェンドリン男爵邸の事務官助手の仕事(三食+家つき)を支払う。アンダさんは号泣しながらフィーネさんと握手してぶんぶん振ってた。彼女の困り顔は見てて面白かったです。


 5月15日。


 調査団が作成したベルクソン事件最終報告書と、内務省からの外交官待遇拒否ペルソナ・ノン・グラータ要請書が外務大臣クーデンホーフ侯爵の下に届く。

 クーデンホーフ侯爵は、内務省からの要請書で鼻をかんでこれを黙殺した模様。


 5月16日。


 外務大臣政務官リンツ伯爵が公式発表。発表内容を纏めると、


 ①外務省の独自調査によって内務省高等警察局の不当捜査が発覚。高等警察局があるシレジア人の罪を捏造し、拷問を繰り返して自白を強要した。罪を捏造されたそのシレジア人は現在外務省の庇護下にある。

 ②高等警察局副局長の証言により、内務大臣ホフシュテッター伯爵と資源大臣政務官ウェルダー子爵の癒着が発覚。資源の横流し、横領を確認。横流しされていた資源の行き先は現在調査中。

 ③一部貴族が、この一連の事件に関与していたことも調査の結果発覚。詳細は現在調査中のため不明。

 ④最後に、この調査に対して全面的に協力してくれたシレジア王国に対して感謝の意を表するものである。


 つまり、何もかもクーデンホーフ侯爵、もしくはリンツ伯爵の手の平の上だったと言うことだった。高等警察局副局長も抱き込んで、一気に政敵を追い落とそうとしている。


 この発表によって帝都は大混乱。内務大臣ホフシュテッター伯爵はすぐに反論したものの、証拠を握られているため、かえってそれは逆効果だった。


 当然、帝国臣民の怒りの矛先は内務省と資源省に向けられた。それに反比例して外務省の好感度は鰻登り。クーデンホーフ侯爵は救国の英雄みたいな扱いを受けている。


 5月17日。


 オストマルク帝国皇帝フェルディナント・ヴェンツェル・アルノルト・フォン・ロマノフ=ヘルメスベルガー陛下が、報道官を通じて声明を発表。


「皇帝陛下が愛してやまない無垢なる帝国臣民を、不当に扱った高等警察局の不当捜査は極めて遺憾である。皇帝直属の調査委員会を設立し、内務省及び資源省の調査を行う。その調査が終了するまで、高等警察局の全権限を一時的に剥奪する」


 勅令である。逆らえる者など帝国にはいない。

 ちなみに調査委員会の委員長は外務大臣政務官兼調査局長のリンツ伯爵に決定された。凄い根回しである。


 5月20日。


 調査委員会が内務省及び資源省の不正事件に関する一次報告書を発表。大まかな内容は以下の通り。


 ①資源省が横流しをしていた資源の行き先が一部判明。内務大臣ホフシュテッター伯爵を筆頭に、宮内大臣政務官コンシリア男爵、ベーム伯爵など、複数の貴族に横流しされていた模様。

 ②昨年、高等警察局によって逮捕拘禁された政治犯1253名の内、1083名が無実だったことが判明。拷問による自白しか証拠がない例が多数見られた。また、517名が獄中死していたことも判明。


 この報告書に対して皇帝陛下は「さらなる調査を進めて、一気に帝国の膿を取り除く」との声明を出した。


 更に面白いことに、資源の横領をしていた貴族というのが軒並みシレジア分割派だったと言うことだった。便乗参戦世論を煽ることが、資源着服の条件だったのかもしれない。

 もっとも、日和見主義の貴族や同盟派貴族も少なからず資源を着服してただろうが、そいつらは意図的に発表しなかったのだろう。

 皇帝陛下からの勅令で進まれているこの調査、一度弱みを握られると厄介だ。同盟派貴族を増やすのに一定の効果はあるだろう。


 この一次報告によって内務省と資源省は更に肩身が狭くなっただろう。高等警察局は元から国民に嫌われてたし、資源省も権限が強すぎって言われてたから、尚更非難の嵐が凄いことになってる。


 ……本当にリンツ伯爵って怖いわ。




---




 5月21日。


「で、今後の台本(シナリオ)はどういうものになるんですか?」


 事の顛末をエミリア王女に送る手紙に書きながら、俺の部屋に来たフィーネさんに尋ねてみた。彼女はいつの間にか運ばれてきた紅茶を伯爵令嬢らしい優雅さで飲みながら、俺の質問に答える。


「そうですね。多分に私の予測が含まれますが……」

「構いませんよ。たぶんその予測は当たってるんで」

「……そうですか。では遠慮なく話します」


 彼女はカップは机に置いて、順々に話してくれた。


「恐らく、名だたる便乗参戦派貴族は資源横領の罪で告発されます。罰がどの程度のものになるかは皇帝陛下の御心次第ですが、ただでは済まないことは確かです」

「便乗参戦派以外の貴族は?」

「日和見主義者の貴族を何人か晒し首にした後は放置でしょう。それ以外の貴族は告発せず、伯爵個人が注意……もとい脅しをかけるでしょうね」


 おぉ、怖い怖い。リンツ伯爵は他人の弱みを握る天才のようだ。


「私たちが頑張って暴いた高等警察局の不正の方はどうですか?」

「高等警察局は現在、一時的に全権限が剥奪されていますが、恐らく近日中に『永久に剥奪する』と文言が変わるはずです」

「つまり、高等警察局は解散ですか」

「その通りです」


 まぁ、ある意味当然だけど、国内を監視する秘密警察が居なくなったら大変じゃないか?

 その疑問に答えてくれたのは目の前に居る才女さんである。


「クーデンホーフ侯爵は、ある構想をお持ちのようです」

「それは?」

「国内に林立する情報機関を1つの機関に統合すること。便宜上『情報省設立構想』と呼ばれているようです」

「つまりそれは外務省調査局、内務省高等警察局、軍務省諜報局などを情報省に一本化して、そして情報大臣にリンツ伯爵が就任する、ということですか?」

「御名答」


 情報大臣リンツ伯爵か。恐ろしい。

 現在、国内から大バッシングを受けている内務省は、この構造改革に強く異を唱えることはできないだろう。そして軍務大臣に対しては「資源省みたいになりたい?」って言えば、ある程度は引き下がるだろう。


 ……政治って怖いなぁ。戸締りしておこう。


「これによって帝国世論は近いうちにシレジア同盟派が多数派を占めることになると思います。そうなれば、大尉がクーデンホーフ侯爵に取り付けた約束が、いよいよ履行されることになりますよ」


 ふむ。随分時間がかかったが、ようやく俺の成果が出てくるのか。ちょっと嬉しいな。




 これが、今回の事件のあらましだ。


 はぁ、これどうやって手紙に纏めればいいんだろうか。第一、エミリア殿下信じてくれるかしら……。

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